第1話

 広い教室内で賑わう生徒たちの動きを一言で制し席に着くように呼び掛ける教師の手には、茶封筒が大量に握られている。

 それを見た生徒たちは好奇の目で教師の言葉を待つ。そう、今日この日はここの生徒たちにとっては大切な日であり、それは自身の将来に関わる。

 その生徒のうちの一人、藤堂翔とうどうかけるはこの日を待ちわびていた。

 この学校は、中高一貫校であり国の特別制度である、『神気』の子供のみを受け付けている。中学生の時に『神気』となった翔はこの学校に転校し、現在高校二年生になった。そして二年時から始まるのは今後の職業についての模索。『神気』はその特殊な力から就職が一般の人間よりも難しく就職難に陥りやすく、社会から弾かれることも多々ある。そこでこの学校は事前にこう言った制度を組み込み提携している企業に掛け合ってくれるのだ。

 そして今日はその内定通知が届く日である。

 次々に名前が呼ばれ、担任から茶封筒が渡されていく。皆緊張し面持ちで席に着くと同時に封を開け一喜一憂する。緊張で握り込んだ掌に汗が滲む。


「藤堂」

「はい!」

「頑張れよ」


 遂に自分の番が来た、優しい眼差しを向ける担任に励ましの言葉を貰う。

 その言葉に期待に胸を弾ませ席に着くとすぐに封を切り、中に入っている一通の白い紙を取り出した。翔の表情が見る見るうちに変わっていく。そこに書いてあったのは自身が望んだ場所の名前ではなく、望まぬ部隊の名前だったのだ。

 翔は落ち込みと同時に机に突っ伏した。


「翔!どうだったーって、どうしたの?落ちちゃったの?」

「…」

「ここって…」

「佐藤さんは知ってる?ここ」

「え、もしかして翔知らないの?!ここ結構有名だよ」

「良い方で?」

「ううん。悪い方で」

「だよね、最悪だ…」


 ホームルームが終わり、担任が去った教室内は再び騒ぎ出す。

 この後は選択科目で、それなりに人は少ないが今朝渡された内定書についてやはり思わぬ結果になった者も一定数いるようで騒めき立っている。そんな中、仲の良い友人である佐藤小羽さとうこはねが声を掛けてきた。が、翔は机に突っ伏したままの状態で彼女に内定書を渡す。渡された内定書にはしっかりと配属先が書かれている。


「"特殊戦闘部隊カラス"。内情はあまり知らないけど"ガーディアン"とは発足が同じ日で、でも仕事内容が違うから結構合格が難しいって聞いてる…。翔、ガーディアン希望にしてなかったの?」

「した。ちゃんと」

「今日の午後に本部に行くからその時に聞いてみるといいかもね」

「そうする。で、佐藤さんはどうだったの」

「ふふん。私はちゃーんとガーディアン所属です!折角一緒に活躍できると思ったのに残念だね」

「はぁ…いや、でもしっかり自分の目で見て確かめてみるよ。悪い噂が悪目立ちしているだけで本当は良い人たちばかりかもしれないし」

「そうだね、私もそれが良いと思う」


 翔の通知書に書かれた場所は、『特殊戦闘部隊カラス』それは翔の望んだ『ガーディアン』という組織とは違うがこの国の同じ治安維持部隊であり、仕事や役割が違う。

 ガーディアンは、一般人と神気が関わった事件、事故を仲介するような形で解決し助ける。なので、基本的には守護という形で人命に関わる仕事をする。

 一方で、特殊戦闘部隊カラスは、その異名さから人々に距離を置かれている。そして構成員は全て神気の者たちのみであり、契約という形で人を助ける。基本は夜間に活動し昼間は不明。戦闘員と呼ばれる隊員たちはあまり素顔を見せず怪しげで危険だと言われている。なので職務内容が全くと言っていいほど知られていない。

 そんな組織にこれから所属するのだと思うと不安になるのも仕方がない。翔は封筒を鞄に仕舞い、選択授業である戦術の授業を受けるべく着替えを持ち体育館に向かった。授業を受けている最中も内定書のことが頭をよぎる。

 そして、午前はあっという間に流れ気付けば午後になっていた。


「大丈夫?」

「平気、少し緊張しているだけ」

「あまり気にしすぎないほうがいいと思うよ。本当に悪行をしているってわけではないと思うし一応私達と同じ神気の人たちが働いている場所らしいから、意外と気を使わなくていいかもしれないよ?」

「そうだといいな」


 笑顔で翔を励ましてくれる小羽もこれから向かう自身の職場に行くという事で緊張しているのか鞄を持つ手に力が入っているようだった表情もいつもより硬い。

 学校から電車で程近い場所にある、特殊部隊本部に向かう二人は最寄りの駅で降りるとその場の雰囲気に若干の緊張が走る。

 本部内を行き交う人々は、白か黒の服装をしており忙しなく館内を動き回っているようだ。その人々の邪魔にならないように二人は本部内中央にある案内所のような場所に向かう。


