初々しいラブコメの締めはデートで決まり……?〈2〉

 クリスマスカラー一色の街並みをほとりと並んで歩きながら、依人はいつも以上の視線を感じていた。

 ほとりと一緒に登下校する際に集まる注目には慣れてきた依人だが、その比ではない。


 すれ違う人々が悉くほとりに視線を引かれていた。そしてその次には依人へ視線が向けられる訳だが……。


 不釣り合い感がヤバい。 

 無粋だと理解しながらも自分みたいなのが彼女の隣にいていいのかと思わざるを得ない。

 だがそれと同時に、今日は先に自分が来て良かったとも思った。


 待ち合わせ時刻より三十分ほど早く現れたほとりだが、こんなほとりが少しでも一人で足を止めていたらあっという間に声をかけられてしまう。


 もっと言うなら家から一緒に来るべきだったが、待ち合わせをするというステップにほとりが強い拘りを持っていたのでこうなった。


「あ」


 何気ない雑談の途中、ほとりが思い出したように声を上げた。


「どうしたの」

「中原さん」

「は、はい」

「中原さんは今日、何時に待ち合わせ場所に来ていましたか?」

「え」


 実際は一時間以上前だが、それをそのまま伝えるのは気恥ずかしくて、「そ、空野さんが来るほんのちょっと前だけど……」と答える依人。


「本当ですか?」


 ほとりにジッと見つめられて、依人は激しく動揺する。


「な、なんで?」

「いえ。実を言うと、私が先に来て『待った? ううん今来たとこ』の『今来たとこ』側をやりたかったのですが、今日は先に中原さんがいたので忘れていました。せっかくなので『待った?』と言う側をやっておけば良かったですね」


 もったいないことをしました……と、落ち込みを見せているほとり。


 ほとりもほとりで妙な拘りを持ってるよな、と思う依人だった。




 今日はあくまでラブコメにおけるデートの参考にするということで、ありふれた定番のプランが組まれている。

 まず午前に映画を見て、次に昼食ランチ、その後に気分次第でショッピングモールなどを回って夕食前に帰る予定という感じだ。


 見る映画は最近泣けると話題の青春恋愛モノで、広告からしてラストにヒロインが死にそうな雰囲気が漂っていた。

 しかも、どうやらヒロインが一日ごとに記憶を失ってしまう病気も患っているようで、どこかで見かけたような『泣けるというよりも強引に泣かせにきてるだろこれ的要素』がこれでもかと詰め込まれていた。


 シアタールームにほとりと入って視聴開始後、いくら王道が好きな依人とは言えど、ベタが過ぎるその構成に序盤は白けていたのだが、最後はボロボロに泣いていた。


 特に、日ごとに失う記憶を大切に大切に日記に付けているヒロインが、日記を頼りにヒーローとの交流を深めていく中、中盤を過ぎたあたりで、実は映画の序盤で行われた出会いよりももっと以前に二人が出会っていたことが判明し、ヒロインが付けていた日記の一部をヒーローが盗んでいたことも分かり、ヒーローがそんなことをした理由が明かされてからの怒涛の展開に入ってからはもうダメだった。


 エンドロールが終わったあとも恐ろしいくらい泣いて席を立てなくなっている依人に、ほとりが「大丈夫ですか……?」と声をかけても、嗚咽混じりに「ごめんダメかも……」と答えてしまうくらいにはダメだった。


「ダメですか……。どうしましょう」


 と、困り眉になっているほとりに、流石の依人も冷静さをいくらか取り戻して席を立ち、ほとりに借りたハンカチで涙を拭いながら歩くこと、しばらく。


 落ち着いた依人はほとりに頭を下げる。


「まことにすみませんでした……」

「いえ、とても感動的な映画だったので仕方ないと思います。ああいうストーリーも、ラブコメやミステリとはまた違った良さがありますね。非常に参考になりました」


 そこでほとりは、「ふむ」と何かに気付いたように顎をつまんだ。


「そうですね。私はどうしても参考にしてしまうというか。とても面白かったのは事実なのですが、そのような物語を作る側の冷静な視点で見てしまいがちなので、中原さんのように純粋に泣けないのだと思います。ですので、中原さんのそういう純粋な部分はとても羨ましいです。中原さんの良い所だと思いますよ」

「っ……そ、それは、どうも……」


 冗談めかすこともなく素直に真摯に、こういうことを言えてしまうのがほとりの卑怯なところで――間違いなく良いところなのだと、そう感じた。



 

