プログラマー

リューイが満面の笑みで、突然シズキの目の前に現れたのは、これが初めてのことではない。最初こそいきなり現れたニヤけ顔に驚きはしたものの、最近ではこれが日常の風景になりつつある。シズキの冷めた目線も毎度のことで、リューイも最早反応を示さない。

このところ、リューイが興奮して目の前に現れるときは決まって、最近ハマっているゲームで隠しジョブを見つけたとか、難しいサブストーリーをクリアしたとか、その手の話題を話したくて堪らないときだ。

この前は、300年くらい前まで実在したコンビニと呼ばれていた物理店舗を経営するというメインストーリーで、消費期限切れの食品の割引販売サブストーリーを見つけたとかで、大騒ぎしていた。どうやら、開始条件が複雑だったようで、500年前に問題になった地球温暖化を扱う慈善団体のジョブが登場するサブストーリーをクリアしてからでないと始まらない上に、地球にいないとクリアできないミッションやトライアルが多いらしく、ゲームコミュニティ内でも誰も辿り着いていないストーリーだったらしい。前提条件が複雑すぎることもあって、世界的なゲームニュースのメディアにも取り上げられて、リューイは一躍、時の人となった。

さらに、今ではあまり知られていない、500年前には販売される食品に消費期限が設定されていたと言うことや、期限が切れたものは捨てられていたという歴史的事実も話題を呼んだおかげで、いつもシズキがチェックしているような若年層向けのニュースメディアだけでなく、真面目でお堅いビジネス系のメディアまでもが、現代が抱える食への意識低下問題に紐付けて、リューイの話題を取り上げていた程だ。

そんな騒ぎがあったせいか、リューイはプレイヤーとしての注目度も高く、本人ものめり込んでいることから、最近は専ら、ゲーム『ヘイセイアドベンチャー』の話題で持ちきりだった。


「で、今日はどこまで進んだの?」


読書中だったシズキは、ライトパネルに映し出された文章から目線を外すことなく、早く話を聞いて欲しそうに、焦りを隠せないリューイに、ため息混じりに問いかける。


「今日はあんまり進んでないけど、もっのすごい発見があったんだよ!」


身を乗り出して興奮気味のリューイは、ゲームの中で保存してきた映像を無理やりシズキの目の前に割り込ませた。

このやりとりも慣れているのか、シズキは特段嫌がる風もなく(少しばかり鬱陶しそうではあるが)、映像に意識を移した。


"新しいジョブが解放されました。

ジョブ名はプログラマーです。

このジョブに参加すると、企業を発展させる仕組みを新しく作ることができ、企業運営を加速させることができます。

ただし、これらの仕組みは特定の手法を用いて構築するため、事前のトレーニングが必要です。"


ゲーム内の案内役であるメイデンさんによる、新しいジョブの紹介映像だったが、シズキにはプログラマーという職業がどう言うものなのか理解できなかったし、名前を聞いたこともなかった。

言葉の意味から推察して、何かの順序を決めるジョブなのだろうか、などと、首を傾げながら思案していると、リューイが口を開く。


「この後に細かいジョブの紹介があったんだけど、メイデンさんが言ってる"特定の手法"って、コーディングのことだったんだよ!」


さすがのシズキもリューイのこの発言には驚きを隠せなかった。コーディングって、あの、ソースコードを自分で書くってやつ?でも一体、どうやって?珍しく身を乗り出し気味に話に食い付いてきたシズキを見て、満足そうにリューイは続けた。


「まず、今で言うところのジュニアスクールで500年前に実際に使われてた教科書をベースにしたジョブのトレーニングがあって、トレーニングの後のトライアルに合格すると、サーティフィケーションが授与されるんだ。そしたら、実際にソースコードを書くためのツールが与えられて、仕組みづくりに取り組めるって感じなんだよ」


「流れ的には他のジョブとあんまり変わらないんだな。コンビニのレジ打ちって仕事も、昔の、あれ、なんだっけ?でん、でん・・・」


ゲームをやり込んでいるリューイがすかさず続ける。


「電卓、だろ?」


「そうそれな、電卓。あれの使い方のトライアルがあるって言ってたじゃん」


「だな。流れは基本的には一緒だけど、プログラマーは難易度レベルが5って出てたから、かなり難しいと思うよ。ちなみにレジ打ちはレベル2な」


その後もしばらく、リューイによるジョブレベル講座が続いた。コンビニと似たような売店の店員だと、レベルが3になり、アジア圏で600年ほど前まで盛んに使われていた、そろばんという道具のトライアルがある。形も奇妙で、数字自体が書かれていないこともあって、使いこなすのが難しいため、トライアルを通過できない人が続出しており、ノーマルジョブ最難関とも言われている。


「まぁ、こんな感じで、レベル3ですらトライアルの通過難易度がかなり高いから、レベル5って相当ムズいはず」


「マジかよ、昔の人。スゲーな。ジュニアスクールでレベル5って。そんなことまでジュニアで習うって、もはや大学レベルだな。いくら時間があっても足りないだろ」


目を丸くさせつつも、輝かせているシズキに、リューイもご満悦だ。


「だよなー。フィロソフィーとかイマジネーションとかクリエイティブの授業はほとんどなかったって言うから、それはそれで楽そうだけど。俺は耐えられそうにねぇわ、ヒューマンだけで生活してた時代。マジでムリゲーだよな。ゲームだからいいけど、リアルだったら生きてけねぇよ」


