DIY
仮想空間の中に突如現れた、1つの道具。約500年前にはありふれていて、個人で所有している人も少なくはなかったと教科書に書かれていたが、シズキは俄には信じか難かった。
(こんな変なモノ・・・どうやって使ってたんだろ・・・)
手を伸ばして、触りたかったが、少し恐ろしい気もする。突いて、みた。もちろんそれだけで動くわけもないのだが、シズキは教師の話を聞き流しながら、目の前の「道具」に興味津々だった。シズキは特に、この「社会科実践学習」の時間が、つまらない座学だけのその他の授業とは違って、とても気に入っている。数百年から千年くらい前に物理空間で活躍していた道具を実際に、と言っても仮想空間でだが、触って形や動きを学ぶ、という時間だ。キラキラと目を輝かせながら、マジマジと道具を眺めていると、シズキのエイリアスが呼ばれる。
「AKS、教科書の55ページの第3節から読んでみろ」
(また俺かよ・・・)
社会科実践学習の時間は好きだが、教科書を読まされるのは好きではなかった。みんなに聴こえているのは合成音声とはいえ、実際の声帯を使って読み上げているのだ。詰まりもすれば、読み間違えたりもする。読み上げるという行いに意味を感じられないシズキは、心の中で不貞腐れながらも渋々と教科書を読み始めた。
「第3節、2000年代の人々の暮らし。1900年代中盤に起きた大規模な戦争(大東亜戦争または太平洋戦争)が終結して以降、紛争・戦争が絶えない地域はあったものの、全地球規模の大規模な戦争が起きることはなかった。そのため、先進国を中心に人々の生活は豊かさを増し、効率性から充実性が求められる時代に入る。この時期に、物理世界における衣食住の全てにおいて、目覚ましい発展が起きる。特に住生活の面において、欧米諸国の先進国をはじめとした国土の広い地域では、物理世界の不便さを自ら補修する行いが盛んに行われていたことを発端に、国土の狭い地域でも、趣味として物理世界を自ら構築する行いが盛んに行われるようになった。これらの行いは、当時のアメリカ圏やヨーロッパ圏の一部で利用されていた言語である英語の”Do It Yourself”の頭文字を取って、DIYと呼ばれていた。今日では、物理世界での物体・物質の構築が国際法で禁止されているため、物理世界の改変には領土主管国政府による許可に加え、国際機関への届出が必要だが、2200年代までは、各国における建築法等は存在していたものの、物理世界で自由に建物を建設したり、内装を改修することが可能だった」
(うわー、すげぇ!マジで物理世界をそんな簡単に改築してたのかよ!)
読み終えるや否や、教科書に書かれている内容に、シズキは驚嘆、興奮する。教師の解説を他所に、教科書に掲載されているイラストや写真を眺める。目の前にある3つの道具によく似た形のものもあれば、解説がなければ何に使うのかさっぱりわからないモノまで、さまざまな物理世界の道具が掲載されていた。
「今、物理世界で物質を構築しようと思うと、免許に加えて特別に許可された施設・・・そうだな、見に行ったことがあるヤツも中にはいるだろうけど、フィジカルビルダーズのハンドクラフトショーなんか、人気だよな。知ってるか?」
教師の声に、教室内が少しざわつく。誰かが、先月行ったところだと話し始めて、シズキは羨ましかった。シズキが住むアジア圏には、物理構築を許可されている施設が少ないことに加え、シズキの両親は地球内旅行よりも、地球外旅行を好んでいる。そのため、シズキが地球内のアジア圏外に出たのは、ヨーロッパ圏にエイリアスの申請に行った、たった1回のみだった。エイリアスの申請はもちろん仮想空間内で完結できるが、両親がせっかくだからと連れていってくれた。その時に、特別公開されていた1000年代の物理構築物を肉眼で見たことをキッカケに、シズキは物理世界に興味を持つようになった。いつか自分でも作ってみたい。仮想空間で組み立てられる模型を購入しては、組み立てることを繰り返していた。
「じゃ、早速使っていくぞ」
教科書の補足解説はいつの間にか終わっていたらしい。模型マニアのシズキと言えど、500年も前の道具は流石に扱ったことがなかった。やっと楽しい時間の始まりだ、と思った矢先。目の前に現れる2つの細長い穴。
(これも、道具の1つなんだろうか?)
シズキは首を傾げながら、穴を覗き込む。シズキをはじめ、困惑する生徒たちを面白がって、教師は何をするものなのか当ててみよと、質問を出す。方々から、声が聞こえる。何かを引っ掛ける、溶かす、いや、逆に出てくる・・・!様々な言葉か飛び交う。
「AKS、さっきの続きだ。56ページのコラム、読んでみろ」
(また・・・?)
そう思いながらも、そこに答えが載っているんだろうという興味から、すぐに読みはじめていた。
「コラム、コンセント。2100年代まで主流だった有線による電力の供給を受けるため、物理建物内には”コンセント”と呼ばれる穴が開いていた。国によって規格が異なり、2つ穴または3つ穴が主流だった。コンセントには、電化製品に取り付けられた”プラグ”を差し込むことで製品に電流を流し、動力を得ていた。今日では物理世界においては無線での電力供給が主流になっているため、供給口を自由に変更することが可能だが、当時の電気供給口は物理世界に固定されていたため、利用可能な場所・範囲が限られていた」
ほとんどの生徒の口から、マジかよー!という声が聞こえた。言わずもがな、シズキも、だ。
(ってことは、あの2つの細長い穴からじゃないとエネルギーが使えなかったってこと?マジで不便すぎるだろ)
改めて穴をマジマジと見つめる生徒たち。教師の説明が続く。ようやく、目の前にある500年前の道具を使う時が来たらしい。電動ドライバ。その名前にも生徒たちは驚く。
(電動ってわざわざついてるってことは、手動があったってこと?マジ信じらんねぇ)
生徒たちの反応を見て、教師が手動のドライバを利用している様子を映し出す。全員が興味津々だった。
(昔の人って器用だなぁ・・・)
関心して見入っている生徒たちを見て、教師も満足そうだ。その後しばらく道具の説明が続き、実戦に入った。コンセントを刺すだけで手が震えている生徒もいる。シズキも見ようみまねで道具を動かしてみた。思ったよりも大きな音が鳴る。ギュイン、と言う音と共に、練習台として渡された板に、ネジが捩じ込まれていく。
(面白い・・・!)
と、思う反面、現実を考えてみる。物理世界に人が住めるレベルの構築物を建設する場合、何回くらいネジをねじ込まなければならないんだろうか。少し考えて、やめた。
(やっぱり、物理中心の世界では、生きていけそうにないな)
そう思いながらも、目の前のネジ締めを、終業のベルがなるまで楽しむのだった。
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