第4話
大家さんが「二人ではお淋しいでしょう」と言って、「お茶しにいらっしゃい」と誘ってくれた。
「あなたたちは、女の子でも東京にまで出して学問させてくれるご両親がいて、また、戦後の民主主義の時代に大学に行く年齢になってお幸せよ。私なんか、お嫁に行くことだけしか道はなくて、いい縁談が来たからと女学校も辞めさせられて、嫁いだと思ったら、夫は戦争に。この家を、焼け野原に立ててもらって、お姑さんたちが亡くなり収入がなくなったけど、そのあとを皆さんに借りてもらってようやく生きているわ。それを思うと皆しっかり勉強して自分で生きていくだけのお金を稼げるようにしてね。応援するわ」
「はい、おばちゃま。頑張りますね」と響子が言った。
芙蓉はびっくりした。夜ごとボーイフレンドといちゃついている響子は仕事する人からは一番遠い人だと何となく感じていた。しかし、それはそれ、これはこれと分けて考えるのが正しいのかもしれないと思った。芙蓉は、響子は現代のトップをいっている女性かもしれないと思った。
美鈴さんが長岡からお土産を持って帰ってきた。芙蓉は久しぶりに部屋に上がってもらって話を聞いた。
「夏休み中、ずっと英語の本を読んでいたんよ。私はイギリスに行けるようになりたいの。イギリスって文明の進んだ国よね。行ってみたくない?」
「私は外国のことなんか考えたこともなかったわ。日本のことしか知らなかったし、それに、なんかわからないけど、女一人では危ないようで恐ろしい気がするわ」
「両親もそういうの。結婚してから二人で行ったらって。でも私、男の人に全然興味ないのよ」
「ええ?今まで好きな人なかったの?」
「うん、ないわね」
芙蓉は、響子も葵も自分も、男性にとらわれているのに、美鈴のようにさっぱりと生きれる人がいるのに驚いた。
芙蓉は、浮かれた連中と、やれ銀巴里だ、やれジャズ喫茶だと、せんせとのことを忘れたいばかりに遊び歩いた。
東京生活も一年を過ぎ、二回生の秋になって卒論に取り掛かろうという時に、葵から手紙が来た。
芙蓉ちゃん私本当に嬉しいことがあったの。大学の方は順調に勉強が進んでいるわ。わからないことが出てきた時は、ずっと杉野せんせの所に行って、教えていただいたり、相談に乗ってもらったりしていたのよ。芙蓉ちゃんに告白していた通り、私高校三年生の時からずっと杉野せんせが好きだったのよ。憧れていたわ。でも、せんせの方は私をずっと女と感じてくれなかったの。私、誰も来ていない部屋でせんと二人だけの時、暗くなるまでせんせのそばを離れなかった。でも、せんせは帰れともいわないけど、私の期待には無関心な様だった。
私、もう我慢できなくなって、自分からせんせのソファーに移ってせんせ
の膝に座ったの。
せんせはようやくわかってくださったのか・・・。私嬉しかった。天にも昇るような喜びに満たされたわ。私、生まれて初めてのことだったのよ。せんせに本当の女にしてもらったのよ。薔薇色の気持ちだった。私せんせにじっとしがみついていた。その時、せんせが結婚しようってささやいてくれたの。
誰にもこの喜びを言えないけど、芙蓉ちゃんだけは喜んでくれると思って。
ごめんね。こんなおのろけみたいなこと言って。
芙蓉は葵からのこの手紙を読んで目の前が真っ暗になった。あの時のことが身に迫ってきた。葵にも同じことをしてあげたのね。私にしたことは覚えているの?葵には結婚の約束してあげたのね。寂しい!悔しい!芙蓉は葵の手紙を放り出して、机に突っ伏して泣いた。泣いているうちに、先生に処女を犯されたことはなかったことにしなければいけないのに、自分は何をおかしなことを思っているのだろうと気が付いた。
芙蓉はすぐにペンをとって返事を書いた。
葵ちゃん、おめでとう!せんせと結ばれたのね。それは記念する日だわ。2年もよく辛抱できたわね。でも、じっと待ったかいがあったじゃない。せんせと結婚できるんだもの。おめでとう!心からおめでとう!
芙蓉は簡単にしたためて、返事を送った。
そしてせんせに処女を奪われたことは、ますます口外してはならないと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます