第51節 エゴか、フォアザチームか。【DF2 宇佐見叶多】

 エゴか、フォアザチームか。

 チームスポーツでは永遠えいえんのテーマだと思う。


 エゴを出さないと監督にアピールできない。けど、エゴばかりだとチームプレーのできないやつ、になる。じゃあ、どうすりゃいいんだよ。


 だけど最近僕は思うんだ、エゴもフォアザチームも同じライン上にあるんじゃないかなって。それに気づいたのは夏の大会の時だった。

 湊騎ミナが前半で2点決めて、隼高が2ー1でリードしていた。後半にもゴール前で得点のチャンスがあった。本当ならあと1点欲しかったと思う。けど湊騎ミナはパスを選んだ。湊騎ミナはそういうやつだ、と言ってしまえばそれまでだけど、ハットトリックは記録にも残るし、湊騎ミナなら当然狙っていたはず。試合の後、僕は湊騎ミナに聞いてみたんだ。

「なぜ自分で打たなかったの?」

「だって界登カイがフリーだったから」湊騎ミナは事もなげに答えた。自分よりいい場所にいた、だからパスをした、それだけだって言うんだ。


「チームが勝てばいいんだよ。それで」


 そして面白かったのは、その次の試合で湊騎ミナが借りを返すかのように3点を取りハットトリックしてしまった事だ。誰から見ても文句のつけようのないゴール。まるで湊騎ミナのところにボールが寄っていくようだった。


 そもそも「エゴ」とは、自己じことか自我じがを指す言葉だ。使い方によって利己的りこてきという意味を含むこともある。そう思えば、エゴがないってことはありえない。自分がないってことになるだろ?

 エゴを出しすぎて自分勝手になり、みんなに迷惑をかけるのは困るけど、誰だって大小あれどエゴを持ってる。それをチームプレーの中でどうかすかだ。ゴールにこだわるのが界登カイのエゴ。その場その場で最善さいぜんのプレーをするのが湊騎ミナのエゴ。

 じゃあ僕のエゴは? 守備から攻撃へのスイッチかな。それが僕らしさ、だと思うから。


 11人がそれぞれ自分のエゴをピッチの上で表現する。お互いに相手のエゴを尊重してプレーする。その結果、チームプレーになるんじゃないかな?


 エゴはチームのため、チームのためは自分のため。どっちが大事なんて一言では言えないよな。

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