第4話・月下香のヒソヤカな挑発
午前中の花の配達から戻って、スタッフルームで早めの昼休みに入ったオレは、ミヤさまの事務机に置いてあった『実用 花ことば辞典・愛蔵版』を拝借して、通勤途中のいつものコンビニで買ってきた炙りたらこマヨおにぎりをパクつきながら、パラパラとページをめくった。
・チューベローズ 【 和名:月下香 】 花言葉=危険な快楽
「うう……っ」
とたんに、昨夜のアニキの「手とり足とり・懇切丁寧・マンツーマンで徹底的にレクチャー」方式の「実践的メソッド」の内容がセキララに思い起こされて、オレは、食べかけのゴハンを思わずノドにつまらせそうになり、ペットボトルのお茶を口にして大急ぎでゴクゴクと飲みくだした。
ちょうど、そのとき、ドアが開いた。
「どうしたの、真司君? 顔が真っ赤だよ。熱でもあるんじゃない?」
スタッフエプロンを外しながら部屋の中に入ってきたミヤさまは、オレを見るなりそう言って、心配そうに眉をひそめた。
「わぁぁぁぁぁーっ!? ミ、ミ、ミ、ミヤさま……っ」
その登場が、あまりにツボをついたタイミングだったもんだから、オレは、アタマの中に再現されたR指定映像(しかも、主演=オレ、みたいな……)を目撃されてしまったような気がしてしまって、異様にテンパってしまった。
「ぜ、全然、……元気いっぱいです!」
つい、ウワズった声でマヌケな答えを返しちまった。
「本当に? ムリしちゃダメだよ」
ミヤさまは、オレがメシを食ってる多目的テーブルの手近なパイプ椅子に無造作にエプロンを引っ掛けると、壁際のコートハンガーから薄手のジャケットを取って羽織った。
スラッとした細身の体型に、落ち着いた色のベルベットがウットリするくらい良く似合う。
「僕は今から展示会の打ち合わせで、南町の式場に行かなきゃならないんだけど……具合が悪かったら、いつでも早退していいからね」
「いや、ホント、ガチで平気なんで」
ああ、ホントに優しいなぁ……ミヤさまは。
ウチのアニキに、その優しさの百万分の一でも分けてやってくんねぇかなぁー。
「じゃあ、なるべく早く戻ってこれるようにするからね」
ミヤさまは、そう言いながら、ふとオレの手元をのぞきこんで、
「ああ、嬉しいな。真司君が、自分から、そういう本に興味を持ってくれるなんて」
と、キレイな顔でニッコリと微笑んだ。
そこで、オレは聞いた。
「ミヤさまは、ここに載ってる花言葉、全部、暗記してんの?」
「そうだねぇ。ウチの店で扱ってる花なら、全部、知ってるよ」
「じゃあ、何百種類も覚えてんじゃん? すげぇね!」
「口に出して言えない思いを花言葉に託して贈るようにって、お客さんに勧めてあげられたら、花売りの存在意義も増すんじゃないかな」
ミヤさまは、そう言って、ふわっとかすむように目を細めた。
「まあ、僕自身も……花にでもスガらないと、気持ちを伝えられないことがあるから」
「……? 花言葉なんかに頼らなくたって……ミヤさまに告られてイヤがるオンナなんて、絶対いねぇと思うけど」
オレは、ヤッカミ半分でフンと鼻を鳴らしながら、机の上に視線を落として、パラパラと辞典をめくった。
『ベニアザミ=私に触らないで』
お、イケてんじゃね? この花言葉!
……今度、アニキに贈ってやんべ。
すこぶるクールな思いつきに、オレは、ケケケと不気味な忍び笑いをもらしてしまった。
「……僕の片思いの相手は、すごく鈍感で、ツレないコだからね。ヒトスジナワではいかないんだ」
と、ミヤさまは、オレのアタマをポンポンと撫でて言った。
へぇー? ミヤさまみてぇに、とびきり美形で性格がよくっても、恋に悩んだりするもんなのかー。
信じらんねーけど。
「行ってらっしゃーい」
オレは、開いたページに目を落としたまま、遠ざかる気配に向かって声だけかけた。
すると、ミヤさまは、
「ねえ、真司君……首の横に、キスマーク付いてるみたいだけど」
と、トートツに言ってきた。
「な……っ!?」
オレはギョッとなって、パッと両手で首を抑えると、急いでドアの方を向いた。
「まったく……ホントに鈍感なんだから、君は」
苦笑まじりにつぶやきながら、ミヤさまは、ドアの向こうに静かに去って行った。
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