第14話

 暗雲立ち込める空の下、燃える平屋の建物の外で春嘉と出雲はたった今到着した七瀬と言葉を交わすことなくただ燃える炎を見つめた。

 その沈黙を破ったのは七瀬で一つ溜息を吐いた。


「…何があったのか詳しく聞きたいのですが」

「七瀬、キミは今の政府に何を求める?」

「何の話です?」

「まぁいいよ。そうだ近々政府解体命令が出るから、キミたちガーディアンも例外じゃないよ」

「……」

「心当たりがあるような顔をしているね」

「我々に決定権はありませんから、お好きにしてください。それに彼らの管理下に居なければ楽も出来ます」

「はは、確かにそうかもしれないね」


 七瀬は表情一つ動かさずただ薄ら笑いを浮かべる出雲の顔を見つめる。

 その背後ではいまだに焼けた建物を見つめる春嘉がいた。

 七瀬はもう一度溜息を吐いた、すると上着のポケットに入っていた端末が震える。

 液晶画面には、日向衛の文字が表示されている。

 断りを入れ端末を耳に宛がう。


「どうした?」

「お忙しい中申し訳ありません。本部にてお姿が見えず急ぎの連絡をしたく…」

「いい。要件を」

「東地区にて大規模な瘴気の塊が出現まるで繭のようなそれは何かを育ているようです。先程まで戦闘員二名と周囲の調査及び、東地区の避難誘導の最中に戦闘になった模様現在も戦況は不明ですが混戦中だそうです」

「……そこには一体誰がいるんだ」

「先程、佐藤が報告に来まして戦闘員全員が到着している模様です」

「分かった。あまり近づかないように佐藤には戦線を離脱し安全な場所から見張るように伝えて、すぐに向かう」


 七瀬は端末を操作し液晶画面に衛から送られてきたデータを表示させそのまま出雲に投げる。

 困った顔をしたまま出雲はその画面に映ったデータに一通り目を通すとその端末を七瀬に投げ返す。


「春嘉、行くよ」

「…どこに」

「皆のところ」


 呼びかけに応えた春嘉の目は虚ろで何処か疲れが見える。そんな彼の腕を引いて出雲は瞬間移動で姿を消した。残された七瀬は頭を掻いた。

 七瀬の計り知れない何かが蠢いている。そんな感覚が身の内に感じることが不快で堪らなかった。


 眩暈のような感覚と浮遊感が消え、一瞬で目の前の景色が変わる。あの燃える赤ばかりだった景色は今や闇をも思わせる黒紫色が視界に広がってそれと同時に血の臭いが鼻につく。

 血糊が至る所に散って眩暈がしそうだった。

 出雲はぐっと息を呑み、ゆっくりと息を吐いた。春嘉は目の前の光景に言葉を失っている。

 若い男が一人笑っている。顔には誰のものか分からない血糊を付けてにこやかに笑っているその男が見据える先には今までに見たことがない顔で泣いて怒る翔の姿がある。燃える半身は熱くないのかそれとももう感覚すらも焼き切れてしまったのか、その手に握る剣すらも炎の赤に染めて血走った瞳はたった一人に向けられている。

 その二人から距離を取るように、太陽リリィが怪我をした部分を庇いながら辛うじて立っているという状態だ。その後ろにはギルバートがぴくりとも動かない鎮生を抱えている。その場にいる全員が二人の一挙手一投足を固唾を飲んで見守るしかない。

