第25節 声で助け合う

県大会、準決勝じゅんけっしょうの対戦相手は駒越こまごえ高校となった。

ひきいる本郷ほんごう監督かんとくは全国大会の経験が何度もある名将めいしょうだ。

その名物めいぶつ監督かんとくは今年で定年ていねんむかえる。県内のスポーツニュースには本郷ほんごう監督や駒越こまごえ高校が取り上げられ、優勝ゆうしょう候補こうほとして注目を集めていた。駒越こまごえ高校はなんとしても全国大会へという高いモチベーションを持ってこの大会にのぞんでいるはずだ。


隼高はやこうにとってはなんとも手強てごわい相手である。今までの対戦たいせん成績せいせき圧倒的あっとうてき駒越こまごえの方が上回うわまわっている。


しかし、そんな過去かこのデータは関係かんけいない。と、監督かんとくは言った。

その時々でメンバーは変わる。以前いぜん一度も勝てていなくたって、今日勝てないとはかぎらない。最高の準備をして、最高のパフォーマンスをすれば勝つ確率かくりつが上がる。そういうものだ。今の自分と関係ないことで萎縮いしゅくするのは、試合の前から負けているようなものだ。


来未くるみ駒越こまごえが勝ち上がってくるだろうと予測よそくしてそれまでの試合の分析ぶんせきを早くから始めていた。百戦錬磨ひゃくせんれんま監督かんとくひきいるだけあって、駒越こまごえ弱点じゃくてんはほとんどないようだった。さら駒越こまごえには攻撃こうげきのパターンが何種類しゅるいもある。特にセットプレーでは、コーナーキック、フリーキック、スローイン、ありとあらゆるところからゴールをねらってくるチームだ。しかしそれもふくめて来未くるみのスカウティングにかりはなかった。


事前じぜんのミーティングで相手選手の特徴とくちょうを頭にたたんでいたしょうたちだったが、隼高はやこうがそれだけの準備じゅんび警戒けいかいをしてのぞんだにもかかわらず、最初の得点はやはり、駒越こまごえのコーナーキックからだった。中央に入れられたボールを2度もね返したものの、最終的さいしゅうてきに相手選手の足元あしもところがったボールをまれてしまった。


よろこ駒越こまごの選手たちを前に、西にし冷静れいせいな声をかけていく。


宇佐見サミー、7番に気をつけろ。あまりせすぎるな。間合まあいをめてコースを限定げんていしてくれれば、後ろはみきおれとでフォローできる。あとみきはセカンドボールの回収かいしゅうだ。もし一人でげられないときは一旦いったんプレーを切ってもいいから大きくクリアしろ。スローインがあるからできるだけ中央までね返せ。中途半端ちゅうとはんぱなクリアだけはするな。まわりの声をよく聞こう。声出こえだしていくぞ」


わかった、と宇佐見うさみみき力強ちからづようなずく。


「まだまだ始まったばかりだ!

もう一回仕切しきり直すぞ! みんないいな!」

ボールをセットしながらかえり、湊騎みなきみな鼓舞こぶすると、


りしっかり行くぞ!」

大竹おおたけこたえて声を出す。


ビハインドになったが、隼高はやこう士気しきはむしろ高まったように見えた。


監督かんとくはベンチわきに立って腕組うでぐみをしながら戦況せんきょうを見つめている。


「一度試合が始まってしまえば、監督かんとくのできることはかぎられているんだ。

だからこそ、ピッチの中でおたがいどれだけ助け合えるか、それが試合の流れを変えるはずだ。声で、プレーで、助け合え!」

試合前のミーティングで、監督かんとくが言ったことがまさに今、ころうとしている。


「すごいですね。みんな、失点しってんしたのにすごい声が出ている」


志摩しま航希こうきがぽつりとつぶやくと、


「リードしているこうのほうが精神的せいしんてきには本来ほんらい有利ゆうりだが、今の隼高はやこうはムードがいいから、失点しってんがプレッシャーになってない。むしろ、失点しってんしてるのにこんな元気だから、相手の方がプレッシャーを感じているかもしれないな」


ピッチから目をはなさないまま、監督かんとくが言った。


『ピンチの時こそ声をだそう』

これが、みんなの合言葉あいことばだった。失点しってんしてうつむいているひまなどないのだ。

士気しきたかめる。前を向く。あと一歩いっぽみ出す。

たがいを思って声をけ合うだけのことが、みなに力をあたえてくれることを、しょうたちはこの9ヶ月かげつで知ったのだ。

特に今日のようなきわどい試合しあいでは、その一声が球際たまぎわひびいてくる。


京太朗けいたろうが相手のすきを見てはなったミドルシュートはしくもクロスバーに当たった。はじかれたボールにチャレンジしようと湊騎みなきが走りんだが、ボールはそのままラインをった。


