05.二人の処遇。

 サイラス隊長の言った通り、翌日からマルクスとアニアはディノークスの屋敷で仮住まいをすることになった。

 彼らの両親の故郷のスティノーズという国にいる親戚と連絡をとり、二人を引き取れるかの確認を行う。引き取ってもらえるならそれでよし、駄目ならばこの街の孤児院に入ることになるのだ。

 マルクスもアニアも、このランディス生まれランディス育ちのため、国外には行きたくはないという話だった。

 マルクスは少年学校三年生の九歳。アニアは一年生で七歳。まだまだ、幼い子ども達だ。

 俺が職場であるディノークス家の庭に着くと、いつも「行ってきます」と小さな声で学校に出かけていく。あれから二ヶ月たっても、二人は背中に闇を背負ったままだ。

 そして俺は、いつも隠れるようにしてその後ろ姿を見送り、二人の前に出ることはしなかった。


 そんなある日、庭を見にきたサイラス隊長に俺は声を掛けられる。

 なにを言われるのかと、身を凍らせるようにして彼を見上げた。


「あの二人の処遇が決まりそうだよ」


 ビクリ、と体が震える。どんな決定であっても、あの子達にとっては全て地獄のようなものだろう。


「聞く?」

「聞かないという選択肢はありませんから……」

「そうだね。君には聞く義務がある」


 わかっている。聞かなければいけないと。でも、怖くて逃げ出しそうだった。


「マルクスとアニアは、スティノーズ国の親戚に受け入れを拒否された」


 あの二人の両親は、馬車で何週間もかかるスティノーズ国にいる。子どもにはキツイ旅だし、情勢も不安定な国だ。こちらにいる方がいいだろうとは思っていたが、そうなるとマルクスとアニアは……


「孤児院……ですか?」

「そうなるだろうね。今この子達が住んでいた近所の人に、引き取り手がいないか聞いて回ってもらってるけど。今のところ、色よい返事はないね」

「サイラス隊長が引き取ってはくれないんですか?!」


 俺はすがるようにして頼んでみる。最初はサイラス隊長の家に泊まっていたこともあって、子ども達は随分と隊長に懐いているように見えた。

 聞けば、サイラス隊長はあの一家とは元々付き合いがあったようだ。サイラス隊長のところに引き取られるのが一番良いに決まっている。

 しかし俺の思いとは裏腹に、彼はライトブラウンの長い髪を左右に揺らしながら言った。


「無理だよ……うちには小さい子どもがいるし、来年にはもう一人生まれる。僕の妻は隻腕だし、他に二人も子どもを見られる余裕はできないと思う。そもそも、そういう子ども達を引き取っていたら僕の家が孤児院になっちゃうよ。だから、特例は作れない」

「そう……です……よね……」


 色々言いたいことはあった。サイラス隊長は給金なんて俺の十倍くらいありそうなんだから、なんとかなるんじゃないのかとか。

 奥方が隻腕なら、あの子ども達はお手伝い代わりの手助けになるんじゃないのかとか。

 そして俺は、あんな年端もいかない子ども達を働かせるつもりかと気付き、心底自分が嫌になった。

 幸せな家庭に住んでいたであろうマルクスとアニアに、そんな状況を強いては駄目だ。


「サイラス隊長、俺が、あの子達を引き取ることは可能でしょうか?」


 気付けば俺は、そんなことを口走っていた。

 大した給金ももらっていない、ただの庭師見習いの二十一歳独身男。

 でも、あの子達の両親を死なせたのは俺だ。なにかをせずにはいられなかった。


「サファーくん……気持ちはわかるけど、やめた方がいい。一時の気の迷いで引き取られちゃ、子ども達も可哀想だよ」

「気の迷いなんかじゃありません!!」

「引き取るって、養子にするつもりかい? 君のことを親だと……あの子達が認めると思う?」

「……あ」


 ヒートアップしていたトーンを下げると、サイラス隊長は眉間に力を入れながら言った。


「そもそも君は、まともにあの子達の顔を見ようとしていないよね。本当にマルクスやアニアの支援をしたいというなら、いくらでもやりようはあるよ。けどその前に、謝罪が先なんじゃないの? それがなければ、きっとあの子達も受け入れられない」


 俺は、法的には厳しく裁かれることはなかった。

 状況が状況だったので、斟酌してくれた形だ。言ってしまえば、金を払うだけで済んだ。

 ずるい、と自分でも思うのだから、あの子達は俺に憎悪を向けてくるに違いない。それを考えるだけで体が泣き出すように勝手に震えた。


「……サファーくんは、どうしたいんだい?」

「俺、は……」


 ずっと黙っていた俺に、サイラス隊長は先を促してくる。自分のしでかしてしまったことが大き過ぎて、耐えきれない。

 時間が巻き戻るなら、あの日に戻って俺だけ殺されたかった。


「二人には、今まで通り暮らしてほしい……」


 わかっている。こんなことを言ったって、無理だってことくらい。

 孤児院に行ってほしくないというのは、単なる俺のわがままだ。俺のせいで孤児院に行くことになったと思いたくないだけだ。


「さっきの、子ども達を引き取りたいって気持ちは本当?」

「それは……はい。もしできるなら、ですが……」

「今まで通りはというのは無理でも、君の支援があれば、それに近い形はできるかもね」

「え……本当ですか?」

「サファーくんのやる気次第だよ」


 サイラス隊長の言葉に、俺は「教えてください!」と彼に詰め寄った。

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