第22節 応援と、感謝

おれは、やっぱり家族かぞくです」

美波みなみがくは立ち上がり、話し始めた。


朝からりしきる雨のため、その日は室内しつないでの軽いトレーニングの後、ミーティングをおこなっていた。


「お前たちの夢、全国制覇ぜんこくせいはを一番に報告ほうこくしたい人は誰だ?」


集まった部員ぶいんたちに、監督かんとく唐突とうとつな質問を投げかけた。


「今日は、自分が高校サッカーを引退いんたいする時、一番に誰におれいを言いたいか。それを全員に発表してもらう!」


えーっ、とみんなが変な声を出したので、監督かんとく俄然がぜんやる気になったらしい。


「よーし、文句もんくの声が一番でかいやつ、最初にやらせるぞ!」

と大声で宣言せんげんしたので、みんなはあわてて口をつぐんだ。


「いいか、今の自分の環境かんきょう、それをささえてくれているのはだれだ?

親でもいい。兄弟でもいい。友人でもいい。先生でもいい。仲間なかまでもいい。

思いつく一番報告ほうこくしたい相手あいてと、その理由りゆうをみんなに言ってもらう!」


すると、雰囲気ふんいきを読んで大竹伊頼いよりが一番に手をげた。


監督かんとくよろこんで、

「おう、大竹から行くか。いいぞ。みんな拍手はくしゅだ!」とみずからパチパチと盛大せいだい拍手はくしゅをした。


みんながられて拍手はくしゅする中、「簡単かんたんでいいっすか?」と言いながら大竹はその場に立ち上がる。


おれはやっぱり両親りょうしんすね。小さいころからかなり贅沢ぜいたく環境かんきょうあたえてもらってた。

サッカースクールにも入れてもらって、会費かいひ遠征費えんせいひはもちろんだし、弁当べんとうとか、おくむかえとか。

隼高はやこうに入るのも、かねのこととか何も心配しんぱいせず、行きたいって言ったらすぐ賛成さんせいしてくれました。試合しあいもいつも見に来てくれる。ずっと応援おうえんしてもらっています。だから、おれ両親りょうしんにしました。以上いじょうです」


すわりながら、大竹はだれにも気づかれない自然しぜんさで波凪なぎ視線しせんを向けた。波凪なぎ無表情むひょうじょうよそおっているが、その視線しせんを受け止め、わずかに微笑ほほえんだ。


そしてそれぞれが家族や、恩師おんしへの感謝かんしゃべるなか、一番最後さいごに手をげたがくが話しだす。


がくの家は母親と長男ちょうなんがく、そしておとうといもうとの4人家族かぞくだ。がくの父親はがくの妹が生まれて間もなく、くなった。がくの母親は実家じっかもどり、祖母そぼの助けをりながら看護師かんごしの仕事でがくたち3人を育てている。その祖母そぼくなって5年ほどになるか。

看護師かんごしの母親は帰りがおそくなることもおおかったから、長男ちょうなんがくはまだ小さい頃から、妹や弟の面倒めんどうをよく見ていた。しょうもよく一緒いっしょあそんだものだ。4人の時はよくサッカーをした。その影響えいきょうか、がくおとうともサッカーだ。


がく将来しょうらいプロサッカー選手せんしゅになって、母親に早くらくをさせてあげたいと思っているのを、しょうは知っていた。かつ、引退後いんたいごのこともかんがえて大学で教職きょうしょく免許めんきょを取ろうとしていることも。


おれにとっては、家族かぞくすべてのモチベーションなんだよ。

弟や妹が応援おうえんしてくれてるから、おれ頑張がんばろうってなるし、母さんがおそくまで仕事しておれや弟のスパイクだいとかかせいでくれたのわかってるからさ。それにこたえたいっていつも思ってる。

だから、この環境かんきょう時間じかんも、一瞬いっしゅんでも無駄むだにはできないんだ」


がくしょうと2人の時、よくそう言っていた。


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みんなの話を聞きながら、しょうの頭には両親りょうしんや、小中しょうちゅうのコーチ、それからなぜか、柑那かんなの顔がかんでいた。


がんばって、ではなく、がんばろー! とわかぎわにいつも声をかけてくれる柑那かんなが、まるで一緒いっしょたたかってくれているようで、最近さいきんしょうにとってはいつしかモチベーションのひとつになっていたのだ。

自分の頑張がんばりをみとめてくれる人がいること、自分のことを信じてくれる人がいること、応援おうえんしてくれる人がいることが、無条件むじょうけん勇気ゆうきになる。それって、とてつもなく幸せなことだよな。


がくが話し終わり、なんとなく室内しつないがシンとした空気くうきつつまれる中、


「ねぇ、私たちにも少しは感謝かんしゃしてくれてもイイと思うんだけど!?

だれか一人くらい名前出してくれると思ったのにぃ!」


かなでが立ち上がり、プッと顔をふくらませて、主張しゅちょうする。


「なんでだよ!」

部員たちはドッと爆笑ばくしょうし、なごやかな雰囲気ふんいきになった。


あの一件以来いらいかなではすっかり部員たちに可愛かわいがられている。元々もともといやみなく感情かんじょうを表せるタイプで、あいされキャラなのだ。


「今日はみんなに、一番に報告ほうこくしたい人を発表はっぴょうしてもらった。

これはなぁ、ただ発表してもらっただけじゃないんだ。みんなが一番先に報告したい人、つまりそれは感謝かんしゃつたえたい人なんだ。

感謝かんしゃ』ってのはな、人をしあわせにする。感謝かんしゃされた人だけじゃなく、感謝かんしゃした人もだ。しあわせなやつは、物事ものごとがうまくいく。そしてストレスがまりにくくなる。だから、みんなには、たくさんの人に感謝かんしゃする気持ちを持ってもらいたい。

うーん、今日のおれはちょっと説教せっきょうくさいな!」


と言って部員の笑いをとってから、監督かんとくは続けた。


「お前たちのサッカーノートに、感謝かんしゃしたい人の名前を書け。一人だけじゃないだろう? 今までに会った人、お世話せわになった人、応援おうえんしてくれた人、感謝かんしゃする相手は多ければ多いほどいい。の仲間もそうだろ。どんどん書け! たくさんいればそれだけ、お前たちの支えになる。

そして、最後にかならずその人たちにおれいを言いに行け。そのために、練習も試合も全力で向き合え。そうすればきっと、いい報告ほうこくができるはずだ」


「みんなー、マネージャーの名前も忘れずに書けよ!」

湊騎みなきが大声で言った。


外は土砂降どしゃぶりの雨だったが、しょうらの気持ちはなぜか、れとしていた。


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