第2話・バラと宣戦布告


 オレのバイト先は、市内の中心の国道沿いにある花屋だ。


 地元の結婚式場のほとんどと取引があるし、来店客もとだえたことがない。

 けっこうな繁盛店だ。


 っていうのも、"ミヤさま"こと、店長の若宮わかみや かおるの、……ええっと、なんつーんだっけ? 『審美眼しんびがん』っつーの?

 まあ、そーゆうコジャレた流行をいち早く上手に取り入れるセンスやなんかが、バツグンにサエてるんだ。


 そのうえ、ミヤさまは、とにかく、とびっきりの美形だ。

 マバタキするたびにハタハタ音がしそうな長いマツ毛で薄い茶色の目がフワッとかすんで見える。

 なんか、こう、『優雅』っていう言葉がすげぇハマるんだ。

 なので、いつも、店内で若いオンナの常連客がミヤさまを取り囲んで、ピーピーキャーキャー騒いでやがる。


 不肖ふしょう・我が家のアニキも、……弟のオレが言うのもなんだが……相当なイケメンの部類に入るワケだけど、なにせ座右の銘が『オマエのモノはオレのモノ』だと公言してハバカラないオトコなので、唯我独尊オーラが全身から自然と立ち昇っているらしく、どうにも近寄りがたい雰囲気があるらしい。

 そんなワケで、アニキのトリマキを自称する女子たちは、たいていアニキの周囲100m圏外の電柱の陰やなんかにコソリと隠れて、熱っぽいマナザシをウットリと注いでタメ息をついてるようなタイプばかりだ。

 ……ぶっちゃけ、ストーカー予備軍だよな、それって。


 それに比べてミヤさまは、美人で上品だけど気さくだし、なんつっても、すごく思いやりがあって優しい。

 ジャイアニズム至上のゴーマン王子を兄として22年余りの受難の年月を強いられてきたオレから見れば、もう神さまレベルだね。


 いや、あんな暴君を兄としてオレを生まれさせた非情な神さまなんかより、ミヤさまの方が、ずっと神さまにふさわしいっつーの!



 高2でドロップアウトしてから、いろんなバイトをやってきたけど、どれも長続きしなかった。

 けど、ミヤさまに拾ってもらってからは、早朝のシフトも一度も遅刻したことねーし、今までみたいに、他のスタッフや客とトラブったこともねーし……

 だって、ミヤさまに迷惑かけるようなこと、絶対にしたくねーもん、オレ。



 で、たくさんの得意先もナビを見ずにまわれるようになって、バイト始めたばかりの1年前から比べたら30分も早く盛花の配達を済ませて店に戻ったこの日のオレを、思わぬ来店客が待ち構えていた。



「よお、真司。お疲れ」

 アニキは、お手本みたいにデキのいい笑顔を浮かべてオレを出迎えた。


「ア、アニキ!? な、なんで、ここに……」


「え、真司君のお兄さんだったの? だったら、もっとサービスしてあげるんだったなぁ」

 アワを食って口をパクパクさせているオレに向かって、ミヤさまが、少し驚いた顔でほほ笑んだ。


 アニキは、無雑作に片手にブラ下げていたデカい花束を、おもむろにオレの胸に押し付けると、

「おとといオマエが言ってた"花言葉"とやらを、今夜ゆっくりレクチャーしてもらうからな」

 と、意味深な目つきで言い捨てるなり、スタスタとエントランスを出て駐車場に向かった。



 ミヤさまは、戸惑いがちに小首をかしげた。

「"紅色のバラ"をありったけ花束にしてほしいって言われて、ラッピングしたんだけど」


「う……っ!」

 オレは、やたらとゴージャスでズッシリと重い花束を両手に抱えて、その場に呆然と立ち尽くした。



 ――"紅色の薔薇"の花言葉=『死ぬほど、恋い焦がれています。』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る