09.その台詞を。

 誰にも内緒の交際は、うまくいっていたように思う。

 俺がアニアの家に行くのはいつものことだったし、マルクスもサイラス隊長も知っているんだ。

 けど、俺はキス以上のことはしなかった。やっぱり、マルクスに認められてから……という思いが強かったんだと思う。


 二人っきりになれることがあると言っても短時間のことが多いし、もちろんマルクスがいる時もある。それにサイラス隊長と家族らが様子見がてら遊びに来ることもあった。そんな時はみんなでワイワイと夕食を取る。

 十八歳のマルクスは平隊員ではあるが、サイラス隊長曰く素質があるらしい。頑張れば、二、三年後には班長になれるかもねと隊長が嬉しそうに教えてくれる。

 マルクスはそれを聞いて、十九歳で班長になったサイラス隊長の最年少記録を塗り替えてやるつもりだったのにとむくれ、アニアは隊長の子ども達と共に楽しそうに笑う。

 サイラス隊長の奥方のアイナさんは静かに微笑み、俺もまたその輪に混じった。


 優しく進んでいく、時の流れ。


 いいのだろうか。こんなに幸せで。

 幸せになっては、いけないはずだったのに。


 ふとアニアを見ると、彼女はそれに気付いて目を細めてくれる。

 それだけで、俺は乙女みたいに胸が高鳴った。顔が勝手に緩んでだらしなくニヤケてしまう。

 そしてそれを押し隠すために料理を口に突っ込んだ。


 俺たちが付き合っているのは、二人だけの秘密。


 秘密基地を手に入れた子どものような感情を、俺とアニアは楽しんでいた。

 過去に自分がやらかしたことを忘れて、この時を幸福な気持ちで過ごす。このままアニアと……そんな甘い未来さえ思い描いてしまっていた。


 そんな、ある日のことだった。

 ラバルという少年が、アニアの暮らす家に現れたのは。

 俺は彼のことを知っていた。ディノークス騎士隊の隊員で、確かマルクスと同じ班だったはずだ。

 そのラバルが、マルクスと一緒に家に帰ってきた。俺はちょうどその場にいて、アニアと一緒にマルクスの帰りを待っていた……というのは口実で、アニアと二人っきりの時間を楽しんでいた。


「アニア、今日はラバルにも夕食を食べて行ってもらうから」


 マルクスの言葉に、ラバルは「よろしくお願いします」と綺麗なお辞儀を見せる。美しい黒髪の綺麗な青年だった。年はマルクスの二つ下で十六歳。今年入隊したばかりの新米騎士だ。

 アニアは唐突なお客様に戸惑っていた。食事は人数分しか作っていなかったので、その時は俺がお暇して事なきを得た。

 しかしそれから、彼は何度も何度も、マルクスと共にやってきては夕食を食べていく。

 聞けば、彼は孤児院出身で現在は一人暮らしをしているらしい。マルクスがそれを知り、兄貴風を吹かせたのは明白だった。俺が援助していなれば、マルクス達もそうなっていたのだから。


 その日を境に、彼は通常勤務の時には夕食を食べに来るようになった。

 サイラス隊長一家も来た時には、大賑わいとなる。

 けれども、そこではなぜか疎外感を感じた。今までそんなことはなかったのに。

 騎士にしかわからない話をされることも多く、俺は聞き役に徹する。元々そんなに話す方ではないのだが、やはり訓練や魔物討伐や市中巡察の話なんかされても面白くなかった。

 サイラス隊長の子ども達やアニアまでもが目をキラキラさせながら話を聞いているのも、少し気に食わない理由の一つだ。

 なにより、ラバルのアニアを見る目が一番気に入らない。

 ラバルは……騎士にしては線が細く覇気も無いように見えるが、見目はいい。黒い髪は清潔感があり、瞳は優しく口元にはいつも笑顔を称えている。一言で言うと、美男だ。


「ラバルさん、ちゃんと食べてますか?」


 アニアが、細い体のラバルを心配してそう聞いている。

 その台詞は、俺だけに向けられていた言葉だったのにと思うと、胸が苦しくなった。

 アニアはラバルのことをどう思っているんだろうか。聞きたくもあり、怖くもある。

 今でもアニアとの付き合いは続いているが、結局誰にも言えはしない付き合いだ。ラバルとなら年齢的にも釣り合うし、美男美女でお似合いのカップルとなるだろう。

 おそらくだが、ラバルはアニアに興味を抱いている。むしろ、これだけ関わりがあって好きにならない方がおかしいと思う。アニアほど優しく美しい人など、この世にはいないのだから。

 身を引いた方がいいのではないか、と思うこともあった。

 そしてそれは多分正解だと感じつつもアニアと別れるのは嫌で、今までと変わりない関係を続けていた。


 けどそれも、それも半年経つと状況が変わってしまったのだった。

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