 映画を見たあと、どこかで昼食を取ろうということで街中を歩く依人とほとり。


「空野さんは何か食べたいものとかある?」


 一応昨夜、街中の飲食店などを調べてみたりした依人だが、経験値が無さ過ぎるために自信を持ってほとりにおススメできる良い感じの店など把握していない。

 ので、率直にほとりの意見を聞いてみたわけだが。


「あまりお腹は空いていないので軽いものだとありがたいです。中原さんはいかがでしょうか?」

「あー。俺もそこまでしっかりしたものじゃなくていいかな」


 そんな会話を交えつつ適当な飲食店を探す依人とほとりの足は様々な方向に運ばれて、その途中、二人は誘蛾灯に誘われる羽虫の如く視界に入った大型書店に吸い寄せられた。


 本好きの習性の一つに、『どんな時でも本屋を見つけたらとりあえず入ってみる』というのがあるわけだが、まさしくそれが発動した。


 しばらく当てもなくフラフラしたのちにラノベコーナーを訪れた二人は、最近読んだラブコメラノベについて話す。


「これは面白かったな。ネット小説から書籍化したヤツだけど、ネットのヤツより面白くなってた」

「ふむ、それはまだ読んでないですね。面白そうなので買ってみます。私は最近だとこれが面白かったです。これも元はネット上の投稿サイトで連載されていたものらしいですね。なんでも作者は学生のようで、私も負けていらない、とも感じています」

「あー……。それは」


 微妙な反応をする依人に、ほとりが首を傾げる。


 ほとりが示しているのは、最近面白いとの評判をよく聞き、人気もあるっぽいラブコメラノベだった。

 興味がない訳ではないのだが、依人には手を出しにくい個人的事情がある。


「義妹、およびに義きょうだいというのも、ラブコメだと定番のキャラクターですよね」

「……ま、まぁ、マイナーではある気がするけど」

「そうですか? 割とメジャーに見かけるような気もしますけど」

「…………ま、まぁ、そうとも言うかもしれない」

「……?」


 不思議そうに依人を見ているほとりに、一瞬、依人は自身が抱える事情を話そうかと思った。

 実は依人の母親は再婚していて、依人にはリアル義妹がいるのだ、ということを。


 だが――――。


「じゃあ、そろそろちゃんとご飯食べるとこ探そっか」




 前から関心がありつつも一人では入れなかったチェーン店カフェに入り、味噌カツパンを頼んだら思った以上にデカいのが出てきてビビる(でも美味しかった)、ということがありつつも、昼食を済ませた依人はほとりと一緒に大型のショッピングモール内にいた。


「こういう時、デートだとどういう場所を見て回るものなのでしょうか?」


 ふーむと考え込みながら首を傾げるほとり。


「……」


 そんなことを言われても困る、と思う依人。


 映画を見る、昼食を取る、という具体的な目的があった先ほどまでとは違い、ウィンドウショッピング的なことをする、という曖昧な指針では何をすればいいのか分からない。


 ラノベを参考にしようにも、デートらしい普通のデートを何気なく描写しているラノベの記憶があまりないので参考にできない。

 大抵の場合だと、誰かの誕生日プレゼントを買うだとかの建前的な目的があることが多い。

 単に恋人とデートしていちゃついてるだけのシーンを書いてるラノベもあった気がするが、ただ恋人とデートしていちゃついてるだけなので、今の依人には参考にできない。


 ラノベには何でも書いてある訳じゃないことに依人は気付いた。

 もうダメだ。


「……空野さんは何か見たいものとかないの?」


「そうですね」


 真剣に考えこむほとりは、数秒ほど経ってハッと顔を上げる。


「そういえば、歯磨き粉が切れそうになっていました」

「………………よしっ。じゃあ歯磨き粉を買いに行こう」


 依人は力強く頷いた。


 そもそもがほとり発案のデートなので、彼女がそれでいいなら何も言うことはあるまい。




 ドラッグストアでほとりが歯磨き粉とついでに歯ブラシも購入したのち、今度はほとりが依人に「中原さんは、何か見たいものはないのですか?」と尋ねたので、依人は「じゃあ服とか、かな」と意を示した。


 街中のオシャレ人種と隣のほとり、そして本日の我が身を見比べて、もし仮に万が一……あくまでも仮にだが、次にほとりと出かける機会があった時のために、ほんの少しでも彼女の見劣りしない身なりを整えたいという思考から出た発言だった。


「いいですね。見に行きましょう」


 アパレル系のテナントが集まっているエリアに向かう途中、またも引き寄せられた本屋内で目的もなくうろうろするという過程を挟みつつ、男物の服飾を扱う店舗に入ってみる。


「高すぎる……」


 悉く高い。

 他のもっとカジュアルっぽい店に入ってみても、まだ高い。


「あ、良いなこれ」と思うヤツはさらに高い。これで一体ラノベが何冊買えるというのか。


「私も水瀬さんと一緒に服を見た時、驚きました。服って本よりも高いですよね」


 ほとりも似たようなことを言っていた。だがほとりの装いを見るに、高くともしっかり購入しているようである。それも恐らく、依人と出かける用として。


 ……買うべきか? 買うべきなのか?


 ユニ〇ロとG〇でしか服を買ったことが無い依人だが、今ここで一歩踏み出す時なのか。


「…………も、もう少し考えてから、また今度選んでみます」


 依人は怖気づいた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る