10.引き際。
その質問をされた時、俺はなんと返すべきか迷った。
「サファーさんはいつもここに来られてますが、マルクス達とはどういう関係なんですか?」
おそらくラバルは、純粋な疑問からだったのだろう。この国には親戚もいないはずのマルクス達の家に、なぜかひとりの男がしょっちゅう現れては出入りしている。不思議だったに違いない。
「ラバルさん、サファーさんは私たちに支援をしてくれている人なの」
俺の代わりにアニアが答えてくれた。そうなんですかと俺を見るラバルに右手を軽く左右に振る。
「いや、支援と言っても最近じゃほとんどお金は出してないんだけどね……マルクスがしっかり働いてくれているし」
「なんだ、僕はてっきりアニアと恋人同士なのかと思ってました」
その言葉にドキリと心臓が鳴る。わかる人にはわかるものなのかもしれない。だが、これを機会にカミングアウトしてしまうという手もある……とそこまで考えた時。
「そんなわけあるか!」
マルクスの声が響いた。大きな声に、俺とアニアはビクリと震える。
「こいつは……!!」
そう言いながら、マルクスは俺を指差した。『こいつ』……久々にそう言われ、そして知った。表面上は上手くやれているが、やはりマルクスは俺のことを許せないのだということを。
「……サファーは、俺ん家に勝手に出入りしてるだけだ」
「へえ、親戚みたいな感じなのかな?」
「全然違う。全くの他人」
他人。それはそうだ。他人ではある。
その通りなんだが、俺の心はシクシクと痛んだ。
この家に通い始めてから、もう七年近く経つ。それでもまだ、俺のことを認めてはくれないのだと。認めるわけがないのだと。そう言われた気がした。
ラバルは俺たちの関係がよくわからなかったようで、小首を傾げている。
「それよりラバル、お前アニアのことが好きなんだろ? いい加減言っちまえば?」
「え、ちょ、マルクス?!」
ラバルは一瞬にして美麗な顔を赤く染めて、ニヤニヤするマルクスの口を塞ごうとしている。
「な、なんでマルクスが僕の気持ちを知っているんだよ?!」
「心の声がダダ漏れだ、ばーか」
その手を制し、口の端を上げた半眼でラバルを見るマルクスは楽しそうだ。楽しそうだからこそ、胸が苦しい。
「もう、まだ言うつもりはなかったのに……!」
「お前は奥手だから、機会を作ってやらないと言わないだろ? 大丈夫だって、アニアもまんざらじゃなさそうだし!」
マルクスのいうアニアの『まんざらじゃなさそうな顔』を見る。彼女は冷や汗を掻きながら、笑顔を無理やり貼り付けていた。
「なぁ、アニアはラバルのこと、どう思ってるのか言ってやれよ」
「え、わ、私? 私は……」
アニアの視線が一瞬だけ俺に向いた。どうすればいいのかという心の声が、ここまで聞こえてきそうだ。
「あの……ラバルさんは、いい人だと、思ってるよ……」
「そうだろ? もう付き合っちまえ! 俺が許す!」
そう言いながら、マルクスは酒を煽った。この国では十六歳から飲酒可能で、騎士になってからマルクスは酒の味を覚えている。
いつもは食前酒として一杯しか飲まないが、今日はこれで二杯目だ。
「でも、お兄ちゃん、私……」
「ん? どうした?」
「あの、お付き合いとか……そういうのはまだ考えられなくって……」
「なに言ってんだ、アニアももう十六だろ。他の男なら反対もするけど、こいつはいいやつだからな。俺が保証してやる」
自分がキューピッドだと信じて疑わないその発言。アニアが躊躇しているのは、ただ経験がなくて尻込みをしているだけだと思っていそうだ。
「で、でも……」
「心配すんなって! ラバルなら、絶対にお前を大切にしてくれる。なぁ、そう思うだろ、サファー!」
いきなり話を振られて、俺は慌てて笑みを貼り付けた。
「そ、そうだな。ラバルくんは優しいし、頭もいいし、男前だし……なにより騎士なんだ。きっと、アニアを守ってくれる」
自分でそう言ってから、なぜかストンと胸に落ちてしまった。
そうだ。そうなんだ。
俺ではアニアを守れない。なにかあった時には自分の身しか考えられない男では。剣も振るえず、意気地のない俺なんかでは。
なにかあった時にアニアを犠牲にするのは目に見えている。いや、アニアを犠牲になんて絶対しないつもりだが。過去の経験から、そんなことはないと否定する俺は小さくなって消えてしまった。
アニアは……俺なんかと付き合うより、ラバルと付き合った方がよっぽどいい。頭で理解していたことをようやく実行できるのだと、無理やり自分に言い聞かせる。
「サファーさん……」
アニアから向けられるその瞳を、直接見ることはできなかった。アニアを想うなら、引き時は今だ。ここを間違えてはいけない、絶対に。
マルクスは、きっと何年経っても俺とアニアが付き合うことを許してはくれないだろう。そもそもあの時のことを恨まなくなったというだけで、俺を許してくれていないのには変わりない。マルクスにとってあの事件は俺だけでなく、彼自身も許せない出来事なのだ。だから力を手に入れるために騎士職に身を投じたに違いなかった。
妹が伴侶に騎士を選んでほしいというマルクス思いを、痛いほどに感じてしまう。
ここで、俺がわがままを言ってはいけない。アニアの幸せを願うなら、こうした方がいいんだ。
「美男美女で、素敵なカップルになると思うよ」
俺はなるべく、喜んで見える笑顔で言った。
本当は身を裂かれそうで、心臓がズタズタになる寸前だったが。
「まぁちょっと付き合ってみればわかるさ。アニアをよろしくな、ラバル!」
そんなマルクスの強引な一言で、二人は交際することになったのだった。
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