リューイのその言葉に同調しつつも、イマジネーションやクリエイティブが苦手なシズキは、昔の人が羨ましく思えた。特に、イマジネーションはジュニアスクール時代から最も苦手な教科で、今でも成績はあまり良くない。既にあるものを変化させるカスタマイズはまだいいが、オリジナルを想像するのは苦手中の苦手だった。何度やっても過去100年どころか、50年の壁すら超えることができず、テストでは毎回追試を受けるハメになった。当時、両親は心配して専門のアドバイザーを雇ったほどだった。その甲斐あってか、苦手意識は抜けないものの、今では成績が中の下くらいにはなってきた。一方で、数学や古典科学は異様な程に成績が高いせいで、クラス内ではシズキを特定ハイレベルAIだと思い込んでいるクラスメイトがいるくらいだった。そこまで偏っていないと主張したいが、それだとまるで、シズキの差別意識が強いようにも捉えられかねないと思い直し、言葉を飲み込んだ記憶は新しい。


「・・・なぁ、やるだろ?」


考え事をしている間もリューイは喋り続けていたようで、期待に満ちた目でシズキの顔を覗き込んでいる。


「え?何を?」


慌ててリューイに返事をすると、リューイは慣れた様子で、それでもため息をつきながらシズキに説明を繰り返した。


「パートナーに登録して、プログラマーやらないか?シズキ、こう言うの得意だろ?」


確かに得意だし、興味もある。コーディングは大学で専攻しない限り勉強できる機会はないし、古典コンピュータを必要とするため、独学にも限度がある。ゲームとはいえ、実際にソースコードの書き方を学んだり、書いたりすることができると言うのは、かなり魅力的なお誘いだ。これが隠しジョブだと言うことも踏まえると、自分でこの機会を得ることは絶望的だとも言える。

大きく頷いて返事をしようと思ったところで、つい先日、リューイにバーチャルスポーツの件で騙されたことを思い出した。


「あー、うん。やりたいのは山々なんだけど。ほら、アレだろ?」


言葉を濁したシズキに、不思議そうな視線を向けるリューイ。笑い出しそうになるのを堪えながら、シズキは続けた。


「言ってなかったと言うか、なかなか言えなかったんだけどさ、実は・・・」


笑いそうになる表情を見せないために俯いたが、リューイにシズキのそんな思惑など見通せる訳もなく、心配そうな表情を浮かべている。

思ったよりもアバターの表情が強く動いている気がするが、頬が勝手に吊り上がっていく感覚があるのも事実だ。さらに深く俯き、隠す。


「実は、特定ハイレベルAIなんだよ、俺。あぁ、俺って言ってるけど、本当は性別も設定されてないし、生体証明書も持ってない」


「は?何言ってんの?だってこの前バーチャルスポーツの物理施設にだって・・・って、もしかして、クラスメイトAIって、あれ、本当にお前だったのか?」


「そうなんだ。クラスメイトとの物理空間での交流にも参加できるように、物理身体も用意されてるだけなんだ。だから、ヘイセイアドベンチャーには入れない」


「いや、でもさ、それでも・・・待てよ、おかしいだろ?」


そろそろ笑いを堪えるのも限界だが、いつもリューイに騙されてばかりなので、ここぞとばかりに攻め込む。


「ミドルスクールで行く施設は、バーチャルも物理も基本的には特定ハイレベルAIの制限がかかっていない施設だけなんだ。知ってたか?」


俯いているせいで、リューイの表情が見えづらいのが残念でならないが、戸惑う様子が伺える。そろそろネタばらしをしないと本気で傷つけてしまいそうだ。


「もしかして、だから、こないだ、eスポーツ体験しに行ったとき、わざわざ体験できる数が少ないアジア圏の施設にしたのか?」


そんなことは知らなかったが、シズキの思った通りに騙され続けているリューイに満面の笑みを向けた。


「やーい、騙されてやんのーー」


古典的な掛け声と共にリューイに視線を向けると、混乱したまま考えを整理できないでいるようだった。


「ウソに決まってんだろ。冗談だよ、ゴメン。」


まだ混乱が治らないのか、シズキが差し出した生体証明書をゲームに登録しながらも、リューイは首を傾げたままだった。

そんなリューイの背中を見つめながら、シズキはふと気になった。


「ところでさ、リューイ。このさぁ、ゲームタイトルにある"ヘイセイ"ってどう言う意味?」


「え?あぁ、知らね。ゲームの配給は最大手のMintenduだけど、ゲーム自体はEU圏が出身のヒューマンがイマジネーターを担当してるって聞いたことあるから、フランスとかドイツとかの古い言葉なんじゃない?フツーに翻訳しても何も出てこないし」


確かに、無理やり翻訳してみても、ヘイセイ、としか出てこなかった。なにかをもじった造語の可能もあるな、と思いつつも、言葉の意味にそこまで興味がなかったことに気付いたシズキは、それよりも早くプログラマーを体験してみたいという焦燥に駆りたてられていた。

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