第27節 勝者と敗者

決勝戦の空は青くみ切っていて、鳥の声が遠くまでひびいていた。昼過ぎには寒さも少しやわらぎ、日向ひなたは少しあせばむくらいの陽気ようきになった。


「お〜い服部はっとり! ひさしぶりだな」

清永せいえいしょう市ノ瀬純いちのせじゅんが手をげて近づいてくる。


「知り合いか」


「中学の時の先輩せんぱいです」

と答えた京太朗けいたろうの表情が、めずらしく強張こわばっている。


笑顔で近づいてきた市ノ瀬いちのせは、「服部はっとりがスタメンとはな! 楽しみだぜ」と言いながらしたしげに京太朗けいたろうの肩に手を回すと、京太朗けいたろうにだけ聞こえるようにささやいた。


「お前がスタメンじゃ、隼高はやこうたいしたことねぇな!」


不穏ふおんな空気に気がついたしょうが2人の方へ近づくと、市ノ瀬いちのせ京太朗けいたろうからはなれ軽く会釈えしゃくをしながら、

隼高はやこうのキャプテン青島あおしまさんですね。お手柔てやわらかにたのみますよ。でも全国への切符きっぷ清永せいえいがいただきます」

と、慇懃無礼いんぎんぶれい挨拶あいさつをした。


ピッチに入ると、さすが決勝戦けっしょうせんだけあってスタンドは観客かんきゃくでいっぱいになっていた。


らしからず、京太朗けいたろうの背中から緊張きんちょうつたわってくる。しょう京太朗けいたろうに追いつこうと足を早めた時、一歩早く、湊騎みなき京太朗けいたろうに声をかけた。


京太朗ケイ、お前どうしたんだよ。めずらしく緊張きんちょうしてんじゃん」

湊騎ミナさん……清永せいえいキャプテンの市ノ瀬いちのせさんって僕の中学の時の先輩なんです。すごくこわい先輩で……」

「へぇっ、お前でもこわいもんあるんだな?」

湊騎みなきはニヤリと笑うとバンッ! と丸まった京太朗けいたろうの背中に平手ひらて気合きあいを入れる。

京太朗けいたろうの背中がビクッとびた。

「お前さぁ! がらじゃねぇよ?」

と言って、湊騎みなきは笑った。


「おーいそこの2人、じゃれてないで早く来いよ!」

市川いちかわが言ってみんなが笑う。京太朗けいたろうもつられて笑った。


「お前はもう中学の時とは違うよ! ここまでどんだけのことやってきたか、思い出せよ! それにいざって時はおれたちがいんだろ?」


その様子ようすをチームのみんながニコニコして見守みまもっていた。


試合はどちらのチームも攻守こうしゅみ合い、決勝に相応ふさわしい、白熱はくねつしたゲームになった。迫力はくりょくのあるシュートや、ディフェンダーの体をったクリア、キーパーのビッグセーブに何度もスタンドがく。

京太朗けいたろうはすっかり緊張きんちょうけて、何度もゴールにチャレンジしていたが、スコアレスのまま、後半30分が過ぎようとしていた。


センターライン付近ふきんからのリスタートでがく大竹おおたけにボールをあずける。大竹はするすると中央を突破とっぱし、相手ディフェンダーがせてくるのを待ってすかさずボールをサイドへ流す。

ボールを受けた京太朗けいたろうに対して市ノ瀬いちのせはげしくチャージに来る。京太朗けいたろう必死ひっし抵抗ていこうしながら、ボールの出しどころを探していた。


「ケイ!!」


京太朗けいたろうぶ声がして、視界しかい湊騎みなき横切よこぎって行く。京太朗けいたろう咄嗟とっさに声の先へ、ボールを送った。ハッと振り向いた市ノ瀬いちのせの逆をついて京太朗けいたろうはゴール前へ。湊騎みなきのシュートはゴールキーパーにはじかれ、京太朗けいたろう胸元むなもとね返る。


すかさず市ノ瀬いちのせ京太朗けいたろうに体をぶつけ、シュートをふせぎにくる。

うわぁああ!

