第28節 サッカーをやる理由

秋から冬へ、季節が動いていく。


夕暮ゆうぐれが足早あしばやにグラウンドにかげを落とすころ界登かいとが全体練習に復帰ふっきした。

それまで1人でボールをっていることが多かったが、やっと医者からも通常の練習に参加して問題ないとゴーサインがでた。みんなの中に入り一緒いっしょにボールをることができるようになったのだ。


練習前、スパイクのひもを並んでむすびながら、しょう界登かいとに声をかけた。


復帰ふっき、よかったな。随分ずいぶんれてきた?」


「まだこわさはあるけどな」

言いながらギュッとひもめ、後ろに手をついて空をあおぐ。


「やっとみんなと一緒にできるようになってワクワクしてんだ。

俺さ、サッカーができなくなって、あとプロに行くっていう目標からもさ、一度はなれたわけじゃん。そしたらさ、ただ、サッカーできるのがうれしいってか、リハビリして昨日よりできること増えたとか、そんなんが単純たんじゅんうれしくてさ。今まで、何かに追われるようにしてサッカーやってたのかなぁって、そんなことを感じるようになって。

プロになることはあきらめてねぇよ。大学4年間やって、絶対プロになってやるって思ってる。ただ、それが前のようにプロにならなきゃ意味がねぇみたいなことじゃなくて、ただ、昨日より上手くなりたい、目の前にいるやつよりも、強くなりたい、そんな気持ちだけが残ったみたいな感じなんだよな。

変だろ?」


「ちっとも変じゃない。

なんか、界登カイすげぇよ。かっこいいよ。一つレベル上がった感じだよ」


「そうかぁ?」


界登かいとは笑いながら立ち上がり、転がってきたボールを右足で止めた。咄嗟とっさにはまだ、いためた左を使うのがこわいのかもしれない。


怪我けがしてよかったなんて綺麗事きれいごとを言うつもりはないよ。でも、怪我けがしたことで自分を見つめ直すきっかけになったのは確かだし、今の俺の方が夏の俺よりいい状態でやれてるってのは感じてる。せめて、あれだ、ころんでもタダではきない、ってやつ?」


話しながら、界登かいとはその場で2度、3度とボールをり上げた。

そして立ち上がったしょうに向かってパスをした。翔はそのボールを受け止め、また界登かいとへ返す。界登かいとは左、右と使い分けながらボールをあやつる。

監督かんとくび声がするまで、しょうたちは無言むごんでボールをり続けた。


「よーし始めるぞ、集まれ!」


みんなが集まると、監督かんとく界登かいとの方を見た。


「どうだ杉山、感触かんしょくは」


「少し不安な時もありますけど、楽しいです!」


「そうか。状態は戻ってきているようだし、選手権せんしゅけんのメンバーに登録とうろくしようと思ってるが、どうだ?」


えっとおどろ界登かいとに、みんなの注目が集まる。


「あの……俺、ここまで何もしてこられなかったし……。それに……」


界登かいとはチラッとセナの方を見る。界登かいとが加われば、おそらくセナがはずれることになるだろう。


界登カイおれは席をゆずるつもりなんて全然ぜんぜんねぇよ!?」

セナはほがらかな表情で界登かいとを見つめる。


「なんだよ。遠慮えんりょなんて、界登カイらしくねぇじゃん」


市川がやさしい声で言った。


「最後一緒にやろうぜ」


みんなが口々に同意どういする。


確かに界登カイらしくない。昔の界登カイなら、自分から出してくれと直訴じきそしそうなものだ。


おずおずと、京太朗けいたろう発言はつげんした。

「あの、俺……最後に界登カイさんとツートップ組みたいです」


みんなの視線が界登かいとに集まる。


杉山。監督がしずかに呼びかけた。

界登かいとは監督を真っぐに見る。


「監督。俺、記念出場とか嫌なんで、実力でメンバー入ってみせますよ。

もし他のやつの方がよかったら、遠慮えんりょなくそっちを使ってください」


もういつもの界登かいとだった。


「カイ〜!!!」


半泣はんなきの市川がいきおいよく界登かいとに飛びつき、みんなも後に続く。めちゃくちゃにハグされて、うるんだ界登かいとひとみも、あっという間に見えなくなった。


「おいおい、また怪我けがさせるなよ!!」


木枯こがらしが目にみるのか、目をほそめた監督の声は、歓声かんせいの中にかき消された。

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