 誰も動けない下手をすればここ一帯の人間や建物全てに被害が出る。


「天あああ!」

「兄さん…いや、藤堂翔!残念だよ本当に残念だ、何も知らずに朽ちその力の贄と成れば苦しまずに済んだはずなのになぁ?」

「何を言って」

「貴様は知っているか…この世界が何度崩壊を迎えているか…!貴様と俺が出会ったのはこれが最初ではない!」

「——?!」


 天の言葉にその場にいた全員が目を見張る。


「ふ、はははは!その呆けた面、本当に何も知らないんだな、愚かな奴だ」

「嘘だ!そん、なはず…」

「嘘ではない。ならばそこの神に聞いてみると言いそれとも…別の神に聞くか?丁度揃っているようだしなぁそうだろう、聖神!!」


 視線が一気に出雲に向けられる。

 出雲はただ黙っている。

 天は笑みを深める。


「久しいな、聖神。何度目だ、答えてみよ」

「アンタに応える義理は無いよ。邪神の成り損ないが…偉そうな顔をしないでくれるかな」

「ふん。だがその成り損ないに負けたのはお前だろうだから時間を巻き戻したそうだろう。そんなにも自分の身が可愛いか?それともその隣の役立たずか?それとも国か?この国の民に何の利益がある生かしておくだけ無駄であろう。作り変える必要があるとすればこの国の愚かな人間だろう?そうではないか?」

「相変わらず無駄な話をすることが好きなようだね何度生まれ変わっても性根は変わらないようだ」


 その瞬間、地が震えた。

 一瞬のうちに間合いを詰められ、出雲は何も感じていないようだが隣に居る春嘉は圧迫感で吐き気が込み上げるだけではなく頭を鈍器で殴られたかのような痛みが走る。その時感じた懐かしさが胸を撫でる。

 ―この男を知っている。

 そう感じた春嘉は天と目が合った。否、合ってしまった。

 その時心の中で大きく警鐘が鳴り息が詰まる、伸ばされた手が春嘉に迫る。


「触るな。お前にこの子に触れる権利はない」

「ほう?」


 引かれた手が熱を持っている。高鳴る心臓が酷く煩く感じて耳を塞ぎたくなる。

 何故か出雲に抱き締められるような形で春嘉は天に背を向ける形になった。

 背後で感じる威圧に冷や汗が止まらない。

 周りを確認しようにも体は硬直しているようで動けない。

 睨み合いが続いているその時、間の抜けた今の状況には合わない声が降ってきた。


「喧嘩か?俺も混ぜてほしいね!」

「—ッ!」

「おおっと、なぁんだ。久しい顔があると思ったが…まさかお前か、シンエイ」

「黙れ!!」

「おーおー。怖い怖い」

「何故…貴様がここに!」

「んー?あぁ…そうか気付かなかったのか、ずっと居たぞ。まぁ外に居たから分からなかったのかもな…俺もこうなっているのは書面でしか知らないし実際に此処に戻ってきて歪んだこの理には驚いたものだ。あとでしっかり説明してもらうぞ聖神」


 出雲は男の問いかけに黙り込む。

 その出雲の腕の中で意識を無くす男を交互に見て一つ息を吐く。そして周りに目を向ければ座り込んだまま動けない者たちと真っ直ぐこちらを見つめる瞳と交差する。

 太陽だ。ただ黙って彼は男を見つめている。

 男はただ頷いて、目の前にいる天と目線を合わせた。

 天は酷く憎らしい感情を露にして顔を歪めている、その様子に男はとても悲しい瞳を向けた。それが余計に感に触ったのか天は怒りに震える手で男に掴み掛った。


「掟の鎖」


 三方から伸ばされた鎖が天を縛る。

 天は直ぐにその気配を辿った、暗闇に女が一人。木の上に男が一人。そして天空に男が一人。神術と魔術の混ざった気味の悪い鎖が天の動きを食い止める。


「…なぁ。話をしないか?暴力や力ではなく言葉では解決できないものなのか?」

「は?分かっている癖に、まだ!見て見ぬ振りでもするつもりかだからお前は甘いのだ!そうやって人間に隙を与え付け入れられる、そうやって今の状況になったのだろう!いまさら話合いだと?!ふざけるのも大概にしろ!」

