08.告白と責任。
「私、サファーさんが好きです」
そう言われた時、俺は目の前が真っ白になった。
喜びと。
そして悲しみと。
過去に犯してしまった己の罪さえなければと思うと、悔しくて……悔しくて。
意を決して言ってくれたであろうアニアの顔は、紅色に染まっていた。
栗色の長く綺麗な髪が少しウェーブしていて、ランプの下でもキラキラと天使の輪が光っている。
いつも花が咲いたように笑うアニアが、どこか不安げに、そして恥ずかしそうにドキドキと胸を打ち鳴らしているのがわかった。
どうして、俺なんだろう。
嬉しさと同時に申し訳なくなる。
アニアの恋は、実らない。絶対に。
幸せになってほしいのに。俺じゃない誰かを好きになってくれたら良かったのに。
「サファー、さん……?」
固まって動けない俺をみて、アニアは鈴の転がるような愛らしい声で話しかけてくる。
「ご、ごめん、びっくりして……」
「サファーさんは私の気持ちに、気付いていると思ってましたけど」
言い当てられて、またも言い淀む。彼女自身も、隠すつもりはなかったのかもしれない。
「アニア……俺なんかのどこが良いんだ? 髪もボサボサで、マルクスのような男前の好青年とは程遠い。アニアには、俺よりももっといい人がたくさん……」
「サファーさんが、いいんです」
またもやキッパリと言われてしまって戸惑った。好いてくれているのは、本当に本当に嬉しいんだが。
「私、サファーさんの良いところ、たくさん言えますよ。お仕事は一生懸命だし、私たちのためにお金を貯めてくれているのも知っています。ちょっと気弱なところはあるけど、優しいし頼もしい。サファーさんが笑ってくれると、私も嬉しいんです」
「そ、それは嬉しいけど……」
「十六になるまで待ちました。私……サファーさんとお付き合いしたい」
今まで以上に顔を真っ赤にさせた、アニアの告白。
この国では、十六で結婚ができる。つまり、どれだけ年が離れていても、相手が十六歳を超えていれば付き合うのも問題ないというわけだ。
「待ってくれ、俺は……アニアと付き合うことはできない! わかるだろう?」
「まだ罪の意識があるんですか? あれはサファーさんのせいなんかじゃないんですから、忘れてください」
「そういうわけにはいかないよ! 第一マルクスが、俺たちのことを賛成してくれるわけがない!」
そう言うと、アニアは少し眉を下げて苦しそうな顔に変わる。彼女もわかっているんだろう。マルクスを説得するのは大変だってことが。
「お兄ちゃんは……反対するんだろうなって、わかってます。でも、昔に比べれば、お兄ちゃんも丸くなったでしょう? 時間を掛けて説得すれば、いつかは認めてくれるって信じてます!」
「だがアニア……」
「サファーさんは、私が嫌いですか? 付き合いたくもないですか?」
「そんなわけないだろう!」
思わず力を込めて言い返すと、アニアはふふっと嬉しそうに目を細めた。ふわりとスカートが浮き上がるように、空気が一気に軽くなる。
「じゃあお付き合いしてることは、お兄ちゃんには内緒にしちゃいましょう!」
「あ、アニア?! 俺は付き合うとは言ってな……」
俺の言葉は、そこで塞がれた。
彼女の栗色の髪が目の前にあって。柔らかな感触のそれに、しばらくしてようやくキスをされたんだと気付く。
俺からそっと離れたアニアは照れ臭そうにしながらも、嬉しそうに笑っていた。
「私のファーストキスの責任、取ってくださいね!」
くすくすと笑いながら俺を目だけで見上げるアニア。
言っておくが、俺だってファーストキスなんだからなという台詞は飲み込んだ。三十にもなってなにもなかったのは元々モテる方ではないからだが、アニアとマルクスとのことで、それどころじゃなかったというのもある。隠したところできっと気付かれているだろうが。
結局アニアのファーストキスの責任を取るという名目で、俺たちは付き合うことになった。
マルクスにもサイラス隊長にも、誰にも内緒で。
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