第16節 夏の終わりー焦りと怪我

インターハイ、県大会決勝は生憎あいにく雨模様あめもよう


「雨の日の試合は何が起こるかわからないからな」


監督かんとくはフォワードじんにどんどんシュートを打っていけ、と指示した。


西とディフェンダーは集まって守備しゅび確認かくにんしている。雨で思わぬ方向へボールが動くこともあるので、お互いの連携れんけいが大事になる。


「いいかー、ピッチコンディションをよく確認しておけよ!」


監督の声に押し出され、しょうたちはピッチに飛び出した。

「タッチラインぎわ、水がまりやすくなってるぞ。ボールが止まりやすいから、気をつけろ」翔たちは芝の状態や、ボールのスピードを確認しながら、体をあたためていく。


「あれ、この前のスカウトじゃねぇ?」


部員たちがざわついている。以前、学校にも来たことがあるJリーグのスカウトがメインスタンドで誰かと話している。相手もどこかのスカウトだろうか。


「すげぇ、誰を見に来たんだろ!」

「そりゃ、界登カイ先輩じゃねぇ?」

服部はっとりもありえるよな!」


プロのスカウトが自分たちの試合を見てくれる。そんな状況は胸が高まるものであったが、雨で視界がかすむ中、走り回っているうちに翔はすっかり忘れていた。


キックオフから10分、相手に先制せんせいを許したが、やはり事故的じこてき失点しってんだった。セットプレーのこぼれだまが予想外の方向へ転がり、だれも反応が間に合わなかったのだ。ボールは力なくゴールなかばで止まった。


くやしがる西にしに、大竹おおたけが声をかける。

「大丈夫大丈夫。すぐ取り返してやるよ」


その言葉通り、隼高はやこうも大竹が思い切りのいいボレーシュートをはなつ。キーパーの前でバウンドしたボールは指先をかすめるようにしてネットをらし、雨の飛沫しぶきを飛ばした。


その後はお互い集中した時間が続き、同点のまま、終盤しゅうばんむかえていた。


なんとか逆転のゴールを決めようと、界登かいとは何度もゴール前に飛び込んでいったが、相手のマークもきびしく、なかなか決定的なチャンスには結びつけられない。


界登かいとあせり始めていた。スカウトの前で決勝ゴールを決めれば、何よりのアピールになる。監督かんとくもそれを感じていたのか、ギリギリまで界登かいとを引っっていた。しかし試合時間も残り少なくなり、なかなかスコアは動かない。

京太朗けいたろう交代こうたいのため呼ばれた。

交代の前に結果を出したい! 界登かいとの強い思いが無理なプレーを誘った。


相手ディフェンダーがクリアしようとしたボールに無理やり突っ込んでマイボールにしようとしたのだ。雨で予想以上にすべった界登かいとの身体は、相手選手ともつれてたおれ込む。


ピーッ!!


ふえかれ、審判しんぱんる。真っ青な顔をした界登かいとが立ち上がれずにいた。

「カイト!!」

大竹おおたけの声がピッチに響く。

行けるか、という問いかけにも界登かいとは答えず、苦痛くつうに顔をゆがめている。普段なら多少痛くてもプレーすることにこだわる界登かいとが、大丈夫と言わないことが、事態の深刻しんこくさをかたっているようで、しょう寒気さむけおぼえた。


がくがベンチにバツのサインを送る。

審判しんぱんの合図で、界登かいとはそのまま担架たんかでピッチの外に出された。準備していた京太朗けいたろうが代わりにピッチに入る。


頭が真っ白になる、というのはこういうことなのか。残りの時間、どうプレーしたのかしょうはほとんど記憶になかった。


バラバラになった隼高はやこう見逃みのがさず、相手チームがチャンスをものにする。その後も京太朗けいたろうがなんとかしようと孤軍奮闘こぐんふんとうピッチを走り回ったが、ゴールは生まれず、そのまま試合終了のふえを聞いた。


試合後の挨拶あいさつもそこそこに、みんなは監督かんとくそばけ寄った。試合に負けたというのに、感情が何もいてこない。


監督かんとく! 界登カイは……!」


監督から、笑顔が消えていた。こんなけわしい表情の監督を見たことがあっただろうか。


「今病院に向かわせた。詳しいことはまだわからんが……」


その後の表彰式ひょうしょうしきも全く頭に入ってこなかった。いつの間に終わったのか、しょうらはロッカールームにいた。のろのろと手を動かして着替えた。誰も、何も、言葉をはっしなかった。


重苦おもくるしい空気にえかねて、キャプテンとして何か言わなければと思えば思うほど、適切てきせつな言葉が出てこなかった。

何を言っても絵空事えそらごとになるような気がして、のど重苦おもくるしくまったようになり、声が出ない。


口火くちびを切ったのは、意外いがいにも京太朗けいたろうだった。


「勝てなくて、界登カイ先輩に合わせる顔がないっす……」


みんながうなだれた。そうだ、全国大会まであと一歩のところまでせまっていたにもかかわらず、みすみすのがしてしまった。

一番全国に行きたがっていた界登かいとを、れていけなくなってしまった。


「確かに、なさけないな」


そう言葉にしたら何かがこみ上げてきた。翔は強くくちびるんでこらえた。

試合に負けた、くやしさなのか。界登カイがいなければ何もできなくなってしまった自分たちへのなさけなさなのか。


外で電話をしていた監督がドアを開けて入ってきて、みんなの視線が集中する。


くわしい検査をしてからでないとはっきりしたことは言えないが、数ヶ月は無理なようだ。

それからな。

杉山は病院に向かう車の中で、試合に勝ったか、それを気にしていたそうだぞ。

お前らのすべきことはなんだ。

自分たちの頭で考えろ」


監督はそれだけ言うと、ロッカールームを後にした。

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