回転ドアと君と僕

出張先のホテルのロビーで、駅への連絡口に向かう君を見かけたから。

僕は、我を忘れて急いで走り込んだ、回転ドア。


透明なドアとドアにはさまれた密室に、君と僕。


君は頭をよじらせ、あっけにとられた顔で僕を振り返り、僕より少し下の目線から見上げてきた。

そう、あの頃に比べると僕はずいぶん背が伸びたから。


ああ、本当に君は、あの日の面影のまま。

僕の記憶のテッペンに輝き続けてる思い出の姿とまったく変わってなくて。

ネルシャツとジーパンに薄手のダウンベスト。ブリーチが強めの垢ぬけたヘアスタイル。

まるっきりティーンエイジャーみたい。


僕は、なんだか恥ずかしくなった。

仕事あがりのスーツのシワ。ワイシャツの脇は少し汗ばんでるかもしれない。

今朝、洗面所に立ったとき鏡の中で見つけた白髪も。ちゃんと抜いておけば良かった。

真っ黒い髪の中に1本だけ、ずいぶん目立ってたのに。

そのままにして慌てて家を出てきてしまったんだ。

今日に限ってリザーブしてたから、新幹線の指定席。いつもは自由席なのに。


なんだか、ひどく情けない気分に打ちのめされて。

泣きたい衝動がこみ上げた。無性に。

本当に目頭が熱くなってきた。どうしようもなく。

もう、いい大人なのに……


定員1名の回転ドアから絞り出された2人の大人……君と僕。

エントランスにいたホテルマンは、何か注意をしたそうに近付いてきたけど。

すぐに開きかけた口を閉じて。そつのない会釈だけで見逃してくれた。

きっと僕の顔がよほど切羽詰まって見えたから、思わず逃げ腰になったんだろう。


君は……とても器用に……その意志的な印象を決定付けている輪郭のハッキリした尻上がりの眉を片方だけ吊り上げて。

僕に聞いた。

「オレに、何か用なの?」

ことさらに面倒くさそうに、よそよそしさを強調してみせながら。


ああ確かに、月日は過ぎていたんだ。

僕は、その瞬間まで、君を「あの日の君」のままだと思ってた。

君の姿があまりにも変わっていなかったから。あの日の少年のまま。

「あの日の君」が、そのまま時を超えて「今の僕」の前に飛んできてくれたんだと。

そんな錯覚をしてた。なかば本気で。


でも、違った。そうじゃない。

時は等しく流れていた。僕だけじゃなく、君にも。

それは当然のことだけど。

こんな形で思い知らされたくはなかった。


君は、もう、「あの日の君」じゃない。


切れの長い目は夜の街灯を照り返して。あの日よりもキラキラまぶしいほどだけど。

僕を見る視線は、見知らぬ他人よりもそらぞらしく、煙たそうに曇って……


それでも僕は、君に追いすがらずにはいられなかった。

「会いたかったんだよ、とても。ずっと。ずっと……」

そう告げずにいられなかった。未練がましく。

それがどんなに惨めなことか、気付いてたけど。本当はね。


君は、ギョッとしたように目を見開いた。

驚きと警戒と軽蔑と辟易と、当惑と困惑、それから、興味と好奇心……エトセトラ、エトセトラ。

ほんの瞬間にめまぐるしくクルクル移り変わる表情。

僕には、それすらも全て愛おしく。

13年前の君からは見れなかった表情ばかりだったから、懐かしいよりも、むしろ新鮮だった。

どれもこれも好意的な感情ではないのが明らかでも。それでも恋しかった。狂おしく。

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