第41節 ケガをした時間が教えてくれたこと②【FW9 杉山界登】

ケガをした時間が教えてくれたこと①【FW9 杉山界登かいと


廣澤ひろさわさんに紹介してもらったトレーナーは山崎やまざきさんといい、みんなから「ザキさん」と呼ばれ、したわれていた。そこまで背は高くないがよく日焼けして無駄むだなくきたえられた身体からだ。白い歯を見せてよく笑う。だが俺がザキさんに会いに行けたのは、夏の大会で怪我けがをしてからから1か月以上たってからだった。

もらった名刺めいしにある番号に電話をかけるのは勇気がった。朝は今日こそ連絡しようと思うのに、後で後でと思っているうちに夕方になり、遅い時間は迷惑めいわくかななどと考えてまた明日にしようと先延さきのばしする。監督かんとく廣澤ひろさわさんと俺のやり取りを見ていたはずだが、連絡をしたのか、と詮索せんさくされることはなかった。


やっと思い切って発信ボタンを押したとき、電話はすぐつながって聞こえてきたのは元気なおじさんの声だった。俺は緊張きんちょうMAXになりながら

「あの、俺、はやこ・・・はやぶさ学園サッカー部の杉山と言います。あの、ひ、廣澤ひろさわさんに名刺めいしをもらって・・・」とかなりカミカミで自己紹介したが、

「あー! 聞いてるよ!」ザキさんは俺の緊張きんちょうき飛ばすような軽快けいかいさだった。


電車で3駅、そこから更にバスで10分くらい行ったところに、ザキさんのトレーニングオフィスはあった。バスていで降りた時、かすかに海のにおいがした。シンプルなトレーニング用の機器ききがいくつかある部屋は大きな窓があって、ブラインドしに明るい光がれ、床にストライプの模様もようを作っていた。俺が初めておとずれた時、ザキさんは「悪いね、交通の便べんが悪くて。ここは車で来るにはいいんだけどね」と笑った。ザキさんが見ているのはプロ選手やプロを目指す大学生が多いのかもしれない。


普段の部活の様子なんかを雑談ざつだんのように聞きながら俺の身体の状態をさわってたしかめたザキさんは、素早すばやくペンを動かしていくつかのトレーニングメニューを書き上げた。

そしてそのメニューを実際にやりながら細かく解説をしてくれた。普段ふだんやりれてる筋トレも、ザキさんは1つずつ丁寧ていねいにチェックして、このトレーニングはもっと時間をかけてゆっくりやってくれとか、この部分を意識しながらやれと言って俺の筋肉を手で押したりしてより効果が出るようにアドバイスをくれた。

そして「少しでも違和感いわかんを感じたらすぐトレーニングを中止して連絡するように」と、ねんした。


「あの、このゲームイメージトレーニングって何ですか」

俺がリストを見ながら聞くと、ザキさんが説明してくれた。

「これは試合勘しあいかんにぶらせないためのトレーニング。どんなにトレーニングをしていても実戦じっせんの試合がひさしぶりだと思うように体が動かないことがあるだろう? そうならないために、試合を見ながら自分だったらどこにポジションをとるか、どうパスを出すか、というシミュレーションをするんだ。実際の試合を見ながらでも、映像でも大丈夫だよ。記録用きろくように動画もってるだろ」

「イメトレってことですか」僕が聞くと、

「イメトレだからってあなどるなよ。本気でやると結構けっこう疲れるぞ!」

ザキさんはニカッと笑って、ちょっとやってみるか? と、プロ選手の試合映像を流しながら実際のイメトレのコツを教えてくれた。

それまで頭の中でイメージするのがイメトレだとなんとなく思っていたけど、ザキさんの教えてくれたそれは全然違った。まるで自分がゲームのプレイヤーになったかのように、自分がその画面の中に入ってしまったかのように、五感を使って動き回るイメージを作る。確かに、やってみるとなかなかうまくいかなかった。気が付いたら俺の意識は画面から出てきてなんとなく試合をながめてしまっている。ぼんやりしていると、ほら、とザキさんが声をかけてくれて、俺はまた意識を画面の中に集中する。

ほんの10分か15分くらいだったが、本当に走り回ったような疲労感ひろうかんがあった。

「疲れただろ? プロはこれを90分やるんだぜ」

筋トレも、イメトレも、ザキさんからすると俺はまだまだらしい。だがそれが俺の闘争心とうそうしんに火をつけた。次に来た時にはもっと完璧かんぺきにやってザキさんにめられたい、そしてまた新しいことを教えてもらおう。そんな気持ちが、俺をワクワクさせた。

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