第10話

 それは、とある月夜が輝く綺麗な夜景が広がる日。政府主催で行われたパーティーだった。政府の代表である中川が各地のお金持ちや芸能人など著名人を集めた過去最大と言っていい程の膨大な人数で執り行われたパーティーだ。

 そしてそのパーティーには例にもれず神族である出雲にも招待状が届き、出雲は参加した。神族の何人かと、護衛に戦闘集団カラスの精鋭たちを連れてきた。

 既に政府はこの大規模パーティーの為にガーディアンの面々を警備に回し中と外で警備隊が近辺警護に当たっていた。

 出雲は有志と春嘉、太陽の上層戦闘員の三人を連れて来ていた。正確に言えば太陽は上層戦闘員ではないが実力があるので連れてきている、とても嫌がられたが責任者命令だと言えば渋々着いてきた。


「なんだってこんなところに…人間ばっかりで気持ち悪いなぁ」

「そう言うな。仕事だ割り切れ」

「ボクはアンタみたいにそんな器用じゃないんだけど」

「外の警護に回るか?外に確か義一がいたぞ」

「あーそっちの方が楽しそう…。何かあったら呼んでー」


 そう言い残し太陽は会場から出て行ってしまった。特に止めることも無く出雲はワインを嗜んでいる。最初から太陽が傍にいることに期待していないといった様子に春嘉は溜息を吐くしかない。

 戦闘員故に鍛え上げられた肉体を持つ四人が居ればそれなりの威圧はあるのか会場に入ってから視線は集めていた、特に春嘉以外の三人が。春嘉は細身な為とそこまで身長が高くはないので威圧されているのは自分かと感じる。

 だが、やはり何もやることがなく有志はその顔の広さからか会場内で馴染みつつある。春嘉はあまり馴染めずひっそりと壁際で一人周りの人間たちの様子を見守る。

 とても、楽しそうだった。ダンスをしたり用意された食事を楽しそうに談笑を挟みながら食べる姿はいまのこの国の現状と似ても似つかない。此処だけ見ればこの国は平和でこうやって一夜の楽しみに興じる余裕があるのだろう。

 何も知らない人間たちと春嘉は胸中で毒吐いた。


「やあ。楽しんでいるかい?」

「特に楽しんではいないな。仕事だからなそういうお前は違うのか七瀬」

「仕事中だよ、でもこうやってのんびりとした時間を過ごすことも悪くない」

「嘘つけ。いまも何か狙っているんじゃないのか?」

「人聞きが悪いことを言わないでほしいな!……ねぇ春嘉、あの中川と一緒にいる男を知っているかい?」

「知らない。あの男がどうした」

「最近、中川の動きが怪しくてねまだ詳しくは捜査中だけどキミも覚えておくといいよ、彼の顔を」


 七瀬は春嘉にだけ聞こえるように腰を屈め耳打ちする。その声がいつもよりも真面目なトーンにじっとその男を見つめる。

 中年の小太りな男だ、今日の為だけに繕われた表情は緊張からか焦りが表情に滲んでいる。何度もハンカチで汗を拭う姿に何かを隠しているようには見えない。だが、その後ろ盾が問題であることは確かだった。

 中川航大なかがわこうだい。中川家の長子として産まれ先代の代表の息子で先代が亡くなったあと、引き継ぐような形でその座に着いた。

 もう既に約二十年はその座を降りていない。最初に座に着いた頃は若かったが今や髪には所々に白髪が混じり顔は皺が増えたように思う。

 この国の仕組みは実に複雑で、滅多なことがない限りその役割を剝奪されることは無く、国民の不満が半数を超えなければ政府の管轄はそのまま継続され、国と政府の機関は大きく分けられる。国の管理は国の女王が成し、政府は人々の生活を豊かに安心した生活を提供し守る機関なのだ。昔は共同であった機関だが大きな内乱によってこの国の在り方は大きく変わった。警察という機関が守っていたものは崩れ今では警備隊という名になった。国民を守るのは特殊警備部隊ガーディアン、人成らざる者や危害を及ぼすモノの処理を特殊戦闘集団カラスが管轄を担っている。

