初々しいラブコメの締めはデートで決まり……?〈1〉

 クリスマス兼冬休みの開始まで残り一週間となった金曜日の放課後。


「ラブコメは、どのようにして締めたらいいのでしょうか?」


 いつもの学校からの帰路途中にて、ほとりがそんな疑問を持ち出した。


「締める、っていうのは?」

「はい。私が習作としてライトノベル系統のラブコメを執筆しているのは以前から申し上げている通りですが」

「あぁうん」


 最後まで書いたら見せるので楽しみにしてください、と言われており、一体どんな風に書かれているのか全く想像できず進捗報告を聞くたびに戦々恐々している依人である。


 ほとりが出している推理小説はこの前読んでみたのだが(本格ミステリを読むのは初めてだったのだが非常に面白かった)、その作風は硬くラブコメとは真逆と言ってもいいくらいで、以前のほとりが生み出したあの恐ろしい脚本のこともあって本当に想像できない。


「最近はウェブ小説という媒体で、漫画のように連載形式で進行するラブコメ小説も多いです。しかし私はまず、ライトノベルの一巻としてのラブコメを完成させたいと思っています。ですがそうなると、終わり方をどうすればいいのかよく分かりません」

「他のラノベを参考にする……ってのはもうやってるか」

「はい。もちろん参考にはさせて頂いております。しかしながら、まだ私はそれらを嚙み砕いて自身の糧とした上で応用するようなことができず、個々の模倣はできても、私が書くラブコメに適した締め方というのが上手く思い付きません」

「なるほど」

「ミステリ系統の小説であれば、何かしらの謎が解決されるという分かりやすい指標があるのですが、ラブコメだとそうはいきません。ラブコメというジャンルは、ラブとは付いていても恋愛小説のように必ずしも恋愛事が軸になっている訳でもなく、もちろん恋愛要素があることは多いですが、結局のところ、シリアスになり過ぎないコミカルな雰囲気を有していながら、日常的な空間の中で行われるような――……待ってください、必ずしも日常的な空間じゃなくてもいいですね。この前、デスゲームの中でラブコメをやっている作品を見ました。故にラブコメは、何かしらの舞台の上で魅力的な男性キャラと女性キャラが――……待ってください、必ずしも両性のキャラが登場する必要はありませんね。以前ガールズラブコメというラベリングがなされたライトノベルがありましたし、男性キャラ同士でも、何なら特に性別にとらわれないキャラであっても、ラブの要素は成立します。です、ので……? ラブコメとは、魅力的なキャラクターが、恋愛要素が含まれ得る空間に存在していれば、もうそれはラブコメと呼んで差し支えないということに……なるのでしょうか?」


 自分で説明していながら、最終的に首を捻っているほとり。


「たぶん、そんな感じなんじゃないかな……? うん。てか改めてそんな風に言われるとほんとに曖昧だな、ラブコメって」


 何でもありと言えば聞こえがいいが、随分と曖昧なジャンルである。


「えー……と、空野さんが今書いてるヤツのあらすじとかは、聞いてもいいのかな」

「ふむ。そうですね。できることなら中原さんには完成した後に素の状態で見て頂きたかったのですが、こうして相談をする以上、ある程度は話すべきでしょうね」


 こくこくと頷いて、ほとりが言う。


「まず、大人気のラブコメの漫画を月刊誌で連載している姉弟きょうだいがいます」

「うん」

「姉が原作を、弟が作画を担当しています。ですが、姉が失恋したせいで漫画の原作をかけなくなってしまいます。大変です」

「大変だな」

「そして姉が『真実の愛を見つけてきます。探さないでください』という書置きを残して失踪します」

「姉……」

「そうして休載できない事情もあり、弟が……、あ、弟が主人公です。弟主人公が、ひとりでラブコメの続きを書くことになるのですが、これまで姉が考えた話をただ作画するだけだった主人公は、ラブコメの話の作り方が全く分かりません」

「うん、うん。…………ん?」


 なんだか、どこかで聞いたような話になってきた。


「そのあと、なんやかんやあって主人公と同居する可愛い女の子が出てくるのですが」

「なんやかんや……」

「その女の子ヒロインが、実は姉弟が連載していたラブコメの大ファンであり、なおかつラブコメオタクだったことが判明し、ラブコメを理解できない主人公がラブコメの続きをかけるようになるために、色々協力してもらうことになります」