「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「すみません、俺たちこちらの部隊に所属になる為の説明会に来たのですが…」

「説明会希望の方々ですね。お待ちしておりました、お名前を確認したいので事前に配布された通知書等を見せていただけますか?」


 二人は言われた通りに今朝渡された通知書を提出すると、案内所の女性は確認の為に連絡を取り、確認が取れたのか書類を二人に返した。


「確認が取れました、担当の者がこちらに参りますのでそちらにお掛けになってお待ちください」

「ありがとうございます」


 二人は軽く会釈をし、すぐ近くにあるソファに腰を下ろす。

 担当者を待つ間、館内の装飾や内部を目で一周して見る、掃除が行き届いているのか館内はとても綺麗で、植物や窓から漏れる光がステンドグラスの色を帯びて幻想的に見える。待っている間も緊張感が二人を包むせいか会話が弾むはずもなく。ただぼんやりと静かだなと思うばかりだ。入ってすぐは忙しなく大人たち行き交う姿が多く事件や任務に大忙しなのだろうと、思っていたが奥に入ると意外と静かな空間に驚く。

 暫くして遠くの方から、少し言い合っているようなそんな会話に周りの空気が糸を張る。その方向に顔を向けると、二人の男性がこちらに向かって歩いてきていた。その男性が人々の隣を通る時、行き交っていた人々は足を止め敬礼をしたり頭を下げる。その様子を異に介することもなく軽く手を上げ通り過ぎる姿に、翔と小羽は思わず立ち上がる。


「ーだから、行かないって言ってるだろう。しつこいぞ」

「いいじゃないか、滅多に"ここ"に顔を出すことも無いだろう?数少ない機会だ夕飯くらい…」

「行きたくないって言ってるんだ」

「なんで?そんなに僕のことが嫌いなのかい?」

「あぁ、嫌いだ」

「ショックだなぁ。仲良くしたいのだけど」


 目の前に立つ二人の服装は相対するものだった。

白いスーツに金の装飾を施してある腕章には蓮の花が咲いている。笑顔でこちらを見つめる姿に迂闊に近寄れば逃げられないと悟るくらいの存在感を放つ人物と、その隣の黒い隊服に腕には銀の装飾とカラスが描かれている腕章を付けた小柄な男性。黒い隊服に映えるような金の髪は長く後ろで一つに結わえられ美人という言葉がよく似合うそんな男性が、こちらをじっと見上げる。


「…座っていいぞ」

「あはは、緊張してる?大丈夫だよいきなり攻撃しないから、安心して座ってくれる?」

「し、失礼します」


 場所を移動すると言われ付いていくとそこは館内に併設されているカフェのようで休憩中の隊員等がお茶を楽しんでいた。促されるまま二人は席に着き目の前にある飲料を飲み緊張で乾いた喉を潤す。隣に座る小羽も緊張しているようでコップを持つ手が微かに震えている。後ろを歩いている時に気付いた事実、武装している、その事実だけでもここがであるということがひしひしと伝わっている。


「まずは自己紹介からしようか。僕はガーディアンでリーダーを務めている。赤里七瀬あかざとななせ。よろしくね。で、こちらが」

久我くがだ。特殊戦闘部隊カラスの隊長をしている」

春嘉はるか。ちゃんと名前も言わなきゃ、失礼だよ?」

「……やっぱりお前嫌いだ」


 嘲るように笑う七瀬に、春嘉は資料を持つ手に力を込める。紙が音を立て皺を作る。

 一瞬不穏な空気が流れたが、春嘉が溜息を吐くと七瀬は揶揄うように笑いすぐに翔と小羽に向き直る。すると、真剣な眼差しで七瀬が翔を見るものだから翔の肩に力が入る。


「さて、本題に入る前に一つボクからキミに伝えておきたいことがあるんだ」

「俺に…?」

「そう、藤堂くんの配属先がガーディアンではないという事だけど」


 その言葉に息が詰まる。その様子を見て取った七瀬は困ったように笑うと一枚の紙を差し出した。その紙を手に取る。そこには、事前に受けた身体能力審査の結果の紙で、神気の能力審査の欄には神気の能力レベルが4と書かれていた。

 それは普通の基準値よりも能力が高いという事だ。


「キミの能力値はうちじゃ管理が難しい。知ってはいると思うけど、ガーディアンはノーマルと神気両方の人間が所属している。ちなみに、僕はノーマルだ。ガーディアンの代表もノーマルだし、元々メンバーに神気の人間は一人だけ。世の為人の為として活動している僕たちでも、何かあった時に対処できる自信が絶対にあると言えない。だから適正なのはこちらかなって思って話をしたんだ。嫌であれば断ってくれて構わない、この話は白紙にする。でも、キミの力を上手く引き出してくれるのはカラスの方だと思う」


