e-スポーツ

「え?イースポーツ?なにそれ?」


シズキは首を傾げて友人であるリューイのアバターを見た。ミドルスクールのクラスメイトだ。授業の合間、近くにいるクラスメイトと会話することが多く、とくにリューイとはエイリアスをつける前からの知り合いで、音声で会話をすることが多かった。

リューイが言うには、”イー”はアルファベットの”e”で英語のelectronicの頭文字をとったモノらしい。物理空間で専用のコントローラと呼ばれる器具を操って、古典コンピュータで作動するゲームで競い合うというスポーツらしい。


「ゲームで競い合うって、どんなゲーム?古典コンピュータってゲームもできんの?」


シズキは仮想空間に再現されている古典コンピュータを思い出した。と言っても、シズキが知っているのはリューイが言うようなゲームではなく、防犯の授業で教科書に出てきた、古典認証システムや、古典マネーシステムだけなのだが。

シズキが訝しがっていると、始業を告げるベルが鳴る。また後で教えてやるよ、とだけ残して、リューイは姿を消す。

クラスメイトとは言え、教師以外が授業中にその姿を見ることはほとんどない。生徒たちには教師と教材だけが見えている。誰が発言しているかは、クラスマップの音量を見ればわかるが、その動作が見えることはない。その音でさえ、AIによって雑音が入らないよう制御されていることが多い。物理的に行われる幼児教育や一部の特殊な学校では自分以外の参加者を見ることが可能だが、シズキが通うような一般的なミドルスクールでは、視覚ノイズによる集中力の低下防止を主な目的として視覚情報のシャットアウトが行われている、と聞いたことがあるが、これ幸いにと音楽を爆音で流しながら授業に参加していると嘯いている生徒がいるくらいなので、その効果は確かとは言えないのかも知れない。

見えなくなったリューイの言葉に妄想をめぐらしながら、教科書を準備する。書架を開いて、間違えたことに気づく。こっちはエレメンタリースクールの時に使っていた本の棚だ。視界に、当時好きだった児童文学がよぎり、気になる。手に取ろうとして教室から呼び出しのサイレンがなっていることに気づいて、諦めた。書架を切り替えて、教科書を取り出す。


(そういや、500年くらい前まで、教科書は物理的な紙でできてたって聞いたことがあったな・・・学校も物理的な場所にあったって話だし。どうやって教科書を運んでたんだろ)


シズキは、自分のプライベート仮想空間の書架に収められている膨大な量のデジタルブックを見上げて、首を傾げた。


(もしかしたら、学校で貸し出していたのかも知れないな)


再び、サイレンが鳴る。妄想を切り上げて、授業に急いだ。

シズキが教室に戻ると、すでに教師が授業内容の説明を開始していた。競技スポーツの歴史。


(偶然がすぎるだろ!?もしかしてリューイって、真面目に予習とかしてんのか・・・?)


俄然興味が授業に移り、教科書をスクロールする。しかし。教科書には古典コンピュータに関する内容がいつまで経っても出てこない。


(あいつ、騙したな・・・?)


ジョークが好きなリューイであれば考えられるな、と邪推していると、リューイの声が聞こえ始めえる。どうやら教師に当てられたようだ。


『競技スポーツの歴史。物理世界では古くから、平和的な競争の手段として、走る速さ、ボールを投げる距離、ダンスによる演技の評価など、さまざまなスポーツが行われており、今日まで続くオリンピックもその発展に大きく寄与してきた。オリンピックは約3300年前に現在のヨーロッパ圏に近い、ギリシャで行われていた祭典が起源になっており、元は自然信仰を起因とした宗教儀式の一環であったが、身体的能力の優秀さ競う内容へと発展する。”古代オリンピック”と呼ばれる最も古い形式での大会は、他の宗教からの影響・迫害を受け、約2000年前を最後に幕を閉じる。しかしその後、宗教的意味を希薄化させ、約600年前に”近代オリンピック”として復活を遂げる。近代オリンピックでは、さまざまな競技が行われており、参加国の国技や競技人口の多い競技が幾度となく入れ替えられてきた。今日行われているオリンピックでは、フィジカルオリンピックとバーチャルオリンピックとに分かれて開催されており、特に物理空間で行われているフィジカルオリンピックは、年々競技数が現象しているものの、今日においても開会式や閉会式が物理空間で盛大に行われるなど、近代オリンピックの要素を色濃く残している。一方、2200年代に始まったバーチャルオリンピックは、競技数の増加に加え細分化が進み、2504年に水星主催で開催されたオリンピックでは約500競技900部門が行われた』


教科書には100年単位くらいで行われていた競技の比較表が掲載されていたり、近年で最も派手だった太陽系外惑星のプロキシマ・ケンタウリb主催のフィジカルとバーチャルが融合した開会式の動画が掲載されていた。

シズキは、やはり。と思った。シズキが勘繰っていた通り、どこにもe-スポーツの記述はなかった。リューイにプライベートメッセージを送ろうとして、気付く。


(しまった・・・授業中は緊急連絡以外はシャットアウトされてるんだった・・・)


舌打ちをして、教科書に目を戻す。

教師の説明が続いている。物理空間で行うメジャーなスポーツの説明がちょうど終わったところのようだ。仮想空間で行われるバーチャルオリンピック、バーチャルスポーツの説明が始まる。


「バーチャルスポーツの起源、知ってるやつ、いるか?」


教師の問いに、教室内のボリュームがゼロになる。ボソッと誰かが呟く。シズキには聞こえなかったが、正解だったようだ。教師に促されて、ボリュームを上げた音声が聞こえる。


『2000年一桁代から盛んになったe-スポーツです・・・』


それでも声は弱気だった。教師が大袈裟に拍手する。


(バーチャルスポーツがe-スポーツ?どういうことだ?)


シズキが教科書をスクロールして答えを探していると、ざわついた教室を、嫌に満足そうに落ち着かせた教師が解説を始める。教師が言うことには、バーチャルスポーツ、つまりシズキたちが普段過ごしている仮想空間で行うスポーツ全般を昔はe-スポーツと呼んでいた、と言うことだった。話が途切れるたびに教室はざわついたが、教師は説明を続けている。

仮想空間が発展する前は、古典コンピュータを電気的な世界と称して、特に対戦相手が存在し、競うあうゲームを行う場合に、e-スポーツと呼んでいた、とのことだった。


(電気的って、おい・・・・。表現が原始的すぎるだろ・・・)


シズキがクラスマップを見ると、いつになく教室のボリュームは低い。

こないだシズキたちが古典文学で習ったばかりの「オヤジギャグ」--古典の教師は簡単な言葉遊びだと教えてくれた--を交えながら、教師はバーチャルスポーツの歴史について説明を続ける。

発展当初は、人間は物理世界から四角い画面と呼ばれる装置内に映し出される自分自身を手のみでコントローラなどで操り、格闘、シューティング、探索などを行ってその順位を競うというものだったらしい。シズキは自分の手足を眺めて、思った。


(昔の人は器用だったんだな・・・)


教師は具体的なゲームの中身や、現代でも利用できる物理施設があることなど、解説を続けている。


(リューイには色んな意味でいっぱい食わされたな)


シズキは、教師が言っていたe-スポーツが楽しめる物理施設を検索する。どうやら、シズキが住むアジア圏には1つしかないらしい。


(今度、リューイ誘って行ってみるかな)


バーチャルスポーツの説明が一通り終わったのか、ざわつき始めたクラスマップに目をやりながら、シズキは早く授業が終わらないか、そわそわとしていた。

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