第19節 チームの成長

その日、しょうはある決意けついをして自転車じてんしゃを走らせていた。

夏休なつやすみも残りわずかになり、空が高く感じる。

さかりの時期じきにはシャアシャアとかさなるようにいていたせみの声も、最近さいきん礼儀れいぎ正しく交互こうごに歌い出すツクツクボウシばかりが目立めだつようになった。


=================


話は3日前にさかのぼる。

練習の後、しょうはぼんやりとかぎをかけたままの自転車にまたがっていた。風は時折ときおりすずしさをぜ、汗を冷やしていく。


「お呼びでしょうか?」


呼んでないけど、と言い返しながらり向くと、わざと真面目まじめな顔で執事しつじのようなポーズを決める柑那かんなが立っていた。


「いつもタイミング良く現れるよな」


県大会けんたいかい敗退はいたいの後、しょうたちは他の学校と練習試合をいくつか行い、全ての試合に勝利。今の隼高はやこう弱点じゃくてんなどないように見える。にもかかわらず、しょう危機感ききかんを持っていた。何か言葉にくせない物足ものたりなさがある。何より、自分だけがあせっているような気がしていることが、一番モヤモヤした。


こういう時、界登カイがいればな。としょうは思い出していた。

界登かいとだったら、きっとこんなゆるんだ空気をきらう。イライラしだすので、自然とみんながピリッとするのだ。


決勝戦けっしょうせんの後、みんなで話し合い、界登かいとのためにも選手権せんしゅけんでは絶対に全国へ行こうとちかい合ったが、実際じっさいのところ、これといった課題かだいかばず、なんとなくみんな現状げんじょうに満足している感じがする。これ以上どうやって成長すればいいのか。


翔はずっとむねにつかえていたものを一気いっきき出した。


柑那かんなさくにもたれ、だまって翔の話を聞いていた。翔が話し終わるとびをするように空をあおぎ、ぽっかりとかんだ雲をながめていたが、そうだ! と言って急に翔になおる。

「ちょっと一緒に来て!」

と先に立って小走こばしりになった。

しょうあわてて自転車から飛びりると、無造作むぞうさにカゴにほうんでいたカバンをつかんで柑那かんな背中せなかを追いかけた。駐輪場ちゅうりんじょうけると、そこには古い大きな建物がそびえ立っている。


図書館としょかん?」


しょう不思議ふしぎそうに言うと、くちびる人差ひとさし指をあて、しずかに、と合図あいずをしながら柑那かんなは重いドアを両手でした。


隼高はやこう図書館としょかんちく50年ほどの、天井てんじょうの高い建物だった。中に入ると古い本のにおいが鼻につく。部活ばかりやっていたせいで、翔が図書館に来たのはこれで2回目だった。1回目は入学直後に先輩せんぱいれられて学校案内をされた時だから、本来ほんらいの目的でおとずれるのは実質じっしつ初めてということになる。だが柑那かんなれた様子ようす書棚しょだなの間を早足はやあしけていく。


たしかこのへんに……」


柑那かんなひとごとをつぶやきながら、分厚ぶあつい本が並ぶたなの前に立ち止まると、手を伸ばす。何冊かたなから取り出すと、後ろでただ見ているだけの翔に向かって、「ちょっと。ぼーっと見てないで手伝って?」とり返った。

柑那かんな背伸せのびしてばした指が、1冊の本の背表紙せびょうしにやっととどいていた。翔は後ろから手を伸ばし、本をたなから引き出した。

柑那かんなはするりと本棚ほんだなの列から抜け出すと近くの机の上にどさり、とかかえた本をろす。

まあ座って、と翔に椅子をすすめながら柑那かんな自身じしんとなり椅子いすに座り、翔のすぐとなりまで椅子いすせた。横から手を伸ばし翔が手にしていた本を開いてのぞむ。

どの本もたような内容ではあるんだけどね、と柑那は言いながら順々じゅんじゅんに開いた目次もくじを翔にしめした。


「チーム作りの、参考になると思うんだ」


机いっぱいに広げられた本を見て翔が戸惑とまどっているのを見て、柑那かんな

「どれも内容はているから、どれか気になったのを1さつえらんでじっくり読むといいわよ」

と、アドバイスした。

なるほど、と翔は手元てもとの1冊を手に取り、パラパラとページをめくる。気づくと翔は夢中むちゅうになって次々つぎつぎと本を手にとっていた。


柑那かんな邪魔じゃまをせず、そんなしょうだまって見守みまもっていた。翔が全部の本を見終わったところで

「どう?良さそうなのあった?」

小声こごえささやく。


「うん、これが気になった」

と柑那に見せたのは最初に翔が手に取った本だった。


「じゃ、これりていこ!」

柑那かんなは手早く残りの本を元の位置にもどし、翔をうながして受付でし出しの手続きをさせた。貸出かしだし期間きかん一週間いっしゅうかんです、という事務的じむてき図書としょ委員いいんの声が合図あいずのように柑那かんなはさっときびすを返す。翔はまた柑那かんなの背中を追いかけた。

