メンタルコーチな彼女 ー 彼女と、僕と、サッカー部

第２３節 結果ではなく、準備にこだわれ

県大会の最終（さいしゅう）トーナメント初戦（しょせん）を４日後に控（ひか）えたその日、翔（しょう）らは練習前に教室に集まっていた。

対戦（たいせん）相手の分析（ぶんせき）と戦術（せんじゅつ）確認のミーティングだ。

ミーティングを主導（しゅどう）するのはマネージャーの大竹来未（くるみ）。

大竹の妹でもある来未（くるみ）は兄に似（に）て頭の回転（かいてん）が速（はや）い。データ収集（しゅうしゅう）が得意（とくい）で数字にも強く、スカウティング、つまり相手チームの分析（ぶんせき）を一手（いって）に引き受けていた。分析力（ぶんせきりょく）なら大竹以上かもしれない。相手チームの特徴（とくちょう）、注意すべき選手だけでなく、弱点や隼高（はやこう）の強（つよ）みを活（い）かすポイントなど、痒（かゆ）いところに手の届（とど）くレポートを仕上（しあ）げてくる。

来未（くるみ）がスクリーンに映（うつ）し出す動画（どうが）を見ながら、翔（しょう）らは初戦の相手、福永（ふくえい）高校の特徴（とくちょう）を頭に叩（たた）き込（こ）む。

「まず福永（ふくえい）の特徴（とくちょう）としては得点力の高さね。得点を１番とっているのはフォワードの西窪（にしくぼ）選手。だけど、このチームで本当に気をつけるべきは７番の中野選手ね。実は、ゴールに繋（つな）がるプレーの８割が彼を起点（きてん）としてるの」

いつの間に作ってくるのか、来未（くるみ）がテンポよくまとめた福永（ふくえい）高校の得点シーン映像（えいぞう）を流しつつ、細（こま）かい解説（かいせつ）をする。

「以上（いじょう）。付（つ）け入（い）る隙（すき）は充分（じゅうぶん）あると思うわ。何か質問は？」

来未（くるみ）が画像（がぞう）を止めてみんなの方を振（ふ）り返（かえ）る。

「なんか今までよりずっと内容が濃（こ）くなってるな」

翔（しょう）は感心（かんしん）した。

「西（にし）さんにいわれたのよ」

来未（くるみ）はニコリと微笑（ほほえ）みながら西（にし）の方を見（み）やる。

西（にし）は頷（うなず）いて、

「夏の初戦（しょせん）で苦しい思いしたろ。あの反省（はんせい）を活（い）かしたんだ」

夏の初戦。

翔（しょう）らは相手校について簡単（かんたん）なスカウティングのみで試合に臨（のぞ）んだ。今まで練習試合などで何度か対戦（たいせん）しており、一度も負けたことがなかった。普通にやれば勝てると、当然（とうぜん）のように思っていたのだ。

ところが相手に思わぬ形で先制（せんせい）され、その後はガチガチに守られて、隼高（はやこう）はなす術（すべ）がなくなってしまったのだ。セットプレーの流れからなんとか隼高（はやこう）が１点を取り、追（お）いつかれて陣形（じんけい）の乱（みだ）れた相手の隙（すき）を突（つ）いて界登（かいと）が仕留（しと）めた。

最終的には勝てたからいいようなものの、一勝もできないまま夏が終わっていた可能性（かのうせい）もあった。

「福永（ふくえい）相手なら、俺（おれ）たちのサッカーができれば、勝てると思うけどなー」

漣（れん）がのんびりとした声を出す。

「一理（いちり）あるわ。でもね」

来未（くるみ）は話し出す。

「失点（しってん）せず、常（つね）にリードした状態で、パフォーマンスでも相手を上回（うわまわ）っている時は、プラン通りにいくわ。自信（じしん）を持って動くことができると思う。

けど、もし、先に失点したら？

もし、思いがけず相手にボール持たれて、プラン通りにいかなかったら？

もし、相手が今までと全然違うメンバーで、フォーメーションで臨（のぞ）んできたら？

そういう時、どうする？　ってこと。

リスクを想定（そうてい）していなかったら、余裕（よゆう）なくして、慌（あわ）てて、更（さら）なるミスになって、自滅（じめつ）するかも。漣（れん）くんの言う『俺（おれ）たちのサッカー』すら、何もさせてもらえないで終わるかもしれない。

そういう、想定外（そうていがい）なことが起（お）こった時にどうするかっていう、第２、第３のプランを共有（きょうゆう）できていれば、慌（あわ）てなくて済（す）むと思うのよね。

もちろん、試合中に対応（たいおう）して、修正（しゅうせい）していくことも大事（だいじ）。お兄ちゃん、中から指示（しじ）を出すこともできるよね？」

来未（くるみ）は大竹に相槌（あいづち）を求（もと）める。

「でも試合前（しあいまえ）に想定（そうてい）できることを共有（きょうゆう）しておけば、プラン変更の時も意思（いし）疎通（そつう）が早くできる。みんながそれぞれ考えて動くこともできる。

たとえプランＡがダメでも、プランＢ、プランＣ。まだまだ手はある。そう思えることって、試合中の余裕（よゆう）に繋（つな）がると思わない？」

西（にし）が後を続ける。

「もちろん目指（めざ）すよ、俺（おれ）たちのサッカーができるように、毎回パーフェクトなパフォーマンスができるように、十分（じゅうぶん）な準備（じゅんび）をする。

でも、サッカーでは想定外（そうていがい）な事が起（お）こるんだ。判断（はんだん）が遅（おく）れること、判断（はんだん）を誤（あやま）ること、相手がスカウティングを上回（うわまわ）ってくること。だからこそ、リスク管理（かんり）が必要なんだよ。

敵（てき）を知り、己（おのれ）を知れば百戦（ひゃくせん）危（あや）うからずっていうだろ。

練習も、こういうスカウティングもそうだけどさ。準備（じゅんび）の積（つ）み重（かさ）ね。どれだけクオリティ高い準備（じゅんび）ができたか。最終的（さいしゅうてき）には、よりいい準備（じゅんび）ができた方が勝つんじゃないかな」