第15節 ミスを恐れない

その日は紅白戦こうはくせんが行われていた。2年3年がみだれ、1年生も一部混じっている。


夏のインターハイに向けて、メンバー入りがかかった紅白戦こうはくせんだ。みんな真剣しんけんそのもの、ガチでやり合っている。しょうも赤いビブスをつけてボールを追っていた。


「おいシマ! もっと前!!」


今日は何度も志摩しま航希こうきが杉山界登かいとに声をかけられていた。しょうも後ろから声をかけていたが、志摩しまのポジションのすきかれ、ディフェンダーから長いパスを通されたしょうらのチームが失点した。


「ごめん!!」


志摩しまの声がグラウンドにひびく。


「ドンマイ! 1本取り返そう!」


志摩しまはミスを取り返そうと必死に走っていたが、だんだんと余裕よゆうをなくしていくようだった。

しょう志摩しまへパスを通す。その動きを見て界登かいと志摩しまを呼びながら中央へ走り込む。ディフェンスが志摩しま素早すばやせに行ったが、界登かいとの声が聞こえなかったのか、見えなかったのか、とにかく志摩しまはパスを出さず、その間をなか強引ごういんに抜けようと突っ込んだ。白いビブスのみきが出した足にボールは引っかかり、それを拾った宇佐見うさみが前線の湊騎みなき反撃はんげきのパスを通す。


ピー!

湊騎みなきの放ったシュートはゴールキーパーの指先をすり抜けるようにしてネットにさった。


「お前何やってんだよ! パス出せよ!!」

よろこぶ白チームを苦々にがにがしげに見ながら、界登かいとがイライラとした口調くちょう志摩しま怒鳴どなった。


「ごめん……」


シュンとしている背中が気になって、しょうは練習後、志摩しまに声をかけた。


「おいシマ、どうした? 今日は、らしくなかったな」


「ああ、今日の紅白戦、大事だって意識したら、緊張しちゃってさ。なんかいつもみたいにできなかった」


「あんまり気にすんなよ、チャンスはまだあるさ」


翔はそう言ってなぐさめたが、志摩しまの様子はそれから数日ってもおかしかった。


今の志摩しまはすっかり自信じしんをなくし、悪循環あくじゅんかんおちいっているように見えた。ミスを恐れるあまり、身体がかたくなり判断が遅れミスになる。ミスをすることでどんどんプレーが消極的しょうきょくてきになる。


このままじゃヤバいな……。志摩しま界登かいと湊騎みなきに比べると技術面では若干じゃっかん見劣みおとりするが、俊足しゅんそくが武器で、長身を活かしたプレーにも魅力がある。志摩しまが最後の1年、と普段の練習から気合を入れてやっていることに気づいていた翔は、その様子が気になった。


翔は帰りかけた志摩しまを呼び止め、少し話さないか、と駐輪場ちゅうりんじょうさそった。

柑那かんながいないかなとちょっと期待きたいしたが、彼女の姿は見えなかった。


さくりかかりながらしょう志摩しまに話しかける。

「なぁ、何か困ってることあるんじゃないのか?」


志摩しまは答えなかった。しょうもずっとだまっていた。

無言むごんえかね、志摩しまの重い口がやっと開く。


「こないだの紅白戦、失点に2回も絡んでしまったし、もうダメだなって思ったんだ」


「もうダメって? 確かに紅白戦のミスはいただけなかったと思うけど。でも誰だってミスはするものだし。僕はもちろん、界登カイでさえもさ」


「それは、そうだけど。

おれ当落とうらく線上せんじょうにいるだろ。界登カイなら多少のミスをしても監督かんとくは選ぶよ。でも俺は……あんなミスしてるようじゃ落とされる」


「どうしてそう思うの?」


「どうして?? だって界登カイ隼高はやこうのエースだろ。だけどおれの代わりは、いっぱいいるさ」


そうかなぁ、と翔は思いながら志摩しま切羽せっぱまった表情を見ていた。


「まずさ、どうして志摩しまは自分が落ちると思ってるんだい?」


「だって……おれ下手へただし」


「そんな違うかよ。界登カイだからって、レギュラー約束されてるわけじゃないだろ。界登カイだってしょうもないプレーしてたら落とされるし、いいプレーするやつなら1年だってメンバーに入れる。監督かんとくはそういう人だと思うけど。違うかな?」