 ガーディアンの求める人材希望の欄には、神気の能力値は3以下であることが規定として定められている。人の身に余る神気は、成長と共にその能力値も変わる。コントロールが効かない状態では人を傷つける。守る立場の人間がそうなれば本末転倒で名誉に傷が付く。そんなことすら分からない子供ではない。翔は黙って頷く。


「ごめんね。希望してくれた時本当に嬉しかったんだ、うちを選んでくれてありがとう。…佐藤さん、付いてきてくれるかい、館内を案内するから」


 七瀬は翔の肩に手を置き軽く叩いた後、小羽を連れてカフェを出て行った。残されたのは翔と春嘉の二人だけだ重たい空気が流れる。

 先に口を開いたのは翔の方だった。


「はは、駄目ですね。人の役に立てるかなって思ったんですけど…、やっぱり俺は…」

「ガーディアンだけが、この国を守っているとでも思っているのか?それなら大きな間違いだな。あいつらの名声に搔き消されているだけで実際にはカラスの方が大きな役割を担っていることもある。ノーマルだろうが神気だろうが、犯罪や事故は起こすし、その力が役に立つ立たないは、実際に役に立ってから言ってくれないか。うちに配属になるって言うことを決めたのは七瀬じゃない。うちの代表である奴が決めたんだ間違っていた、なんてふざけた真似は許さない。自分の領域に他者を入れるという事は身を危険にさらすのと同じことだ。そしていまこの瞬間、お前はチャンスを手放そうとしている、違うか?」


 違うはずがない。明確な目標なんて最初から無かった、突然神気と呼ばれる存在になって、最初は抑えきれない力が恐ろしくて誰かを傷つけることが怖くて、その時ガーディアンという存在を知った。ここでなら邪魔者ではなく誰かの役に立てるそんな正義感から生まれた希望。でもそれも簡単に打ち砕かれた。望まない場所で本当にやっていけるのかと不安だった。恐ろしかったのだ結局、普通の人間であることを諦めきれなかっただけなのだ。きっと自身の発言に目の前の彼は怒るだろうと思ったがそうではなかった。

 真っ直ぐ見つめる瞳が、淡々と真実のみを伝えてくる。怒りでもないただ静かに、手を差し伸べるような言葉の数々に、翔は何故か心を躍らせる。先程までの憂いも消えいまは希望に満ちている。

 笑っているのだ、優しい笑みで彼は翔に手を差し出している。


「意外と悪くないかもしれないぜ?ってことも」

「俺、頑張ります。なので、ご指導よろしくお願いします」

「任せろ。だが、うちは結構厳しいぞ」

「望むところです!」

「さて、じゃあ行くか」

「どこに行くんですか?」

「特殊戦闘部隊カラスは政府の管理下にはない。だから本部に来ることは滅多にないんだ。今から行くところが俺たちカラスの本拠地だ」


 それは、本部からかなり離れた場所にある山道を超えた田舎町にあった。大きな建物は、都会にある特殊部隊の本部とはまるで違う。周りの空気は澄んでいてとても静かだった。中に入る前に門がありそこに背の高い男が立っていた、同じような黒い隊服を着崩し気怠そうに佇む姿に視線が向く。

 近づくと分かるが、かなり身長が高い男。それだけでも目立つというのに髪は綺麗な銀髪、隊長の春嘉もそうだが揃いも揃って美形である。


「あー…おかえり春嘉」

「久我隊長、な。ただいま、今日は機嫌が良いんだな」

「まぁね。新隊員の案内役とか面白そうだったからさ、だからちゃんと待っててあげたー」

「ありがとな。てことで俺の役割は一旦終了。館内の案内を狼谷かみたにに任せてある、俺はいまから会議に出ないといけないんだ。悪いが後のことは狼谷に聞いてくれ、契約とかの流れは終わってから話すから、楽しんでけよ翔」


 言い終わる前に急いでいたのか春嘉は走って館内へと入っていった。残された翔は、狼谷という男を見上げる。気怠さを隠しもしない男は急に翔を見下ろしじっと見つめる。


「翔って言うの?」

「はい。藤堂翔です」

「ふぅん。ボクは狼谷太陽かみたにたいよう好きに呼んでいいよー」


 軽く自己紹介を済ませた後、太陽は翔を置いて歩き出す。置いていかれないように走り出したとき、太陽が急に立ち止まり。顔だけこちらに向け深い笑みを零した。


「よかったね。今日戦闘員全員いる日だよ、運が良いねー。しかもボクに案内してもらえるって相当ツイてる。はは」

「それは良かったです…って置いていかないでください!」


 その不気味さに、ある噂を思い出す。

 特殊戦闘部隊カラス、その正体はまるで掴めないが破天荒で野蛮。そして不気味で怪しい集団であると、だからカラスは世間一般からは嫌われている。

 嫌われ者の集団の館に翔はいま足を踏み入れる。







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