雄叫おたけびとも何ともつかない声が出たような気がした。気がつくと、京太朗けいたろうはボールと一緒に清永せいえいゴールの中へころがっていた。


ふえの音がる。スタジアムが総立そうだちになり、歓声かんせいこった。

線審せんしんが走っていくのが目のはしうつる。それとは逆に隼高はやこうイレブンがゴールの中になだれみ、何がこったかわからないでいる京太朗けいたろうつかんではげしくさぶった。


「すげぇ!! 京太朗ケイやったぞ!!!」

興奮こうふん気味ぎみ湊騎みなきさけぶ。


大竹が京太朗けいたろうを立ち上がらせながらパンっと手をたたき、

「残り15分! まだまだ行くぞ!!」

と声を出した。すぐに他のメンバーたちの顔も引きまり、市川らディフェンスは走って自陣じじんに戻りながらラインを確認し合っている。翔も天碧そらがくと、話しながら走った。


ボールをひろい上げた清永せいえいのゴールキーパーが軽くったボールは市ノ瀬いちのせ足元あしもとへところがる。市ノ瀬いちのせ一瞬いっしゅん、ぎりっとくやしそうに顔をゆがめたが、すぐにいつもの表情に戻りボールをセンターへと送った。そして、取り返すぞ!! とさけんで後ろから気をいた。


翔も京太朗けいたろうに声をかける。

「ナイス京太朗ケイ、しんどいと思うがこの調子で前線ぜんせんからチェックたのむな。足は大丈夫か」

「全然です! まだまだ行けます!!」

京太朗けいたろうおだやかに笑った。


残り時間もあとわずか。隼高はやこうもできるだけボールをキープしようとするが、がむしゃらにボールに向かってくる清永せいえいの選手たちに手をき、相手にボールを持たれる時間がえていった。

それでも翔らは最後まで声を出し、はげまし合いながら、ねば清永せいえい攻撃こうげきはじき返し続けた。


ロスタイムも数分がすぎた。清永せいえいがフリーキックを獲得かくとくし、市ノ瀬いちのせたちがボールの周りに集まって作戦さくせんっている。

翔たちもおたがいのマークを確認しながら、ゴール前に集まった。


ベンチで何かジェスチャーをしている監督の姿が目に入る。

「ここ一本、守り切るぞ!!」

誰からともなく声が出る。清永せいえいのゴールキーパーも隼高はやこうゴール前に上がり、全員がはげしくポジションを取り合っていた。


審判しんぱんがチラリと時計を確認したのがわかる。ラストプレーだ。

清永せいえいのフリーキッカーは市ノ瀬いちのせ。ゴール前に上げたボールに向かって清永せいえいの選手たちが一斉いっせいに走り出す。はげしいり合いの中で、みきが頭で大きくボールをね返した。その落下点らっかてんに大竹が素早すばやく入る。ボールにらいつき再び大きくり上げた瞬間、


ピーーー


長いふえり、清永せいえいの選手たちがピッチにくずれ落ちた。


スタジアムが歓声かんせいつつまれる中、隼高はやこうの選手たちが集まり、手をき上げる。

隼高はやこうベンチにも歓喜かんきができ、スタンドの部員たちも体をぶつけるようにして喜びを表現していた。


と、そのから1人はなれる京太朗けいたろう姿すがたがあった。座り込んだまま動けないでいる清永せいえい市ノ瀬いちのせに歩みり、横にしゃがんで何か言いながら、そっと右手を差し出す。

ややあって市ノ瀬いちのせがゆっくりとその手をにぎり返した。京太朗けいたろうはそのままこしを上げて、つないだ手にぐいと力をこめて引っ張る。立ち上がった市ノ瀬いちのせの表情は涙でぐしゃぐしゃだった。うつむいたまま整列せいれつに向かう市ノ瀬いちのせの横に、京太朗けいたろうはずっとっていた。


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選手権予選 県大会決勝

隼高はやこう 1-0 清永せいえい

後半32分 服部はっとり京太朗けいたろう

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