第24節 怒りは力になるか

服部はっとり京太朗けいたろうがボールを止めてリスタートさせようとしていると、大竹が京太朗けいたろうの後ろにそっと近づき、

京太朗ケイ、お前をイライラさせる作戦さくせんだ。せられるなよ」

ささやいた。

「はい、大丈夫です。もう以前のおれとはちがいますよ」

京太朗けいたろうはニヤリと笑った。


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あれは夏のインターハイ予選。2戦目せんめ出来事できごとだった。


2点リードの後半60分すぎから交代で入った京太朗けいたろうは元気いっぱいにピッチを走り回っていた。相手は京太朗けいたろういきおいに押され気味ぎみで、かなりきわどいファールで何度も京太朗けいたろうを止めに来ていた。もちろん、疲れの出ている相手チームが京太朗けいたろうのスピードについていけず、ファールでしか止められなくなっている部分もあった。しかし度重たびかさなるファールでチャンスをつぶされた京太朗けいたろうは少しずつイライラをつのらせていた。


むかえた後半こうはん35分、中央から京太朗けいたろうび出し、それに合わせて大竹がドンピシャのスルーパスを送る。もらった! そう思った瞬間しゅんかん、相手選手のあしび、京太朗けいたろうはそのころがるようにたおれた。


ふえかれ、審判しんぱん胸元むなもとからイエローカードを取り出そうとする。その瞬間しゅんかん、頭にのぼった京太朗けいたろうが相手のユニフォームの首元くびもとつかんでしまう。


審判しんぱんふえ何度なんどはげしくり、京太朗けいたろうにはレッドカードが提示ていじされ、退場たいじょうになってしまった。

10人になった隼高はやこうはそのきびしいたたかいをいられることとなる。1点をかえされ、あやうく同点の危機ききむかえながらもなんとか全員で必死にねばり、残りの時間をしのぎ切った。


頭にのぼっている京太朗けいたろう監督かんとくによって先にロッカールームへげられていたが、試合がわるころにはいていて、流石さすがに一人でしょんぼりと座っていた。


ロッカールームにもどるなり、界登カイ京太朗けいたろうった。


「お前、試合しあいをぶちこわすつもりか!!」


「待て、界登カイ!」


なぐりかからんばかりのいきおいの界登かいとがしながら、西にしいて話し出した。


「あのなぁ京太朗ケイ試合しあいでイライラしてもいいこと何もないぞ。お前だって今日、自分らしいプレーできなかっただろ。挙句あげく退場たいじょうになってチームをピンチにさらし、次の試合も出られない。

お前にとって今日の試合、何かメリットあったか?」


京太朗けいたろうはうなだれたままだ。かすかな声で、すみません、と言った。


「みんなも聞いてくれ。

話しかけてやるとか、かたたたいてやるとか、大したことじゃなくていい。京太朗ケイかせてやることができたはずなんだ。

わかってて何もフォローできなかったおれたちにも責任せきにんがある!」


しかし界登かいとはまだカッカしており、ソッポをいて座っていた。


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ロッカールームを出てとぼとぼと歩く京太朗けいたろうの横に大竹おおたけならんだ。


界登カイも1年の時、たようなことあったんだよ。それで先輩せんぱいおこられてな。人ごとに思えないんだろ」


大竹はしずかにわらいながら京太朗けいたろうに話しかけた。


「やってしまったことはもう仕方しかたがないさ。むしろ今日のことで、他のチームはお前をねらってくるぞ。お前が自滅じめつするのをさそいに来るんだ。いいか、そういう時はわらえ。そういう時こそ、わらえ。イライラしたら相手の思うツボだ。むしろわらって、相手にプレッシャーをかけかえせ。

それにな、わらうと余裕よゆうができる。わらうことでまわりが見られるようになる。

それでもうまく切りえられない時にはおれとかしょうとか、だれでもいいから、たよれ」


「ありがとう、ございます」

京太朗けいたろう真面目まじめな顔をして、大竹の目をぐ見てうなずいた。



大竹の言うとおり、この一件いっけんはどの高校こうこうにもわたってしまった。それ以降いこう京太朗けいたろうが出ると相手チームは京太朗けいたろう挑発ちょうはつし、退場たいじょうさせようとしてくる。しかしあの試合しあいの後、京太朗けいたろうはむやみにイライラしたりいかりを表したりすることはなくなっていた。むしろ余裕よゆうすら見せるようになり、ぎゃく相手あいて選手せんしゅあせらせている。


大人おとなになったもんだなぁ」


そんな京太朗けいたろう様子ようす監督かんとくが目をほぞめてながめていた。


「あれで、まだ1年生なんだぞ!」

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