「…シンエイ。俺は…」

「ミカゲ、もう全てが遅いのだ。その目でこの国が再び潰える瞬間を黙って見ているといいよ」

「シンエイ!!」


 天を縛っていた鎖は断ち切られる。その衝撃に驚いたのか三方で影が揺れる。

 追おうとする影を男は片手を上げ制止する。

 その必要はないと、首を振って。


「主よ。よろしいのですか」

「いい、神威それよりも皆の怪我の手当てを特に彼を頼みたい」

「御意」


 暗闇から現れた女は神威と呼ばれた。神威は彼—鎮生の元へ駆け寄っていった。


「右京!」

「分かっていますよ。私も救護に回りましょう…出雲、また後で」

「……」

「では」


 スーツ姿の男は右京と呼ばれ、長い髪を高い位置で結いその髪が風に揺れる。

 出雲は目を伏せて顔を合わせようとしなかった。

 肩を竦めた右京は直ぐに駆け出していく。


「あとは…おいで。話をしようよー!神族のキミ」

「神族と呼ばれるのは些か不快ですが、仕方がありませんね」

「七瀬、キミ…」

「言っておきますが、僕は右京さんに連れ去られたようなものですからね!勘違いしないでいただきたい!」


 棘のある言葉に出雲は苦笑いを浮かべる。


「それで、久我隊長は平気なんですか?」

「うん、気を失っているだけ。でも多分不味い事になった」

「一旦俺の屋敷に戻ろう。全員に話さなければならないことがある」


 男は地面に陣を敷き、一瞬でその場から移動した。

 移動した場所には桜が咲いていた満開の桜が花弁を散らしている。

 だが、今はまだ夏で春は過ぎてしまっているいまだに咲き乱れるその様はまさに狂い咲きと言えるだろう。


「怪我人は奥の部屋に、右京香を焚いてやってくれ」

「はい、仰せのままに」

「さて、話をしようか兄弟たち?」


 大広間に残ったのは、出雲、太陽、リリィ、翔、ギルバート、七瀬、神威の七名だ。

 各々適当な位置で腰を下ろし最奥にある段差のある台座の淵に座る男に目を向ける。


「…主よ、しっかりとお座りください。威厳がありませんでしょう」

「はは、そんなものいらないさ!俺は彼らと同等でありたい」

「貴方はいつもそうやって…いいえ。お好きになさってください」

「ありがとう」


 さて、というように男は真っ直ぐ集まった面々の顔を見る。


「まずは自己紹介と行こうか。俺は高原晴翔たかはらはるとと言う。或いは人は俺のことをこう呼ぶと」

「邪神…?」

「あぁ。そうだ、俺がこの国の第一神邪神だ」

「じゃあこの神気の力も貴方が創ったんですか?」

「神気?」


 翔の言葉に晴翔はきょとんとして眉をしかめる。

 晴翔は神気と言う言葉に耳覚えがないようで思わず傍に控える神威を見る。だが、神威も首を横に振る。

 その様子に翔も同様に焦ったように出雲を見る、出雲は額に手を当て首を振った。


「イレギュラーなら、分かるかい」

「あぁ!分かるさ、なんだいまは神気と言うのか?」

「人間たちが、この現象に名前を付けろというから名前を付けただけだよ」

「そうか。すまない俺はここ数百年この国から出ていたから今の状況が良く分からないんだ…俺が覚えているのは何百年も前の事だけだ、キミはその力が俺が創ったと認識しているのは半分本当で半分間違いだ」

「それって…どういうことですか」


 話しは長くなるが、と前置きをして晴翔は翔に事細かく詳細を説明してくれた。細かな質問にも嫌な顔せず答えてくれた。

 晴翔の時代に起きた現象はやがて形を変えて引き継がれ伝承になった。人伝いに口頭で伝わるそれは色を付ければ話が大きくなる、時代が変わればそれを知っている人間はいなくなり、美化され偏向され時代を超え伝わる。そうして出来上がった物語が翔の知る伝承だった。


「イレギュラー…いまは神気というのだったな、それは元々確かに神が与えた力だ」

「どういった理由で」

「人は常に力を望んだ、誰よりも誰にも負けない大きな力が欲しいと。それは憎しみ、羨望、愉悦その全てに勝る、それさえ手にすれば誰もがその者に下ろうとするだろうな、圧倒的な力の前では成す統べもない屈服するしか他ない」