しょう志摩しまの表情を見ながら、言葉を続ける。


界登カイもさ、あいつなりに必死ひっしでやってるんだよ。去年までも一生懸命いっしょうけんめいにやってたと思うけどさ、今年は覚悟かくごが違うよ。あいつは本気でプロ目指してるから。今、上手いからってそれに満足してない。だから、界登カイはみんなから信頼されるんだ」


志摩しま途中とちゅうからうなだれていた。

しょうが言葉を切ると、2人の間に静かな時間が流れる。

志摩しまが小さな声で何か言い、しょうはえっ? っと志摩しまの顔をのぞき込んだ。


「言いわけだよな……」


志摩しまはもう一度、小さな声で言った。


「自信がないことへの言い訳なんだ。多分おれ、ミスしたからしょうがない、って、選ばれないことへの保険ほけんかけてたんだ」


志摩しま、一緒に全国行きたくないか?」


「行きたいけど……無理むりだよ」


「どうして、そう思う?」


「こうやってミス引きずって、自分に言い訳してる」


「それだよ。志摩しまが上手いとか、下手とかじゃないんだよ。今自分で無理むりだって言ったろ。

ミスしたこと引きずって、言い訳して、だから無理むりだって。そしたら無理むりに決まってるじゃないか。

今みたいなプレーがずっと続いたら確かにメンバー入れないだろうけど、本来ほんらい志摩しまはそういう選手じゃないだろ? 前みたいなプレーできたら、志摩しまだってメンバー入れるって、僕は思うよ?」


「そうかな……だけど、きっとみんなだって、監督かんとくだって僕よりも……」


「誰がどう思うかじゃねぇ、志摩しまは、お前自身は、どっちの自分になりたいんだよ?」


「そりゃぁ!!」

志摩しまが声を上げたが、急激きゅうげきに小さくなり、「試合は……出たいさ」と最後はギリギリ聞こえる声で言った。


「じゃあ、もう忘れろよ! そうやってミスを引きずってたら、いつまでも変わらないぞ。ミスしたことは忘れて、あの時どうしたらよかったのか、それだけを覚えてればそれでいいだろ?」


翔は思わず志摩しまの肩を強くつかんでいた。志摩しまはグッとくちびるんでいる。


「それにさ。界登カイが怒ったのって、別に志摩しまがミスったからじゃないと思うよ」


志摩しまおどろいて顔を上げる。


「1回目の失点の時は、界登カイ怒らなかったろ? 1点目は、志摩しまが判断をミスったのが原因。あれは、練習で修正できる。界登カイが怒ったのは2点目の時。2点目はどんなプレーだった?」


「2点目は……俺があせって無理してドリブルで突っかけて……」


「そうそれ。どうして焦ったの?」


「俺のミスで失点したから、なんとかしなきゃって思って……」


「うん。それで?」


「それで、余裕よゆうなくて、周りが見えなくて。界登カイにも出せなくて、みきにとられて……」


「だろ?

1点目はミスだから仕方ない。でも2点目はミスじゃない。防げたから。だから、界登カイは怒ったんだと、僕は思う。


ミスはないにしたことはないけど、やっぱりあるんだよ。どうしてもある。そういう時に大事なのは、その後どうできるかだと思うよ。ミスしちゃったってあわてて、さらにミスを重ねたら、意味ないじゃん。ミスはミスとして、次はしっかりやろうって、思えばいいだけだよ」


しょう柑那かんなに以前言われたことを思い出していた。


「ミスしたらどうしようって思うと、余計ミスするんだってさ。

だからどうしようなんて思わなくていいんだよ。どうしたら次はうまくいくかってことだけ、考えてればいい」


志摩しまは目を丸くした。


「ミスは誰にでもある。同じミスを何度もしなければそれでいい。よかったじゃないか。紅白戦でさ。トーナメントだったら、敗退はいたいしてたぞ。紅白戦でこのミスを経験したから、もう次は、同じ失敗をしなくてむだろ?」


くちびるんだまま、志摩しまはコクっとうなずいた。


「それにさ、サッカーはチームでやるもんだ。志摩しまがミスしても、まわりでカバーできる。一人じゃないんだよ。もっと、頼れよ。

そうだな。志摩しまがミスった時、もっと僕たちも声かけてやれればよかったよな。そうしたら志摩しまもすぐ切り替えられて、余裕よゆうなくすこともなかった。周りが見えてたら次のミスはなかったかもしれない。気づいてやれなくて、ごめんな」


思いがけない言葉が出て、しょうは自分でもびっくりした。

ちょっと泣きたい気持ちになったが、きっとそれは志摩しまにつられたからだと、翔は思った。

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