第48節 外側から、内側へ。【1年マネージャー 長谷川奏】

波凪なぎ先輩たちとの最後の試合が終わった瞬間しゅんかん、なんか涙があふれて止まんなくなった。


私はまだ1年マネだからスタンドから見てた。けど、この1年のことがいっぱい思い出された。


最初は結構けっこうミーハーな気持ちで始めたマネージャーだったけど、私だって本当はサッカーが好きだ。地元じもとチームの熱狂的ねっきょうてきなファンだったパパにれられて、小さい頃はよくスタジアムに行っていた。チームカラーにまるスタジアム、1万人をえる人たちが一斉いっせいに同じ歌を歌う。1つのゴールにスタジアムがき、り上がるのを、子どもながらにお祭りのような感覚で楽しんでいた。

スタジアムではパパの後ろをついて歩き回っていた。数歩歩けばパパは知り合いに声をかけられ、話に花が咲く。「お子さん?お名前は?」と聞かれるとパパは必ず私自身に「かなでです」と言わせた。そうやって会う回数が増えていくとお互いに顔も覚え、たくさんの大人に可愛かわいがってもらった。今思えば、初対面しょたいめんの人でも誰にでも物怖ものおじせずに話しかけられる私のこの性格はスタジアムで身に付いたものかもしれない。

夏のスタジアムではパパにかき氷を買ってもらうのがお約束だった。好きな色のシロップをかけ放題ほうだい。それから、夜の試合は花火も楽しみだった。パパのお下がりのブカブカなユニフォームを着たまま、手をつないで帰ると、ご近所さんに「勝ってよかったね!」と声をかけられる。勝利の花火が町じゅうに聞こえる、それが地元チームが勝った合図なのだ。


私にとってスタジアムは楽しい場所だった。けど、隼高はやこうサッカー部に入って、内側からサッカーを見た時、楽しいことばかりではないと知った。スタジアムのはなやかさは表の部分だった。先輩たちが毎日、泣いたり、喧嘩けんかしたりしながらキツい練習に明けれていること。波凪なぎさんや来未くるみさんも選手のみんなに事細ことこまかに気をくばっていること。みきくんも、最初は遠慮えんりょしていたけど、次第しだい本音ほんねを話してくれるようになって、人間関係とか、もっとうまくなりたいと悩んでいる事に気づいて、でも私には話を聞くことしかできないもどかしさとか、そういうのもあった。


波凪なぎさんが選手のみんなに御守おまもりを手作てづくりしているのを知って、手伝わせてもらった。一つひとつ思いをめて作った御守おまもりを、選手のみんながありがとうと受け取ってくれた。みきくんの分は、波凪なぎさんが私にまかせてくれたので特別思いをめて作った。みきくんに渡したとき、「これで怪我けがせず最後まで頑張がんばれるよ」とほほ笑んでくれて、少しだけ役に立てたような気がしてうれしかった。


全国大会、東京の大きなスタジアムは地元のそれよりずっとずっと大きかった。でも観客かんきゃく熱狂ねっきょうとか、歓声かんせいは子どもの頃聞いたものと変わらなかった。むねおどった。

それでも、ただワクワクしていたあの頃とは違って、いのるような気持ちがあった。選手のみんなの緊張感きんちょうかんも伝わってくる。恐怖きょうふさえ感じてしまう。みんなに勝ってほしい。ここまでどれほど、先輩たちが頑張ってきたのか、知っているから。みんなの喜ぶ顔が見たい。一緒に喜びたい。私も隼高はやこうサッカー部の一員となったんだと実感じっかんした。


試合後の挨拶あいさつを終えて、選手のみんながスタンドに向かって走って来る。他のみんなは前に押しかけていったけど、私は足が動かなくて、その場で立ちすくんだまま、少し後ろの方からみんなの方を見ていた。全力で走ってくるみきくんが、私を見つけて手をげる。私は涙をふくのも忘れて、思いっきり手を振った。

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