 元は、全てに名は無く。過去の出来事が全てを変えたのだ、神気も最初は別名で呼ばれその名が浸透したのはつい最近の話だ馴染みやすい名前になった。

 その恩恵は全て、この国を成した神の者であると言えば誰もが信じたからだ。

 それ故にこの繰り広げられる悲劇も災難も全て神の仕業だとそう思い込んでいる。


「全くこんな盛大にやってくれちゃって…いつだってあの男の寝首を掻こうと必死な記者は沢山いるっているのにさ。悠長なものだねー」

「いまあの男を代表の座から引き摺り下ろしたとしてどうにもならないだろうに…」

「そんなこと、どうだっていいんだよ。彼らはただ動乱を望んでいる読み手の一喜一憂を見ながら国民を自身の掌で踊らせて楽しんでいるただの外道さ」

「フン。そんなことの何が楽しいくだらない。動乱が起きれば自身の命だって危なくなる、自分の命すら守れない奴が良くやるな」

「人間は刺激なしでは生きられない。そういう生き物だよそうやって作られた」

「……で、ここで悠長に話していていいのか?ガーディアンのリーダーさん」


 嘲笑うように春嘉は七瀬を仰ぎ見る。七瀬は相変わらずの余裕の笑みで会場内を見回している。話しながら会場内の警備とは器用なものだなと嫌味を投げるがそれすらも余裕の笑みで返される。

 つまらない奴だと春嘉は有志と共にいる出雲を見やる楽しそうではないものの何かを企んでいるような笑みに溜息を吐くしかなかった。面倒事を押し付けられる予感がした。

 長い夜は明け、大規模なパーティーはその幕を閉じた。

 ―特殊戦闘集団カラスの本部では、留守番をしている三人が暇を潰すかのように、翔が鎮生とリリィに指導を受け力のコントロールに励んでいた。


「いいじゃない!上手くできているわ!」

「うん。前よりは意識を保てていると思う」

「本当ですか!良かった…」

「どうする?一回休憩してもう一度やってみる?それともいまの感覚が残っている間にもう一度試してみる?今度は手加減なしでいくわ」

「はい。お願いします!」


 炎が揺らめいて鱗粉を振り撒き散る蝶の形で肩で息をする翔の周りを飛び回る。

 大きい火蝶は翔の周りを飛び回った末に翔の手の甲に止まりその姿を変える揺らめいた光のような炎が翔の拳に纏わりつくと翔はその温度を上げ、そのまま拳を地面に叩き込んだ。地面が割れ二人の足元の地面を崩し、相手の態勢を崩すその瞬間に飛び上がった二人は背後にある壁に足を付け、壁を蹴り助走を付ける勢いで翔に襲い掛かる。

 重い一撃を翔は炎と地面の力で固めた腕で受け止め流す。足元の地面が沈み割れる程の威力がある踵落としはリリィの十八番でもある。足技が得意なリリィはそれだけでなく俊敏な動き、目を奪われるほどのしなやかな身のこなしが特徴的だ。

 まるで踊るようなその戦闘スタイルに惚れ惚れしてしまう気持ちを抑えて翔は次の打撃を容赦なく叩き込む、振り被る度に零れる火の粉にリリィは美しいと思う。

 リリィに意識が奪われている隙に背後から、放たれた刃は冷たく一瞬で熱が奪われるくらいの宝石のようなそれは翔は咄嗟に避ける。空中で砕けたそれはバラバラと音を立て地面に広がる。まるで足止めをするようなそれを拾い上げ鎮生に投げ返す。


