第6話・ゆるぎない妥協
「……って言われたんよ、ミヤさまに」
しんちゃんは、いわゆる「ウンコ座り」で地べたにしゃがみこみながら、フーッと吐き出した自分のタバコのケムリに大きな目を片方スガメて、チェッと舌打ちした。
「オレの、どこが鈍感だっつーのかなぁ? 意味わかんなくね?」
……いや、オレには、よーく分かるけど。
しんちゃんは、たしかに鈍感だよ。
だから、タバコ吸いには風当たりが強いこんな世の中で、いまだに平気で
以前は、この婚礼式場でもバックヤードの大部分のスペースで容認されていた喫煙が、ここ数年で全面的に禁止されて、今では、この業者専用の通用口の扉の外のスミッコだけが、ヤニ好きのスタッフに残された最後の聖域になってしまった。
オレはマルボロを口にくわえて、肺の奥にたっぷりケムリをため込んでから、
つい最近、赤ラベルから緑のに変えたんだけど、味気なくてかえって吸う本数が増えてしまった。
禁煙なんて、とてもムリそうだ。情けない。
しんちゃんは、ジレた声をあげる。
「なあ、オレの話ちゃんと聞いてっかよ、
オレは、メガネの外側のレンズに貼りついた小さな灰のカスを爪の先ではらいながら、通用口のドアに背もたれて、しんちゃんを見下ろした。
「聞いてるさぁ、もちろん」
……しんちゃんの声は、一言一句だって聞き逃がさないよ、オレは。
しんちゃんのことは、なんでも知っておきたいんだから。
だって、しんちゃんの一番の親友だかんね。
「じゃあ、オマエはどう思うんだよ? オレのどこを見て鈍感だって感じたワケ? ミヤさまは」
しんちゃんは、子供みたいにプーッと頬をふくらます。チクショウ、もう、可愛いなぁ、このヤロウ。
「うーん、そうだなぁー」
オレは、間延びした声をあげて考え込むフリをする。
しんちゃんは、ホントにバカだ。
ミヤさまが、あのテこのテで必死にアピールしてんのに。
少しも気付かないんだからなぁ……ホント、バカで鈍感。
それにしても、ミヤさまってば、よりによって『危険な快楽』なんつう花言葉のブーケを贈るなんてさぁ。
顔に似合わず、意外とスケベなのかもしんねーなぁ、あのヒト。
……てか、ますます油断がならねぇよ。
そもそも、しんちゃんは気が強くてケンカっぱやいわりに、情にホダサレるとメチャメチャ押しに弱いんだ。
そのうえ、ズボラでメンドくさがりだから、いっぺん許しちまうと、そのまま相手のペースにダラダラ流されていっちゃう……
兄ちゃんとのカンケイが、まさにソレじゃん。
それに、そもそも基本的にメンクイなんだよ、しんちゃんは。うん。
ここでオレが、「ミヤさまが しんちゃんにベタ惚れなのに、しんちゃんが少しも気付いてあげないからじゃん」なんて真実を教えてやったら、しんちゃんは、意外とマンザラでもない顔をするかもしれない。
……それは、ムカつく。
すこぶる、ムカつく。
「首にデカデカとキスマークが付いてんのに少しも気付かなかったから、鈍感って思われたんじゃね?」
と、しばしの
「な、な、な……っ!?」
しんちゃんは、たちまち顔中を真っ赤にそめてテンパりかえった。
「そ、そ、そんなこと……だって……っ」
猫っぽい吊り目気味のデッカいおメメが、もうどうしていいか分からないってカンジで、ユラユラ震えてる。
そんでもって、ハズカシそうでいたたまれないような、助けを求めるみたいな表情で、オレをじっと見上げる……
ヤベぇよ、しんちゃん、その顔……
……今夜のオカズに、決定。
「ぶっちゃけさぁー、……しんちゃんって、兄ちゃんのことスキなん?」
オレは、薄いケムリをめいっぱい飲み込んでから吐き出しざまに、さりげなーく聞いてみた。
しんちゃんは、セッタのケムリをゲホゲホと気管にムセ返らせながら、涙目でオレをニラんだ。
「な、なんだよ、急に? くだらねぇこと聞きやがって……っ!」
「くだらなくねーじゃん。だってさぁー、しんちゃん、なんだかんだゆっても兄ちゃんにセマられると拒否れないっしょ? そんで、いっつも、ナシクズシでエッチを……」
「うわぁぁぁぁーっ! そゆこと、ゆうなーっ!!」
オレの制服の上のベンチコートのスソをギュウギュウ引っぱって、しんちゃんは、スットンキョーな悲鳴をあげた。
オレは、ことさらムトンチャクなフリをしてやるんだ。
「けど、オレのゆったこと間違ってねーっしょ?」
「う……! ぅぅ……っ」
「やっぱ、兄ちゃんのことスキなん?」
「んなこと……急に聞かれても……なんつったらいいのか……」
あー、もー、……らしくねーなぁ。モジモジモジモジしちゃってさぁ。
……けど、そんなトコもたまんなく可愛いんだよなぁ。クソッ!