「…………」


 どこかで聞いたような話だった。性別こそ違うが、この主人公とヒロインのモデルって。


「主人公とヒロインは、ラブコメの続きを書こうと色々やっていく内に仲良くなって、ラブコメっぽいことをイチャコラやり始めます」

「イチャコラ…………」


 普通に面白そうな話だと思ったが、どうにも素直な反応ができない依人であった。


「という話なのですが、ライトノベルの第一巻を想定した上での終わり方というのが中々思い付きません。二人が恋仲になる、というのが一番分かりやすいと思うのですが、けっこう初々しい二人なので、一巻内で話をそこまで持っていくのも不自然になりそうです」


 無性に叫びたくなる気持ちが湧き上がってくる依人だったが、その衝動を抑え、あくまで一人のラブコメ好きとして、客観的な意見を述べる。


「……そういう、付き合うまではいかないけど……って感じの二人のラブコメだと、デート的なイベントがあって、お互いの距離が大きく一歩縮まる、的なのが、一番締めとしてやりやすそうだけど」

「なるほど、デートですか」


 ほとりが顎に指を添えて思案を巡らせ、「いいかもしれませんね。作中の二人はまだデートらしいデートをしていないので、そういうのはとても分かりやすいです」


 そして、好感触な反応を示したほとりが顔を上げ、依人をじぃっと見つめる。


 その瞬間、依人は自分の助言が誘導したにも等しい次の展開を悟った。


 ――あ、これは。


 ほとりが言う。「中原さんは明日以降の休日で、お暇な時はありますか?」




 そして、二日後の日曜日。

 冬の冴えた空気を太陽が燦々と温める中、依人は駅前でほとりを待っていた。


 しかし、駅と言っても普段使っている最寄りの駅ではなく、そこからさらに電車に乗って三十分ほどかかる大きな駅だった。


 ほとりとは同じマンションに隣り合って住んでいる依人が、わざわざそんな場所で彼女を待っている理由と言えば、それは〝デート〟だからである。


 そう。

 なんと本日、依人はほとりと〝デート〟することになっている。


 ただ、普通のデートではなく、あくまでほとりがより質の高いラブコメを創作できるようになるための参考としての〝デート〟であり、それ以上の特別な意味は決して無い。


 ――などと自身に言い聞かせながら、駅前の広場にてソワッソワしている依人である。


『デートと言えば、やはり待ち合わせから始めるべきでしょう』というほとりの言に従い、ここら一帯でも一つ飛びぬけた大都会エリアであるここが待ち合わせ場所となった訳だが、実は約束した時刻まではあと一時間ほどある。


 最近は何かとほとりと一緒に過ごしがちな依人ではあるが、改めて『デート』と明言された上で彼女と出かける事実に、それまではあまり意識しないようにしていた『ほとりを同年代のとても可愛らしくて綺麗な異性として見る自覚』が誤魔化し切れなくなっていた。


 結果、緊張しすぎて家を出るのが早すぎた。


 現在の時刻は九時三十二分、待ち合わせ時刻は十時半である。

 休日の朝としては早い時間帯だが、都会というだけあって人は多い。


 特にカップルらしき二人組がよく目に留まる。慣れた様子で手や腕を絡めていた。 

 なんかオシャレでキラキラしている気がする。

 そこでふと、改めて自身の装いを確認する依人。


 今日は、絶対に失敗だけはしないようにと、シンプルな装いを意識した。


 白地のロンTに、細身の黒いイージーパンツ、黒系のダウンジャケット。これと言って特徴のないグレーのウエストポーチを肩から斜め掛けして、白いスニーカー。


 ザ・モノトーン。ザ・無難だった。


 何より男に大事なのは清潔感だと以前読んだラブコメラノベに書いてあったので、それも意識した。

 伸びてきていた髪もこの機会にと昨日切ってきた。ワックス的なのも付けようかと思ったが、使い方がよく分からなかったのでやめた。


 今朝、鏡の前で自分の装いを確認した依人は、『けっこう俺ってイケてるんじゃないか?』などと思ったりもした。


 もし依人がラノベを読んでいなかったらここまでの装いは整えられなかっただろう。

 ありがとうラノベ。ラノベには何でも書いてある。ラノベってすごい。さすがラノベ。


 しかし――。

 こうして実際に街中に出て来てみると、今朝浮かんだ『俺ってイケてね?』という思考が粉々に打ち砕かれる。決してダサくはないと思うが、街中を歩いているオシャレ人種たちと比べると明らかにパッとしない。

 もうちょっとしっかり調べてオシャレにしてきた方が良かったんじゃないかと後悔しながら、悶々とする依人。


 気候としては、気温は低いが陽が出ているのでそこまで寒く感じない。


 思えば、毎回依人より先に外に出ているほとりを依人が待つという形は今回が初めてだ。


 ――空野さん、どんな格好で来るのかな。


 全く予想できない。

 まさか買い物に行った時のようなスウェット姿で来ることはないと思うが……。

 