「やるわね」

「でもいいのかな。早くしないと結晶化するよ」

「っ!」

「流石ねーいい感じよ!」


 翔はまた体内の温度を徐々に上げていく。暴走しないように主導権は自分であると言うようにその力を抑え付けていく。

 翔は既に身の内の力を抑え付ける方法を手に入れた、あとはそれを手懐け己の物として力を自分のものにする。


「!」


 剣を振り払う瞬間巻き起こる炎の一閃。

 リリィが咄嗟に避けなければ、取り返しのつかないことになっていただろう位の勢いと威力。


「リリィ!」

「ありがとうくーちゃん。私は平気よ」


 驚いた拍子に足元が縺れ倒れそうになったリリィの体を鎮生が支える。

 剣を仕舞い駆け寄ってきた翔にも平気だと告げる。不安そうな表情の翔の頭を無造作に撫でてやると安心した表情になる。


「ちょっと驚いたわ。まさかそんな技を既に持っていたなんて」

「いやそれが、俺も驚いてまして…」

「そうなの?んー今日はここまでにする?」

「そうですね、少し疲れました」

「最後の一撃凄かったものね。でもあれは連発すれば体への負荷が酷そうね…」

「多分、武器の方が持たないかもしれない」

「え、あ!欠けてる!」


 鎮生が翔の剣を鞘から抜いて確認すれば、剣の先だけでなく至る所が欠けている。

 このまま使っていればいずれ砕けて怪我をするのは翔だろう。


「代わりの物を使えばいい。武器庫にあるから取りに行こう」

「はい!」


 武器庫に向かう途中、パーティーから帰ってきた春嘉たちを出迎える。

 何事もなく終わったようで安心したのも束の間に、水面下では恐ろしい計画が執り行われているとも知らずに夜は更けて行った―。

 翌日、翔は珍しく学校に足を運んでいた。職員室に向かう途中で旧校舎側の道に駆け寄る生徒の数に気になり翔の足も自ずとそちらに向いた。


「何があった?」

「なんか、異常な数値の瘴気が検出されたとかでガーディアンが来ているんだよ」

「へぇ…」


 旧校舎には規制線が張られ、ガーディアンの制服を着た人間と警備隊が慌ただしく走り回っている。生徒が物珍しさで押し寄せているせいで警備隊の人間の声が響くその場所に、見覚えのある人間を見つけ翔は思わず声を上げた。


「赤里さん!」

「おや?あぁ、そうだったキミもこの学校の生徒だったね。キミその生徒を通してあげてー」


 規制線の前で待機していた警備隊が翔を中に入れてくれた。翔は今日はカラスの制服を着ていない。それでも赤里は気付き中へ招き入れ手招きする。


「小羽はいないんですね」

「会いたかった?残念ながら今頃本部でお年寄りの世間話を聞いているよ」

「え、ええ?」

「それも一つの仕事さ。さて、話は聞いているかい?」

「いえ、何も今日来たのは別件ですし。今日は本部に行く予定もなかったので…」

「そう。じゃあ勤務外だけど少し手伝ってくれるかい?」

「はあ、俺で良ければ…」

「これ付けて、彼と中を見て来てくれるかい?」

「彼?」


 七瀬から手渡されたガスマスクを受け取り示された先を見れば、浄化作業で放出された水圧で負けた老朽化した壁の先を興味深そうに見つめる大柄な男性だった。白い制服の上からでも分かるくらいの筋肉質な体が強者の風格を現しているようだ。

 ガーディアンの面々は細身な人間が多い印象だったので目を見張るものがあった。


義一ぎいち!彼と一緒に頼むよ」

「…学生?」

「あ、えっと…あった。俺、特殊戦闘集団カラスで戦闘員やっています!藤堂翔です!」


 翔はポケットに仕舞っていた通行証を義一と呼ばれた男性に見せる。男はそれを見て同じように胸ポケットから通行証を翔に見せる。


「立花義一だ。俺は人間だ」

「あ、はい…そうなんですね、えっと…」

「義一、喧嘩しないでね」

「挨拶です」

「それを挨拶と呼ぶかどうかは、人によるかな。とにかく翔くん義一、地下に何があるかだけ確認したら戻ってきて、何も触れないでいいから」

「了解しました」


 七瀬は歩き出した二人の背を見送る。後ろで待機していた警備隊員が不安の声を上げるが七瀬は困った顔をするだけであった。

 通報にあった瘴気の残痕は思いのほか広くまるで粒子にようだった。放水という形で建物内にこびり付いた瘴気を洗い流せば臭いと共に姿は消えた。まるでカビのように建物全体に寄生する様はその異様さを七瀬に見せつけている。

