07.その目が変わる時。

 それからはアニアとサイラス隊長が、マルクスを説き伏せてくれた形だった。

 三年という歳月を、ずっと支援していたことがマルクスの胸にも届いたのかもしれない。


 俺は、許された。


 許されないと思っていた二人に。

 ずっと贖罪し続けなければいけないのは変わりない。けど、気持ちは随分と軽くなった。


 その時から俺たちは、互いに交流することが多くなった。

 今まで金はディノークスの屋敷経由で渡されていたのだが、それを直接渡せるようになったからだ。

 金を渡しに行った時には、必ずアニアがお手伝いさんと一緒に料理を用意してくれていて、皆んなで一緒に食べた。


「サファーさん、ちゃんと食べてる?」


 それがアニアの口癖だ。

 再会した時の俺がゲッソリとやつれてしまっていたからだろう。

 なにかイベントがあるたびにアニアは俺を夕食に招待してくれた。マルクスは最初は嫌そうだったのだが、それも回数を重ねるごとに軟化してきた。

 それというのも、よく様子を見に来るというサイラス隊長の奥方のアイナさんが、根気よくマルクスを諭してくれたからだ。

 マルクスは、アイナさんの言うことはよく聞いていた。彼女は隻腕だったためか、その言葉には説得力があった。


「人を恨んで生きることほど、つらくて虚しいものはないよ」


 利き腕だったはずの右肩を、アイナさんは撫でる。


「恨むことで支えられる心もあるけど、マルクスにはそんな風に生きてほしくないんだ。今は許せなくてもいい。けど、恨むことだけはするんじゃないよ。フィオナもそんなことは望んでいないはずだ」


 そんな風に、何度も何度も。

 マルクスは俺を睨み、それでもそんな感情を振り払おうと俺から目を逸らす。

 長い間それを繰り返していたが、気付けばいつの間にか普通に話せるまでになっていた。


 それからさらに月日は流れた。

 マルクスは上級学校を卒業すると、サイラス隊長のいるディノークス騎士隊に入隊した。

 十六歳での就職は、この国では割と普通のことだ。他の国に比べると、かなり詰め込んだ教育をしているらしい。上級学校の次は大学や専門学校で、俺は頭のいいマルクスを大学に行かせてあげたかったが断られてしまった。


「俺は、力が欲しいから」


 そう、一言だけ言って。

 十四歳のアニアにも変化があった。今までずっとお手伝いさんを雇っていたが、もう雇う必要はないと言われたのだ。

 家事も料理も一通りできるようになって、必要がないということだった。多分、俺に気を遣ってくれていたんだと思う。


「お兄ちゃんも働き始めたし、もうそんなにお金を渡してくれなくても、大丈夫ですよ?」


 俺が毎月用意している金の内の、ほんの少しだけ受け取ってあとは返してくれる。返されても使うつもりはなく、二人のために貯金しておくのだが。

 マルクスが働き始めてから、俺とアニアの会う回数は増えた。

 お手伝いさんもいなくなり、マルクスも勤務帯によっては夜遅かったり朝早かったりする。アニア一人で家にいるのかと思うと、心配でたまらなくなり、つい様子を見に行ってしまうのだ。

 俺とアニアは二人でご飯を食べる回数が多くなり、その頃から俺はなんとなく気が付いていた。


 アニアの、俺を見る目が変わっていることに。


 俺は、アニアに対して過剰な反応をすることはなかった。

 寄せられる熱い瞳を感じて嬉しくないわけではなかったが、年の差があり過ぎる。マルクスが反対するのは目に見えていたし、俺は彼女の気持ちに気付かぬふりをした。

 アニアの気持ちに応えるべきではないと、必死に。


 そう、必死だった。つまり俺は、すでにこの時にはアニアになんらかの気持ちを抱いていたのだと思う。


 日毎に綺麗になっていくアニアは、十四の時にはあどけなさを残しながらも、女性らしい美しさがすでに備わっていた。

『サファーさん』と俺の名を呼んで嬉しそうに微笑まれるたびに、俺は動悸を抑え込むのに苦労した。

 このままではいけない、離れなければ。

 そう思って、仕事を口実にアニアの誘いを全部断っていた時もあった。するとものすごく悲しそうな顔をされてしまい、結局は今までのように会うことになったんだが。


 さらに一年が経ち、二年が過ぎる。

 アニアが十六歳になった時。


 俺は、ついに彼女から想いを打ち明けられてしまった。

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