 それから、約三十分が経過して――……。


 ――その瞬間、依人は確かに周囲の気配が変化したのを感じ取った。


 大勢の人々が生み出す都会の喧騒の中。行き交う人々の視線が、ある一点に流れている。

 釣られるように、依人もまた〝彼女〟へ視線を引かれた。


「――お待たせしました中原さん、随分とお早いですね」


 あ、美少女だ――と思った。


 中原依人は、ライトノベルのラブコメに対して割と面倒な拘りを色々持っている。

 その中の一つとして、依人は〝美少女〟という表現があまり好きではない。


〝美少女〟という単語は何もライトノベルだけでなく、近年のポップカルチャーサブカルチャー問わず、様々な場所で使われがちだが、そんな安易な単語で一括りにするなよ、と思ってしまうのである。


 ライトノベルのラブコメを愛する依人ではあるが、ラノベと言えば美少女が出てくるのが当たり前という風潮はあまり好きではない。


 いやちょっと待て、と。お前ら〝美少女〟と言っとけばいいとか思ってないか? と。

 違うだろ、と。美少女の中にも、なんか、こう、色々あるだろう、と。

 この際、美少女と言うのはいいが、それだけで終わらせるのはやめてくれ、と。

 ラブコメのヒロインには一人一人、もちろん被りがちな属性的要素はあれど、ヒロインは一人一人、それぞれ違った魅力を持っているだろう、と。


 にも関わらず、魅力あふれるヒロインに〝美少女〟という分かりやすいレッテルだけを張り付けて満足するヤツがいたら中原依人は大暴れするのでご注意頂きたい。


 この件に関しては、ほとりが例の恐ろしいラブコメ脚本を書いた後日に彼女と熱い討論が交わされたのだが、今回それはさて置き。依人のめんどくさい諸々の拘りもさて置き。


 私服姿で現れたほとりの可愛さと美しさに依人の思考能力が奪われ、真っ先に出てきた単語が〝美少女〟だった。

 依人の面倒な拘りすら吹き飛ばしてそう思わせてしまうくらいには、美少女だった。


 衣装としては、リブ編みのニットにタイトなロングスカートが合わせられている。ボートネックの襟からは綺麗な鎖骨が覗いており、シンプルなショートネックレスが光っている。

 肩からはショート丈のファーコートが羽織られて、陽光に艶めく長い黒髪は毛先が慎ましく巻かれていた。


 シック調のハンドバックを両手でちょこんと持って、上目遣いに依人を見ているほとりの破壊力は凄まじい。


 ほとりの女性らしい体付きが浮き出たニットラインは率直に言ってエロいが、上品なロングスカートとファーコートがその煽情的魅力をそっとやわらかに包み込んでいる。

 顔の雰囲気もいつもとは少し違って、ギャル化したあの時ほどではないが化粧がされているようだった。

 ほとりの清楚可憐に整った顔立ちをただグッと引き立てるような化粧。


 艶やかさと気品、美麗と可憐。空野ほとりが持ち得る諸々の魅力が見事に調和していた。


 普段、ほとりの口から語られるラブコメ的見解を聞いている依人には分かるが、恐らくほとりのセンスじゃない。

 頭の中に現われた恋夏が『男の子ってこういうの好きでしょ!』と言いながら笑顔で親指を立てた気がした。


 謎の敗北感を覚えつつも依人が内心で恋夏に感謝してしまっていると、ほとりが言う。


「中原さんは髪を切ったのですね。今日の装いとも合っていてすてきだと思います」

「っ――」


 先に言われてしまった。


 ほとりに見惚れて意識が飛んでいた依人は我に返って、緊張と照れで赤くなった顔を隠す余裕もないまま、挙動不審に口を開く。


「そ、空野さんも、すごいか、かわいいと思う……あ。ほ、ほんとに、あときれいで……」


 すると、ほとりはふっと表情を崩して、


「普段あまりこういう格好はしないので不安だったのですが、中原さんにそう言って頂けて嬉しいです。昨日、水瀬さんにお願いして一緒に選んで頂いた甲斐がありました」


 やはり恋夏の仕業だったらしい。しかし、お願いした……というのは――。


「……なんて言ってお願いしたの?」

「そうですね。明日中原さんとお出かけするので、失礼が無いように着ていく服を選ぶのを手伝って欲しい、というように」

「…………」


 恋夏に与えている誤解が既に誤魔化しようもなくなっている気がしたが、ひとまず今日の所は気にしないでおくことにした。


 だって今日は、デートなので。

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