 翔は絶句した。

 先人たちはこの力を邪な願いの為に望んだのだ。救いでもなくただ他者を見下す為だけにこの国を我が物にしようとしたのだ。

 勿論そんなこと許されるはずもなく、神々は断った。それでも尚人々は力を望んだ。

 挙句の果てには、生贄を用意するようになった。

 村一番の利口で美形な若者を差し出せば良いと思った大人たちは神々に一人ずつ生贄を差し出した。呆れた神々はそれを受け取ると自身の身の回りの世話を任せる為に巫女として傍に仕えさせた。人々はそれにかこつけて望みをより強めて行った。

 そうするうちに神の心は歪んでいった。人間のそれを似せて造られた存在である神々は人々の愚かさに耐えられなかった、そして遂に邪神は闇に堕ちた。

 そして戦争を繰り返す人々に力を与えてしまった。そしてそれが後のイレギュラーとなり神気となったのだ。


「いまの俺は所謂受肉体で、人間とあまり大差は無いんだ。大半の神は今そうなっているから探そうとしても見分けはつかないだろうな。なぁ出雲」

「ぼくに話を振らないでくれるかな。記憶を持つ持たないは盟約によって変わってくる。実際記憶を持って生まれた神々はぼくを含めて三人だけあとは覚えているのかも分からない」

「三人っているんですか?」

「いるよ。キミの傍にもずっといただろう」

「一体誰が……!もしかして」


 翔には一人思い当たる人が居た、神族である不思議な人間が一人。

 その者へ視線を向ければ、しっかりと目が合った。太陽の名を冠した男はただ優しく笑っている。


「狼谷先輩…?」

「へぇ…意外といい観察眼をしているんだねぇ。そうだよボクがこの国の第二神、天光神だよ」

「やっぱり…なんで黙っていたんですか」

「ボクは探している者があった。見つけてそのまま神域にでも連れ帰ろうかなって思ったけど本人はその気は無さそうだし気の済むまで人間のまま付き合ってあげようかなって思っただけ、まぁでも退屈はしなかったよ」

「俺たちのことは気付いていたか?」

「まぁ気配だけは何となく凄く遠かったから生きているなら何でもいいかなって…でも、あれは…」

「そうだ!あの、貴方が邪神という事は、あの…時の…」


 翔はハッとして言葉を紡ぐがどうしても詰まって先に進まない。

 それを察したのか晴翔が頷いた。翔の弟であった存在は自身は邪神と言った。

 それに嘘は無かった確かに彼は自分自身が邪神であると言ったのだ。


「彼は確かに邪神だ。俺の半身と言ってもいい」

「半身…」

「俺の魂は、二つに割れている。光と闇の二つだ今目の前にいる俺は光の方だな、そして彼がこの現象の根源である闇だ。その力は彼がこの体を使っていた時に出来たものだ。だから言っただろう?半分本当で半分間違っていると」

「じゃあ…弟は、天はもう人間には戻れないんですか」


 翔はそこが一番気になっていた。ずっと弟として可愛がってきた例え成長せずとも自分だけが大きくなってしまっても変わらず愛おしい弟であることには変わりなかった。弟を、家族を大切な人を弱者を守れるような人間になりたかった。

 そう思えたきっかけだった彼は変わってしまった。


「難しいと思うぞ。あれは、元の肉体自体が創られたものだ、空っぽの器に邪神の悪心を詰め込んだ存在だ。あれが完全に目覚めればこの国の崩壊は一気に時間を縮めてしまうだろうな」

「そんな!」

「そうならない為にも俺が戻ってきたわけだが…聖神。言っておいたことは順調に進んでいるか?」

「申請だけは出しておいた、後はアンタが玉座に座るだけでいい」

「玉座?なに、王にでもなるつもり?」

「そうだ!俺はその為に帰ってきた」


 出雲以外の人間が揃いも揃って驚いた声を上げ大広間は動揺の色香を纏う。

 そう、邪神でもある高原晴翔は何百年も放浪し、他者を知り他国を知り自国を救うために帰ってきたのだった。





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