オレは、どっちかっつーと、すこぶる女性が……それも、巨乳のオネーサンが……大好きな、いたってノンケなオッパイ星人なんだけど。
けど、しんちゃんだけは
しんちゃんと兄ちゃんとのカンケイを知ってしまったせいで、しんちゃんをソッチの方向で意識するようになっちゃったのかとも考えたんだけど。
いやいや、思い返せば、それ以前からチョイチョイしんちゃんを夜のオカズにさせてもらってたっけ。
しんちゃんには、なんつーか、オトコをソソるヘンなフェロモンがただよってんだろーな、きっと。
「そりゃあ……キライなワケねーっつうか……ヘンタイなのをのぞけば、完璧に、自慢のアニキだし……けど……」
しんちゃんは、カラッカラに乾いたカラッ風に少しも負けてない、ツヤツヤしたピンク色のフックラした唇をツンととがらせて、そうボヤいた。
やっぱ、しんちゃんって、押しに弱くて流されやすい性格なんだよなぁ。
けっこう人見知りなクセに。
気を許した相手には、ホント、どこまでもホダサレちゃうんだから。
……ってことは、……あれれ?
ちょっと待てよ。
高校時代からの親友である、このオレが、もしここで、しんちゃんへのセキネンの想いを告げたら……んでもって、押して押して押しまくれば、……しんちゃんは情にホダサレて、あわよくば、オレが夜な夜なアタマの中で思い描いてる、あんなコトや、こんなコトを実践させてくれたりするんじゃなかろーか?
オレは、思わずゴクリとナマツバを飲みこんだ。
「あのさぁ、……ねえ、しんちゃん?」
しんちゃんは、花屋のエプロンのポケットから携帯灰皿を取り出して、短くなったタバコの先を念入りに押しつぶして火の始末をしながら、いぶかしげにオレを見た。
「あーん? なんよ、洋太?」
エリ元までキッチリ不自然に全部とめられた、シャツのボタン。
でも、しんちゃん、……ぜんぜん隠れてないよ、キスマーク。
ホント、つくづく、おバカ……。
オレは、ベンチコートのポケットからグレーのミニマフラーを引っ張り出した。
ジューンブライドまっさかり、天気予報は連日の雨モヨウでもガーデンロードでのフラワーシャワーを希望する酔狂なカップルは多いもので。
「これ、巻いとけよ。……丸見えだぜ、キスマーク」
「……っ! マジで……?」
しんちゃんは、また、ユデダコみたいにホッペを赤くした。
それから、
「……サンキュ、洋太」
と、照れくさそうに目を反らして、ミニマフラーをササッと素早く奪い取った。
こんなに情にホダサレやすい恋人を持ったら、きっと、24時間、気の休まるヒマがないだろう。
それに、恋のライバルは強敵ばかり。……タチウチできそうにない。
やっぱりオレは、この肩書きで
「エンリョすんなって。一番の『親友』なんだからさ!」
……このポジションだけは誰にも
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