くやしそうにゴールをにらみつけた京太朗けいたろうに、


「いいぞ京太朗ケイ! まだまだ行けるぞ! 何度なんどでもチャレンジだ!!」


スタンドから界登かいとの声がんだ。


0−1のまま、時間だけが過ぎていく。

何度もゴールにせまり、せまられをり返すが、なかなか1点にむすびつかない。


しかし隼高はやこうの選手たちにあせりはなかった。必ず自分たちの時間が来る。そう信じてプレーし続けていた。たとえ誰かの気持ちが切れそうになっても、すぐに別の誰かが気付いて声をかける。愚直ぐちょくだが、たりまえのことをたりまえにやる。それだけだ。


しかし前半30分過ぎ、ペナルティエリアの少し外側そとがわ宇佐見うさみが相手フォワードをたおしてしまった。宇佐見うさみが手をして立ち上がるのを手伝う。


主審しゅしんが走ってきて、フリーキックを指示しじした。

もどってきた宇佐見うさみは青ざめている。セットプレーをあたえてしまった。ゴール前でのファールには気を付けるようにと、来未くるみからあんなに言われていたのにだ。序盤じょばん失点しってんが頭をよぎる。


宇佐見サミー、いいぞ、ナイスブロックだ!」


不安ふあんはらうかのごとく、西にしが手をたたき大きな声を出した。


みき宇佐見うさみ背中せなかをポンポンとたたきながら、

「いい判断はんだんだったぜ! ここ1ぽんまもり切ろう!」

と声をかけた。宇佐見サミーも声出せよ。とみきうながされて、

「よっしゃ、1本守るぜー!!」

大声をり上げた。みんながおお! と同調どうちょうする。


宇佐見うさみの顔に血色けっしょくもどった。


「あの位置いち直接ちょくせつくるぞ」

大竹が西にささやく。来未くるみのスカウティングどおりなら、間違まちがいなくねらってくるだろう。西はきびしい顔でうなずき、かべ調整ちょうせいしながら、市川いちかわんで何事なにごと指示しじを出した。

キッカーからり出されたボールはギリギリかべの上をえていくかと思われたが、コースを読んでいち早くんでいた市川いちかわの頭にわずかに当たって軌道きどうが変わる。ボールの行方を見守っていた大竹が「キーパー!」と大声でさけび、相手選手たちがボール目掛めがけて動いてくるのを全身ぜんしんでブロックする。

人ごみをかき分けるようにして前へ出ながら高くジャンプした西の両手が誰よりも早くボールをつかんだ。

「っしゃあ!!」

宇佐見うさみさけび、西とガッチリ握手あくしゅをした。


「よしっ、チャンスだ。残り15分、追いつくぞ!!」


西は宇佐見うさみにボールをあずけ、行ってこい! とさけんだ。


宇佐見うさみから大竹おおたけ、そして湊騎みなきとボールがつながり、湊騎みなきがディフェンダーの間にボールをすべませた。相手キーパーが前に出てきている。京太朗けいたろうも、マークについてきた相手を引きずるようにしてゴール前へ。かなり強引な形ではあったが、ころびそうになりながらもばした足が、わずかにボールの軌道きどうを変えた。キーパーもすぐに反応し、身体からだひねりながら手をばしたが、わずか指先のすうセンチ先をボールがすりけた。


同点どうてん


歓声かんせいるようにふえの音がひびく。


前半はもうわずか。再びボールがセットされ、しょうたちもそれぞれのポジションにもどっていく。


「いい形で追いついたぞ! ここからおれたちの時間だ!!」

大竹おおたけがグラウンド全員に聞こえるような大声でさけんだ。


スタンドまでふくめた隼高はやこうの部員全員が大竹に呼応こおうする。


「すごい雰囲気ふんいきですね」

ベンチうらで走りんでいた志摩しまが言うと、監督かんとく

「そういうチームなんだよ、うちは」そして志摩しまの方をり返って

志摩しま、後半あたまから行けるか」

と声をかけた。


ゴールシーンで京太朗けいたろうが少し足をひねったらしい。少し左足をかばって走っているように見える。今後のことを考えると無理させるのは得策とくさくではない、と監督かんとく判断はんだんした。


はい! と元気よく返事をしたが志摩しまの顔は途端とたんけわしくなった。


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