ドライ・ジン・カクテル

僕には、ひどく長く感じられた瞬間。

実際のところ、君は、あっけなくすぐに答えた。

「ちょっと意味わかんないけど。おごってくれるんなら付き合ってもいいよ、メシくらい」


ようやく僕は気付いた。ハッキリと自覚した。

君は、僕をまったく覚えていない。

僕に「忘れない」と誓わせた君は、僕をすっかり忘れていた。

いっそすがすがしいくらい、完全に忘れ果てていた。


ホテルの最上階のラウンジで食事をした。君と僕。

もっぱら君が、僕の年齢や仕事をあれこれ聞いてきたような気がするけど。

どう答えたのか覚えてない。上の空で。


味わう余裕もなく機械的に平らげたコース料理の後、バーのフロア席に移った。

僕は、強めのショートカクテルを何度もおかわり。

君は、ぞんざいな口調や雰囲気とは裏腹に、ミントを浮かべたソーダ水を飲んでた。

ストローは使わずに、ゆっくりと。

意外と下戸なのかな……なんて考えたら、またよけいに愛おしさが込み上げてきた。

ふがいない僕の恋心。深酒は、まるで逆効果。僕は愚かだね。


君は、探るような上目づかいで僕を見つめた。トールグラスの中を銀色のマドラーでかき回しながら。

透明なクラッシュドアイスがカラコロと小気味いい音をたてるのを楽しむみたいに。

そのうち、あわれみにも似たような柔らかな瞳をふいに見せると、声をひそめて言った。

「要はナンパでしょ、これって。オレと寝たいの?」


僕は、絶句した。

低くても良く通る君の声は、物憂げなジャズのBGMと巧妙に交じり合って。

きっと、こんな秘めやかな耳打ちに慣れているんだろうと、そう思わされた。


僕の沈黙は、君には肯定にしか聞こえなかったらしい。

「オレ、『タチ』しかできないけど。いいよね?」

そう言って君は、さっさとソファから立ち上がった。

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