第7話・アイマイな真実(前編)

「そろそろ起きた方が……」


 というヒカエメなササヤキ声に耳をくすぐられて、真司は、心地よいまどろみの中から物憂く意識を取り戻した。


 夢の世界に片足をツッコんでいるアイマイな思考をボンヤリとめぐらせて、マブタをギュッと閉じたまま、ベッドの中に寄り添う相手の引きしまった体に両腕でシガミつく。

「今日、休みだし……もうちょい寝かせてくれよぉ」


 そう、バイト先の花屋は週に一度の定休日。


 なので、昨日の夜はミヤさま(店長)に誘われて、市内のヤキトリ屋でメシ食って呑んで、2件目の居酒屋で呑んで歌って、3件目のショットバーでも呑んで呑んで呑んで……

 それ以降の記憶が完全にスッポ抜けているが、こうして兄の腕の中で爆睡ばくすいしながら朝を迎えているということは、ミヤさまが、自分の車の代行を遠回りさせて真司の自宅に送り届けてくれたのだろう……と、二日酔い特有のニブい頭痛の中で、真司は思った。


 ――酔っぱらって、ミヤさまにメーワクかけなかったかなぁ、オレ?

 かすかな心配が胸をつく。

 後悔を込めた長いタメ息を押し隠すように、兄の背中にまわした手をいっそう強くカラミつける。


 ピッタリと寄せた素肌に当たるバスローブの生地の感触がやたらと気持いいと感じたとき、どうやら自分が全裸に近い格好でいることに気付いて……真司の頭痛が、ひときわ悪化する。


 兄の強引なアプローチに負けて「不本意な行為」をイタした回数は、もはや数えきれないのだが、少なくとも自分から「行為」をネダったことはめったにないハズだった。

 しかし、泥酔して記憶をなくしたときの真司は、「不本意」などというイイワケがきかないような積極的な媚態びたいで挑発し、シラフではありえないような淫らなポーズとアエギ声を兄に披露しているらしいのだ。


 当の本人は、まるっきり記憶にないのだが、完全無欠の鉄面皮ポーカーフェイスを誇るハズの兄の不気味なほどにキゲンのいいヤニ下がった笑顔が、たいてい1週間も続くことを考えれば、泥酔した時の真司は、兄の証言どおり「上からも下からもモノ欲しそうにダラダラとヨダレを垂らしながら、オレの×××に自分から×××をグイグイ押し付けて××××(※以下、自主規制)」なのであろう。


「あーもう! 自己嫌悪だぜ。……クソっ」

 真司は、ボヤキながら、ほてった顔を相手のバスローブの胸にパフッと埋めた。


 すると、すべらかな手が優しく背中を撫でてくれた。

 ソフトなテノールが、おだやかに、

「どうして"自己嫌悪"なの? 真司君はスゴく前向きにガンバってるし。最高にいいコだと思うよ、僕は」


「……っ!?」

 真司は、ようやくギョッと目を見開くなり、ベッドの上にガバッと上体をはね起こした。


「ミ、ミ、ミ、ミヤさまぁぁーーーっ!?」


 兄だと思い込んで抱きついていた相手は、バイト先の店長だった。

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