 放水した水圧のせいで老朽化した建物から現れた地下への道、瘴気の気配。

 地下へと続く階段を義一と翔は下っていく、次第に濃くなる瘴気の気配は奥の方へと彼らを誘う。


「なんだ、これは…」

「実験室?」

「学校の備品にしては大掛かりすぎる…それにこの菌類の形の瘴気はなんだ」

「俺が普段見ているものとは全然違う、あの立花さんあれ…」

「待て、これ以上は危険だ。戻って報告を―」

「立花さん!!」


 それは何かの塊で大きく脈打った瞬間その姿は大きな手のような形で義一目掛け襲い掛かる。義一が手にした銃で銃弾を撃ち込むがビクともしない砕け散るもそれは再生し再び義一を喰らおうと襲い掛かる。

 咄嗟に翔は駆け寄り、炎を込めた拳でその物体を殴り飛ばす。その隙に二人は来た道を必死に駆け戻る。

 炎が広がる音がして、地下への道が瓦礫に埋まる。

 外で待機していた七瀬と連絡を受け駆け付けた太陽と鎮生の三人と目が合う。

 思ったよりも驚愕したような狼狽した様子の二人に三人は目を合わせ戸惑いを見せる。


「何があった」

「いま…」

「翔、顔が真っ青だ」

「い、いま顔が」


 マスクを外して、崩れた瓦礫の方へ指を差す。

 義一が近づいてきた七瀬に報告をする。


「地下に、実験室のようなものがありました…恐らく、ここの生徒だったと思います」

「何かの塊のようなものに瘴気が絡みついていて、それが襲い掛かってきたので思わず力を使ってしまいました。それと…顔が」

「さっきから顔がって、何か見たの?」

「…人の顔が一瞬ですけど、見えて…それが複数。若い人たちでしたあと制服がここの制服でした…」

「関係者を洗い出す必要があるね」


 七瀬は携帯端末を取り出すと何処かに電話を掛けながら旧校舎を出て行った。

 瓦礫で埋まった、場所を太陽が何度か触れ何かを考えこむように思案する。


「そう言えば、どうしてここに?」

「七瀬さんから本部に連絡があったんだ。でも春嘉さんがいなくて仕方がなく俺たちが代わりに来たんだ」

「今日春嘉さん居ないんですか?」

「うん。何でも出雲様から直々に指示があったからってそっちに行ったんだ」

「大変ですね…」

「あの人は昔から出雲様のお気に入りだから、それに本人も優先するしお互い様だよ」

「おい、何を―ッ!」

「狼谷先輩?!」


 何気ない会話中に、太陽が思い切り崩れた壁に蹴りを入れた。そうすると壁は意図も簡単に崩れ、再びその道を記した。


「義一と翔は此処にいな。少なからずさっきので瘴気に中てられてるから…鎮生ボクとおいで」

「いいけれど…あまりいい気配はしない」

「知ってるだからだよ、ほらおいで」


 もう既に階下に降りた太陽が鎮生に手を差し伸べる。その手を取り下へ降りる鎮生を翔が不安な目で見つめる。

 

「翔、リリィ呼んでおいて」

「はい!」


 翔は急いで携帯端末を取り出してリリィに掛ける。

 その間に、太陽と鎮生は先に進む。


「あぁ、だいぶ焼けてる…あれかな翔と義一が見たものって」

「…焼けて元に戻っているみたいだ。白骨化してるきっと二人が見たのは記憶の残留思念だろうね」

「そうだねぇ。それにしても趣味が悪い部屋だね…気持ち悪いなぁ」

「長居は良くない。ここも時期崩れる」

「まぁ確認は済んだから戻ろうか」


 翔の炎に焼かれたその塊は姿を無くし、代わりに焼け焦げた瘴気の塵と白骨化した遺体が転がっていた。

 気分が悪い程の情景に太陽は目を背け鎮生を連れ地下から這い出る。

 すると、現場に到着したリリィが不機嫌そうに見つめる目線と共に浄化のスプレーを掛けられた。

 蓄積された負の怨念が瘴気の力を倍増させ、今になって溢れ出したのだろうという見解になりガーディアンの管轄で捜査されることになった。

 だが、翔はきっと忘れることは無いだろう。涙を流し必死に記憶の残痕となっても他者への助けを求め続けた人々のことを。

 その後、旧校舎は取り壊しが決定し立ち入りが禁止された。







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