あつとびら外側そとがわに出ると柑那かんなは、ぷはぁ、と大きくいきいてわらった。手を広げくるっと振り返れば髪がふわり、と風を受ける。


「多分、今、しょうくんがなやんでることってその本に書かれていることなんじゃないかなぁって思うんだ。参考さんこうになるといいんだけど!」


り返った柑那かんな笑顔えがおは、夕焼ゆうやけにらされてまぶしく光っていた。


しょう柑那かんなすすめられて借りた本は、ある国の代表だいひょうチームが、チーム発足ほっそくからW杯ワールドカップ優勝ゆうしょうするまでの軌跡きせき監督かんとく目線めせんえがいたものだった。 


代表チームは、各クラブチームで活躍かつやくしている選手が招集しょうしゅうされて作られる。普段ふだん、それぞれのクラブでチームのはしらとなっている選手たちはつよ個性こせいかたまりだ。それを一つにまとめること、また関係性かんけいせいを作っていくことについてなや監督かんとくのさまざまな挑戦ちょうせんこころみが一つひとつ丁寧ていねい解説かいせつされている。


その中で翔の目に止まったのは、チームがようやくまとまりを見せてきた頃、選手たちが衝突しょうとつおそれておたがいへの要求ようきゅうをしなくなったという場面ばめんだった。ある程度のチームの約束事やくそくごとが固まり、上手くいくようになると、このバランスをくずしたくないという思いから、みだす行動をしなくなる。するとおたがい本音を言い出しづらくなり、チームが停滞ていたいしてしまう。そこを一段いちだんけ出し上に行くためには、一度その関係をぶっこわすような思い切った行動が必要だったというエピソードだった。

そこまでの時間でしっかり関係をきずけていれば、お互いにぶつかりあったとしても関係はこわれないはずだと、めくくられていた。


読みながら、翔らもこの快適かいてきな今の関係から抜け出せていないのではないか、と翔は直感ちょっかんした。メンバーの顔が一人ひとり思いかぶ。みんななかが良くて、いいチームになってきた。でも、どこかで遠慮えんりょしているのかもしれない。もっと本音を聞きたいなと、思い始めていた。


=================


そして迎えた今日の練習試合。

夏休み最後の練習となった今日は、市内の高校との対戦たいせん隼高はやこうが5—1で快勝かいしょうした。

試合後の部室にホッとした空気がただよい、ガヤガヤとにぎやかな声がする。


楽勝らくしょうだったな」


そんな声が聞こえたのをきっかけに、けっして翔は切り出した。


楽勝らくしょう? 最近、ちょっといい気になってんじゃないのか」


「は? いきなりなんだよ翔!?」


「市内でそこそこ強くなったからって、全国レベルで見たら正直しょうじきたいしたことないだろ。の中のかわず


春にくらべて確かに強くなってはきているよ。でも、勝てなかった、全国行けなかったじゃないか。目標もくひょうかなえられなかったんだよ」


「それは界登カイ怪我けがをしたから……」


決勝戦けっしょうせんまでは行けたけど、いつもギリギリの戦いだっただろ。それに、選手権せんしゅけん界登カイきで戦わなきゃならないかもしれないんだぞ。界登カイたよりきるのはやめようって話したばかりじゃないか。忘れたのかよ?


