第26節 笑顔のちから

ハーフタイムの確認かくにんを終え、ピッチに出た湊騎みなきは、まわりを見渡みわたした。ピッチサイドで志摩しまが選手交代こうたいのためのチェックを受けている。志摩しまはしきりにくつひもむすび直したり、ソックスを引っったり、落ち着きがない。湊騎みなき志摩しまに声をかけようと近づいた。


「ミナキクーン」


スタンドから他校たこう制服せいふくを着た女子生徒達が声をそろえる。湊騎みなきととのった顔立ちと気さくな性格で内外ないがいわず人気がある。特に女子じょしに。

かえり、チラリとスタンドをあおいだ湊騎みなきはニヤリと笑って志摩しまを引きせ、肩を組んで最近はやりの人気芸人げいにんの決めポーズをしてみせた。

キャーッと歓声かんせいが上がるスタンド。まわりの大人おとなからはびっくりしたような笑いがれた。

「ホラ志摩しま、お前も手をれよ」

うながされて志摩しまこまったような顔で湊騎みなき一緒いっしょに手をった。ふたたびスタンドが黄色い声につつまれた。


「あれ、湊騎ミナのファンだろ。おれなんかが……」

言いかけた志摩しまさえぎり、湊騎みなき当然とうぜんのように言いはなった。


「あーいう地道じみち行動こうどうがファンを作るもんなの。プレーや顔も大事だけど、それよりもファンサービス!

ホラ、この前監督かんとくが言ってただろ? 応援してくれる人が多いほど力が出るって。

おれには応援おうえんしてくれるファンがたくさんいるから、ちょっとやそっとじゃ、へこたれねぇの!

まぁ、今のであの中の1人くらいは志摩しまのこと、気に入ったかもしれないぜ??」


「1人だけかよ!」


「当たり前だろ? おれのファンだぜ??」


かたならべ、じゃれ合うようにピッチへ走っていく2人。志摩しまの顔には笑顔が戻っている。


「あいつら……」

一番最後にでてきて一部いちぶ始終しじゅうを見ていた監督かんとく苦笑くしょうまじりに見送みおくっていた。


後半開始。ハーフタイムの確認がいたのか、隼高はやこうペースで試合は始まった。隼高はやこうのパスが面白おもしろいようにつながり、スタンドがく。志摩しまも落ちいてボールを回している。


試合が動いたのは、後半が始まりすぐだった。志摩しま大竹おおたけのワンツーから、走り込む湊騎みなき足元あしもとへ。

湊騎みなきは走りんだいきおいのままダイレクトにゴールにんだ。

ガッツポーズの湊騎みなきまわりにみんなが集まる。ゴールが決まったらみんなでよろこぶ。だれが言い出したわけでもなく、これもいつの間にか隼高はやこう約束事やくそくごとになっていた。ピッチの反対側で1人、西にしも両手をグーにしてき上げている。

だがのんびりよろこんでいるわけではない。そうやって集まりながらしょうたちはすでに次のプランを確認しあっている。

追加点ついかてんをとって引きはなせば、完全に隼高はやこうのペースに持ちめる。


しかし駒越こまごえ高校の本郷ほんごう監督かんとく簡単かんたんには流れをわたさない。すぐにメンバーを交代こうたいさせて攻勢こうせいをかけてきた。


ゴール前のり合いで何度も隼高はやこうのファールをさそう。隼高はやこうもよく我慢がまんしていたが、フリーキックのボールを直接決められてしまった。むねをすくような見事みごと弾道だんどうに、スタジアムがどよめいた。


