第50節 劣等感のかたまり【3年MF 小山内漣】

名前を聞いて気づく人もいるだろうが、マネージャーの小山内おさない波凪なぎは俺の双子ふたごの姉。親父が船乗ふなのりだったので、二人とも海に関係する名前がついている。

双子ふたごなのに、生まれ育った環境かんきょうは同じなのにこうも違うものかと、親にはよく言われた。思慮深しりょぶかく頭のいい波凪なぎうらべて俺はのほほんとしており、考えるより先に体が動くタイプだ。


港町みなとまちに育った俺たちにとって海は遊び場だったし、親父おやじの職場でもあった。親父おやじは一度船に乗るとしばらく帰ってこないので、大竹タケのお父さんが俺たちもよく遊びにつれて行ってくれた。ま、家族ぐるみの付き合いってやつだ。


中学くらいになって大竹タケ波凪なぎが付き合うようになった。二人とも勉強がよく出来た。俺は普通。勉強はまだよかった。決定的になったのはサッカーだ。小学生の頃は同じように遊んでいた大竹と俺だったが、中学、高校と進むにつれ明らかに差がついていった。


なまじ大竹タケ波凪なぎ彼氏かれしだということもあり、身近みじかくらべられているようで正直キツいときもあった。

だがそういう時に限ってかんのいい波凪なぎにやんわりさとされた。「れんは人とくらべちゃだめよ。れんにはれんのペースがあるでしょ」

親も波凪なぎも、誰も俺たちをくらべたりはしなかった。くらべていたのは俺自身。そして波凪なぎの言う通り、俺は昔から何をやるにも理屈りくつより感覚だったから、上手くいく時は練習もなしにぱっと上手くいくし、コツをつかむまで人より時間がかかることもあった。


人とくらべたって仕方ない……わかっちゃいるけど、自分より上手うまやつが近くにいたら、やっぱへこむだろ。大竹タケが俺に教えてくれたりするのだって、優越感ゆうえつかん裏返うらがえしなんじゃねぇの? とゆがんだ考えだって生まれてしまう。大竹タケがそんな奴じゃないって、わかっているのに、だ。


だが俺にも意地いじがある。どんなに劣等感れっとうかんを感じていても他人には絶対にそんなそぶりを見せない。見せたくない。波凪なぎには、バレるけど。


隼高はやこうの最後の1年、頑張がんばってはみたが結局レギュラーにはなれなかった。それもそのはずだ。俺のポジションを争う相手は大竹タケだったから。


波凪なぎはそのことに関してはいつも何も言わなかった。変になぐさめられることを俺が嫌がることをわかっていたからだろう。

だが、たまに試合に出られたときには必ず俺の良かったプレーを見つけてくれた。そしていつも言うのだ「次はもっとよくなるね。楽しみ」


俺が必要以上に卑屈ひくつになったり、くさったりすることもなくいられたのは多分たぶん波凪なぎのおかげ。波凪なぎはいつもさりげなく、俺のやる気を出させ続けてくれていた。

俺は早々そうそうに進学を決めた。大学でサッカーを続けようと思った。根拠こんきょはないが、続けたらもっと上手くなれるような気がした。それはなんだかんだ言って、一番身近な存在に認められたいとかそんな単純な気持ちからだったのかもしれない。大事な俺の片割かたわれに。

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