第34話、お手伝い
ソフィアが俺に頼んだ具体的な内容は、アリスの録画したプレイ動画に付ける日本語字幕の作成だ。
VtuberアリスがRPGをプレイしながら喋る全ての内容を、誤訳無く日本語として文字に起こしていく作業を任された。
俺は留学生であるソフィアが周囲の人々と仲良くなれるよう、彼女の前に立ち塞がっていた言葉の壁を乗り越える為の手助けとして通訳をずっと続けてきた。
その甲斐もあってソフィアはクラスメイトと打ち解ける事が出来たし、姫奈という友人も出来て、不自由のない生活を送れていたと思う。
そしてそんな彼女は俺の通訳をとても高く評価してくれていたのだ。
『レンの通訳って本当に上手なのよね。わたしの喋ってる内容を日本語に上手く翻訳して、それを周りに分かりやすく伝えてくれるんだもの。とっても助かってるわ』
『やっぱりアリスちゃんの配信を見ながら英語の勉強をしたからなのかもな。ソフィーが話す内容を頭の中で翻訳するのって凄く自然に出来るんだよ』
『やっぱりそうだったのね。そんなレンだから動画の翻訳をお願いしたいの。レンは誰よりもアリスちゃんに詳しいから、きっと誰よりも素敵な日本語字幕を付けてくれるって』
『ああ、任せとけ。アリスちゃんの可愛いトークもリアクションも、俺がばっちり魅力溢れる内容で日本の視聴者に伝えてみせるからさ』
そうして始まった俺の仕事。
ソフィアの部屋でパソコンに向かい合いながら、彼女の録画したプレイ動画に全ての神経を集中させている。
時間も忘れて彼女の発言の一つ一つを英語から日本語に訳していく作業は中々骨が折れたが、それもアリスの魅力を伝える為だと思うと苦ではなかった。
その途中でトンっと肩を叩かれて振り返ると、トレイの上にオレンジジュースを乗せて、優しく微笑みながら俺を見つめるソフィアの姿があった。
『お疲れ様、レン。飲み物持ってきたわよ』
『おっ、ありがと。ちょうど喉が乾いてたんだ。助かるよ』
『レンは本当に凄いわね。何度も声をかけたのに集中してて全然気が付かないんだもの』
『それはすまなかったな。どうしてもこういう作業をしてる時って周りの音が聞こえなくなるんだよ』
ソフィアが差し出してくれたグラスを受け取り、ストローを挿してから口を付ける。程よく冷えていて美味しい。
俺が一息ついたのを見て、ソフィアも自分の分のジュースをテーブルに置いてから俺の隣にあった椅子に腰をかけた。
それから俺の膝にそっと手を置いてくる。
『わたし、レンを尊敬するわ。こんなにも真剣に集中して作業が出来るなんて本当に凄い事よ。生徒会のお手伝いをしていた時もそうだったけど、こうして一生懸命に打ち込んでるレンってとってもカッコよくて素敵だと思う』
頬を赤らめながら上目遣いで見つめられて、こんなに可愛い彼女からカッコよくて素敵だと褒められて、嬉しくないわけがない。
思わずニヤケ顔になってしまうのだが、作業の最中にソフィアの前でだらしない顔を見せるわけにはいかない。
すぐに顔を引きしめてソフィアが用意してくれたオレンジジュースで喉を潤す。冷たくてさっぱりとした酸味と甘味が広がって心も同時に引き締まった。
けれど、そうやって落ち着こうとする俺の気持ちを知ってか知らずか、ソフィアは甘えるように身体を寄せてくる。
柔らかい感触と共にふわりと甘い香りに包まれて力が抜ける。俺は落としそうになったオレンジジュースを慌てて持ち直した。
『ちょ、ちょっと……ソフィー?』
『えへ、こうやってレンと作業するの何だか楽しくなっちゃって。わたしアリスとしてのお仕事をする時はいつも一人だったから、誰かと一緒にこうやって二人でVtuber活動に打ち込むのって初めてで凄く楽しいの』
『まぁ、確かにそうか。事務所の人とやり取りはあるだろうけど、Vtuberとして動画を撮ったり配信したりの活動は基本的に全部一人でこなしてるもんな』
『そうなの。でも今はこうやって隣にレンがいてくれる、こんなふうに支えてもらうのは初めてで、その初めての人がレンなんだなって思うと、胸の奥がぽかぽかして幸せな気分になるの』
ソフィアは俺の腕を抱き寄せて、幸せそうに笑みを浮かべる。そんな彼女の姿を見ていると俺まで心が温かくなっていった。
今まで憧れ続けていた推しの力になれている、彼女を幸せに出来ているんだと思うと嬉しくて仕方がなかった。
『だからこうやって甘えてくれてるのか。本当にソフィーは可愛いよな、よしよし』
『ふにゃぁ……レンのなでなで』
ソフィアの頭を撫でてあげると彼女は猫のように目を細めて、もっとして欲しいとばかりに身を預けてくる。
俺の手に頭を擦り寄せて、ふにゃりと蕩けた表情をする彼女が可愛くて愛おしくて仕方がなかった。
『今日はなでなでするのは反則だって言わないのか?』
『言わない、もっとして欲しいから。好きなだけなでなでしていいの』
『わかった。じゃあ今日は遠慮なくなでなでさせてもらうな』
ソフィアの綺麗な金髪に手を添えて優しく撫でていく。さらさらの髪は絹のような滑らかさだ。
彼女は心地良さそうに目を閉じて、甘っぽい声を漏らすその仕草はまるで本物の猫のようだった。
『んっ……レンのなでなで好き。 優しくてあったかいから、とっても安心できるの』
『俺もソフィーを撫でるの好きだぞ。髪の毛サラサラでいつまでも触っていたくなるから』
『えへへ……て、照れちゃう。レンに褒められると嬉しくて幸せで、わたしまたふにゃふにゃになる』
ソフィアの笑顔がさらに甘く柔らかく溶けていって、俺もそれに釣られるように頬が緩んでしまう。二人きりの部屋の中、お互いの体温を感じながら過ごすこの時間は、とても穏やかで優しいものだった。
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