ゴールに転がったボールをすぐにひろい上げると、駒越こまごえの選手達は走って自陣じじんに戻っていく。


みをはずされ、くやしそうに顔をゆがめている西にしの背中をしょうはポンとたたいた。


「まだ半分だぜ。取り返してやるさ」

「そうそう、まだ同点だしな」

湊騎みなき志摩しまが声をかける。


西にしが顔を上げると、みんなが強いひとみでうなずいていた。


「よし。行くぞ。リスタートだ」

しょうけ声でみんな走り出した。


「最後まで集中して行こう!」


ここで流れを相手に渡すわけにはいかない。


スタンドからも、いけるぞ! と声が飛ぶ。


しょう志摩しまねらって出したパスはしくも志摩しまより一歩分いきおいよく前にび、ラインをって相手ボールとなった。つなががっていたらビックチャンスだっただろう。

しょう、サンキュー! 志摩しまが指でゴールの方をす。

しょうはグッと親指を立てて了解りょうかいのポーズ。あと少し、ゴールに近い方に欲しいという合図あいずだ。何度も練習でり返したところだから、おたがいに言いたいことはわかっている。


「いいぞ志摩しま! チャンスがあったらまよわず走れ!」

がくも手をたたいて志摩しまのチャレンジをたたえた。


一進一退いっしんいったい攻防こうぼうが続く。

湊騎みなき志摩しまが何度もゴールにせまるが、相手も必死ひっしでブロックに来ていた。

みき宇佐見うさみ西にしたちも、駒越こまごえのシュートを何本もね返し続けている。


決勝進出をかけて、どちらも死力しりょくくしたたたかいだった。どちらに次の一点が入ってもおかしくない状況じょうきょうに思えた。アディショナルタイムをむかえ、このまま延長戦えんちょうせんか……そんな空気が流れ出した瞬間しゅんかん、スタンドから界登かいとの声がピッチにひびいた。


「こっちのペースだ!! 行けるぞ! 隼高はやこう!」


ゴール前に高く上がったボールを見て、がくがシマ! とするどさけび、走り出す。その声に反応して走り出した志摩しまを見て、ゴールキーパーの西にしはジャンプしてつかんだボールをがくの走る先へと低くはやりだした。

がくは小さなトラップでピタリとボールをおさめ、絶妙ぜつみょうなコースとタイミングで志摩しまへスルーパスを出す。

がく正確せいかくなボールと志摩しまのダッシュにきょかれた駒越こまごえ高校の選手たちは一瞬いっしゅん反応はんのうおくれた。届かないか? と思われたボールに、俊足しゅんそくうならせ志摩しまが追いつく。志摩しまとゴールキーパーの一対一。


大きな歓声かんせいが上がったが、志摩しまにはほとんど聞こえていなかった。目の前にただ、ゴールへの道筋みちすじだけ。志摩しまがふわりとかせたボールはキーパーの頭上に、スローモーションのようなえがいた。


試合終了のふえる。志摩しまが大きくこぶしき上げた。うぉお! とさけんだつもりだったが、その雄叫おたけびはかすれて、いささか不恰好ぶかっこうになった。みんな、のどらすほど声を出したのだ。

全員が志摩しまもとり、かさなるように喜びを爆発ばくはつさせる。


駒越こまごえ本郷ほんごう監督かんとくが立ち上がってゆっくりと隼高はやこうベンチへ歩みり、手を差し出した。


「いやぁ望月もちづきさん、良いチームを作られましたな。

メンバーはもちろん、ベンチやスタンドからも声が出てくるんです。

失点した時やミスした時の方が元気になるくらいだ。いや全く、完敗かんぱいです」


綺麗きれいととのえられたグレーのかみに手をやりながら、本郷ほんごう監督かんとくれやかな笑顔を見せた。


「いえ、私は何もしていないんです。彼らが自分たちで考えて、成長してくれています。私だけが指導しどうしていたんでは、こうはいかないですよ。実際じっさいおどろかされてばかりなんです」


謙遜けんそんではなく、本心ほんしんだった。


「あなたのような若い監督かんとく活躍かつやくしてくれて、が県のサッカーも安泰あんたいですな」


そう言って、本郷ほんごう監督かんとくはピッチに向かって深々ふかぶかと、頭を下げた。


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選手権県予選

準決勝スコア

隼高はやこう-駒越こまごえ高校

前半13分 駒越

前半40分 服部はっとり京太朗けいたろう

HT 1-1

後半4分 松下湊騎みなき

後半22分 駒越

後半AT 志摩しま航希こうき

FT 3-2

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