もし全国に行けたとしても、初戦しょせんで負けて終わるんじゃないかと思う。正直、全国ぜんこく優勝ゆうしょうとか夢のまた夢。

今の僕たちじゃ、それがせいぜいじゃないかな」


「そんな言い方……」


「せっかく今うまくいってるのに……」


動揺どうようする部員を前に翔はさらに言葉をぐ。


「うまくいってる? 本当にそうだろうか? なんとなく、うまくいっているような気分きぶんになっているだけじゃないか? お互いが、もっと本気で高いレベルを要求ようきゅうできてる? できてないよな。全国めてんじゃないの?」


「待てよ」


がくが立ち上がる。


「そういう翔こそ、何ができてるっての?」


「大体さ、最後の失点、あれなんだよ。

ふせげない失点じゃなかったろ。5点とって油断ゆだんしてたんじゃないのか?」


「そもそも、あれはパスミスから始まったんだぞ」


「ミスしても気にすんなって話だったじゃねぇか」


「チャレンジをおそれるなって話だろ? ぜっかえすなよ」


「ミスしてもいい雰囲気ふんいきを作ろうとは言ったけど、だからってミスしていいって話じゃないだろ? ミスしても大丈夫って、ミスをり返してたら意味がねぇよ!」


おれが悪いっての?

それを言うなら、お前のポジショニングがいけないんだろ。

パスが出てから走るんじゃ遅いんだよ。パスが出るって予測して走れよ。

そのくらいわかるだろ」


「そのくらいって!? 俺は足元あしもとに欲しかったんだよ!」


「相手のディフェンス足が止まってたろ? 俺のパスの方が有効ゆうこうだって!」


「確かにあそこでボール取られたのは痛かったけど、せめてパスの出どころにケア入っておけば、向こうにチャンスはなかったぜ?

せがあまいんだよ、疲れてたのかよ?」


「まあ待てよ、それ以前からミスが増えてただろ。

あれじゃ、失点も時間の問題だとおれは思ってたけどな」


「思ってたなら、その場で言えよ! なんとかできたかもしれないだろ?」


「お前もさ。前半のやつ、なんだよ」


「だから、その場で言えよ!

しょうがねぇみたいな顔されたらこっちもやる気なくすんだよ!」


「そんな顔いつしたよ!

俺は、パスじゃなくて自分でシュート打てよって言ってんの。なんのために毎日居残いのこり練習してんだよ! こういう時にかさないでいつやるんだよ!」


「それを言うなら、後半のプレーもそうだよ。結果的に失点しなかったけど、あそこはワンツーで戻すところだろ?」


それぞれが言いたいことを言い出し、部室の中は耳をふさぎたくなるような大騒ぎになった。誰と誰が言い合いをしているのかわからないほどに。


「う、る、さーーーい!!!」


突然とつぜんバターンとドアが開いて、みんな思わず息をみ、部室が静まり返る。

かなで仁王におうちになり、後ろにびっくりした顔の波凪なぎ来未くるみも立っていた。


「もうっ、なんなんですか!! みんな外まで怒鳴どなごえひびいてる!

ケンカしないでください! 言いたいことがあるならちゃんと話し合って!!」


みんな思わず顔を見合みあわせる。


「えーっと」

と、西にしあらたまった声を出す。


「俺たちケンカしてたんじゃないんだけど」


思わず、みきがブフッとき出した。

伝染でんせんするように他の部員もアハハ、と声を出して笑い始める。


「えっ、えっ、どういうこと??」


今度は逆にかなで面食めんくらうばんだ。


「俺たち、どうしたらもっと良くなるかって話し合ってただけだぜ?」


「うん、喧嘩けんかしてるつもりは、なかったよな」


「ま、声は少々大きかったかもしれないけれど……」


「出たァ! かなではやとちり!」


みんなが笑い出し、かなでは一人になって、もう! やめてよ! と手をバタバタさせている。


「よし続きだ! まだ俺としゃべってねぇやつ、誰だぁ? かかって来いよ!」


「おう! り上がってきたぜ!」


みきかなでの頭をポンポンとたたく。心配いらないよ、というように。


「翔、さっきのわざとだろ」


いつの間にとなりに来ていたのか、がくが話しかけてきた。


「わざと、みんなをきつけるような言い方しただろ」


翔はくしゃっと襟足えりあしをかき上げる。

「てことは、がくはそれに気づいてて乗って来たんだな?」


「まぁな。翔の考えてることくらいわかるさ。

翔、最近いろいろかかんでただろ。みんな気づいてたんだぜ」


えっ、とおどろいて翔はみんなの方を見る。


「だからみんな、こうやって本音を言ってんだよ」


自分だけがなやんでいるつもりになっていた。それこそ、本音を言えてなかったのは自分の方だ。みんながわかってくれないと勝手に思いこんでいた、自分こそが。


がく大騒おおさわぎする部員ぶいんたちを見やり、

「じゃあおれたちも行きますか」

と笑って、みんなのの中へび込んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る