12.覚えのないこと。

 俺とアニアが抱き合っているその真っ最中に。玄関の方から声が飛び込んできた。


「ただいまー。あれ、アニア? サファー?」


 その瞬間、俺たちは同時に息を殺した。マルクスの声だ。

 ベッドに転がるアニアをそのままに、俺は慌てて服を着る。


「さ、サファーさん……」

「いいから早く着替えて出てくるんだ」


 俺は電光石火の速さで服を装着すると、急いでアニアの部屋から出た。


「あ、サファー。アニアは?」

「部屋にいるよ。今日は早かったんだな」

「え? この時間に帰るってアニアには言ってたけど」


 マルクスが帰ってきた時間は、アニアが告げたそれより一時間も早かった。どこかで行き違いがあったんだろうか。


「じゃあ、俺は帰るから……」


 そう言って玄関に向かった時、バタバタという足音がこちらに向かってくる。


「お帰りなさい、お兄ちゃん……」


 パタリと足音が止んだ瞬間、しおらしいアニアの声が聞こえた。

 アニアの顔を最後に一目見ようと振り向いた瞬間、俺は体が凍りついた。


「アニア、なんだその格好は!!」


 マルクスの怒号が響くのも当然。

 なぜならアニアの服装は、大きく乱れていた。急いで服を着ろとは言ったが、あまりに雑すぎる。

 露わになった胸元には、俺のつけたキスマーク。今の状況ではラバルが相手ではないということは明白だった。

 マルクスがすごい勢いで俺の方にやってくると、その勢いのまま胸ぐらを掴まれ、踵が浮いた。


「お前、まさか、やったのか!!!!」

「……ああ」


 俺は素直に答えた。もうこの状況で誤魔化すのは無意味だ。

 それにラバルにこのことが伝わればいいという、捻れた心がどこかにあった。


「ふざっけんな!!!!」


 突き刺さる憎しみの瞳。

 そんな目で見られるのも仕方がない。

 俺はそれだけのことをやってしまったのだから。


「殺してやる!!」

「やめて!! やめて、お兄ちゃん!!」


 襲いかかってくる拳を避けはしなかった。それを受けることは、義務だと思ったから。


「っが!!」


 俺は玄関の扉にドンっとぶち当たり、そのまま家の外へと投げ出される。


「サファーさん!!」


 アニアの声が闇夜に響いた。

 外は暗く人影もないが、近所の人が何事かと窓からこちらを見ているかもしれない。そんなどうでもいいことを考えながら、よろめく足で自重を支えて立ち上がる。

 ふと気づくと、口の中に鉄の味が走った。七年前にも彼の拳を食らったが、幼かった頃と比べるとその強さは桁違いだ。

 まだ拳を震わせているマルクスは、俺を殺しそうな勢いで睨みつけてくる。


「出て行け……出て行け!! 二度とこの家の敷居を跨ぐな!!」

「もうやめて!! 酷過ぎるよ、お兄ちゃん!!」


 俺に駆け寄ろうとしてくれるアニアを、兄のマルクスが腕を掴んで止めた。


「アニア!!」

「離して!!」


 それでもなお、俺に近づこうとするアニアに、マルクスは悲しみとも怒りとも取れる表情で彼女に訴える。


「なんで、アニア……ッ! こいつは俺たちの両親を、殺した奴だぞ!!」

「お兄ちゃん、サファーさんは……っ」


 アニアがなにかを言おうとするのを、俺は首を横に振って制した。

 マルクスの言う通りだ。

 俺はこの少年と少女の両親を、殺してしまったのだから。


 だから、幸せになどなってはいけない。

 いけないんだ。


 それを理解していたのに、どうしてこうも罪を重ねてしまったのか。


「サファーさん!!」


 二人に背を向けると、アニアの悲鳴に似た声が突き刺さる。


「ごめんな、アニア……マルクス」

「サファーさん!! サファーさん!!」


 一歩進むたびにアニアの声が遠くなり、十数歩進むとバタンと無理やり扉の閉められる音がした。

 アニアは今、泣いているのだろう。今すぐに飛んでいって、抱きしめてあげたい。

 だが、それが叶わぬことは、誰よりもよくわかっていた。


 俺はアニアに心を残したまま、下弦の月を見上げる。

 昔を思い出して悔やんでも、今さらどうしようもない。

 またさらに罪を重ねてしまったせいで、俺の気持ちはどうしようもなく沈んだ。


 最後にアニアと肌を重ねられたことは幸せだった。

 ラバルに対して申し訳ないなんて気持ちは毛ほどもなく、どこか優越感のようなもので満たされてさえいた。


 もうこれでさよならだというのが胸を抉られるようにつらいが……これも俺自身が蒔いた種だ。受け入れなければいけない……。

 下弦の月の光の中、そう心でアニアにさよならをした時。


 俺は、いつの間にか現れた騎士たちに囲まれた。目の前には、悲しい顔をしたサイラス隊長がいる。


「ダメだよ、サファーくん。夜に一人でこんなところに突っ立ってちゃ」

「サイラス……隊長……?」


 どうしてこんなところに、と聞く前に、俺はサイラス隊長に手首を取られ。


「未成年への強姦罪で、連行させてもらうよ」


 俺の手に縄を巻かれてしまったのだった。

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