13.釈放。

 強姦罪──


 十八で成人を迎えるこの国では、十七のアニアは確かに未成年だ。

 でも俺は、強姦なんてしていない。合意の上だった。むしろ、アニアの方から誘ってきたんだ。


 俺の頭がパニックになっているうちに、牢屋に入れられてしまった。

 頭も気持ちもまったく追いつかない。

 どうしてこんなことになっているのか、全然理解できなかった。


 少ししてから教えてもらったが、どうやらアニア自身が俺にレイプされたと供述したらしい。

 裏切られたのかと怒りが頂点になった瞬間、それは急速に冷めていった。


 アニアには現在、付き合っている恋人がいる。

 マルクスの目を誤魔化すには、俺を悪者にするしかできなかったんだろう。

 あの時の罪を償う意味でも、俺はそれを受け入れた。


 目の前には俺から聴取する、悲しい瞳のサイラス隊長。


「本当に君がアニアを強姦したの?」

「はい、俺が嫌がるアニアを無理やり抱いて犯しました」

「……」


 俺がそう供述してもサイラス隊長は納得いかなかったようだ。この人にしては難しい顔をして、俺の瞳を覗き込んでくる。


「供述は君もアニアも同じなんだけどね……僕は、どうにも腑に落ちないよ。隊長がこんなことを言っちゃいけないんだけどさ。本当は……合意の上だったんじゃないの?」


 その言葉に、俺は静かに首を横に振った。それでもサイラス隊長は納得いかない様子で「このままじゃ実刑三年だよ?!」と声を荒げたが俺は姿勢を変えなかった。

 合意の上であったことを知られてしまっては、アニアのラバルとの未来が消えてしまうかもしれない。

 もう俺の心は決まっていた。これが、アニアへの両親を奪ったことへの罪滅ぼしだと。こんなことで罪滅ぼしになるのかどうかはわからないが。


「じゃあ、どうしてアニアをレイプなんかしたんだよ?!」

「ラバルくんと結婚したいという話を聞いて、ついカッとなりました。アニアの事は彼女が小さい頃から知っていて、取られるような気持ちになってしまったんだと思います」


 本音に近い供述をすると、サイラス隊長はようやく引き下がってくれた。

 俺には三年の実刑が課せられ、牢獄で過ごすこととなった。



 ***



 三年というのは、思った以上に長い時間だった。

 せめてアニアが昔作ってくれたマフラーだけでも持って行きたかったが、自殺する道具にもなるからと却下された。

 春が来ると、アニアの誕生日を心の中で祝う。

 十八歳。成人おめでとう、アニア。

 十九歳。また綺麗になっているんだろうな。

 二十歳。サイラス隊長にラバルと結婚したと聞いたよ。良かったな。


 憎しみはなかった。

 実を言えば、監獄に慣れるまでは少し恨んだこともある。

 強姦などしていないのに、と。


 でも、これは俺が自分で選んだ道だ。恨むなんてお門違いだと気付いて、それからはやめた。


 三年間、アニアもマルクスもラバルも、誰も面会には来なかった。当然と言えば当然だが。

 ようやく刑期が終わり、釈放の時が来る。

 外の空気は美味しかったが、どこか虚しかった。

 元の家も三年間そのままにしておくわけにはいかず、解約してしまっている。まずはどこか家を借り直さなければいけなかった。

 何軒かの不動産店を回って、ようやく郊外のあばら家を借りる。前科があると、借りるだけでこんなにも苦労するものなのかと思い知った。


「最近は性犯罪も増えてるんだよね〜、まったく。面倒ごとは起こさんでくれよ。ああ、あの辺はまた殺人鬼が出てるみたいだけど、まさかあんたじゃないだろうねぇ?」


 家を借りる時、ネチネチと汚いものを見るかのように言われたが、それに耐えてどうにか寝床を手に入れた。

 なにもない空っぽの家だ。またいちから生活道具を揃えなくてはいけない。

 ディノークスのような貴族の家ではもう雇ってもらえず、俺は一般家庭の庭の草むしりや木の剪定なんかをしてどうにかその日暮らしをした。

 マルクスとアニアのためにと貯めた金は、慰謝料として全額渡している。元々二人のためにと貯めた金だから惜しくはない。寄付などではなく、自分たちのために遣ってくれていたら嬉しいんだが。


 俺が牢獄を出て、一ヶ月が過ぎたある夜のことだった。

 やることもないので、俺はいつも夜の七時には布団に入ってしまう。三年前までは、まだまだアニア達とワイワイ賑わっていた時間だ。

 俺は監獄に預かってもらっていた茶色いマフラーを握りしめて布団に転がる。楽しかった事を思い浮かべ、そして犯した罪を思い浮かべて泣きながら眠る。

 死なないから生きているだけで、抜け殻のようなものだ。

 一生こんな生活が続くのかと思うとゾッとした。けど自分から死ぬのは怖いし、未来への展望がなくとも生きていくしかない。

 頭の中が墨を流したような黒に染まりながらまどろんでいく。

 しかし、すうっと目を閉じた瞬間に……それは聞こえた。


「サファーさん……私です。開けてください……」


 間違いなく、アニアの声だった。

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