第33話、支えたい
アリスの新たなプロジェクトの協力を受け入れた俺は、なんとソフィアの自宅に招き入れられていた。
ソフィアが俺の夕飯を作ってくれたり、朝食を一緒に食べたりする為に俺の家の方に上がる事は以前から何度もあったが、彼女の自宅に招かれたのはこれが初めてだ。俺の部屋と同じ間取りの1LDKで広さはそこそこあるが、引っ越してきたばかりで家具が少ないせいかどこか殺風景に見える。
リビングを見回しているとソフィアはゆっくりと俺の手を引いた。
『リビングはあんまり使ってなくて特に何も置いてないの。レンに来てほしいのはわたしが配信に使ってる個室の方』
『えっ、アリスちゃんの聖域に俺が入ってもいいのか?』
『あは、聖域ってレンは面白い言い方をするのね。そんな大した場所じゃないから。配信用のパソコンとベッドがあるくらいで普通の部屋よ。それにレンはわたしのプロジェクトを手伝ってくれる人なんだから遠慮しないでいいの。はい、こっち来て』
『あわわ……!』
ソフィアは大した場所じゃないと言っているが、今までずっとアリスを応援し続けてきた俺からすればそこは紛うことなき聖域だ。その場所でアリスは世界中のファンに向けて、Vtuberとしての可憐な姿を見せてくれているんだから。
そんな場所に足を踏み入れる事に緊張しながら、俺は彼女に引かれるがまま案内される。
ドアを開けて中に入ると、そこにはデスクトップ型の大きなパソコンとモニター、それから机の上にはキーボードとマウス、高そうなマイクやカメラなどが置かれている。あとは女の子らしい可愛らしい家具だったり柔らかそうなベッドだったり、小物類なんかがちらほらと置かれている感じだ。
それに部屋に入った瞬間にいつもソフィアから感じる甘くて優しい香りがしてそれだけでドキドキしてしまう。
そんな俺の様子を察してか、ソフィアはくすりと小さく笑みを漏らす。
『レン、もしかして女の子の部屋に来るの初めて?』
『あ、当たり前だろ。俺の家に上げた女の子だってソフィアが初めてだし、こんな風に女の子の部屋にお邪魔するのだって初めてだよ……』
『そっか、ふーん……えへへ。わたしって本当にツイてるわよね』
『な、なんだよ急にニヤけて。ツイてるって何がラッキーだったんだ?』
『このやり取りをレンと出来るのが最高にラッキーってこと。さっ、パソコンの電源をつけるわね。ちょっと待ってて』
『あ、ああ……』
ソフィアが何を言いたいのかよく分からなかったが、とりあえず今は言われた通りに大人しく待つ事にした。
しばらくすると起動音と共にパソコンのモニターに光が灯る。
ソフィアは慣れた手つきでパソコンを操作してからこちらに振り向いて言った。
『早速だけど見て欲しいの。昨日、レンとヒナさんと買い物を済ませて家に帰った後ね、このゲームをプレイした時の様子を録画していたの』
『それはつまり、アリスちゃんとしてプレイした映像って事だよな? まだネットにもアップされてない未公開の動画を俺が……』
『そういう事ね。ここから編集作業が残ってるからアップするのは当分先、そしてこの動画を完成させる為にもレンの協力が必要不可欠なの』
『さっき言ってたアリスちゃんの新しいプロジェクトって事か……。俺、頑張るからな』
『やる気満々で助かるわ。それじゃあ再生するわね』
ソフィアはマウスを手に取って操作し始める。再生ボタンをクリックすると、パソコンのスピーカーからゲームの音声とアリスちゃんの声が流れ始めた。
俺はソフィアの隣に並んで、彼女の肩に手を置きながら食い入るように画面を見つめる。
映っているのはアリスが日本で有名なRPGをプレイする様子。
剣と魔法の世界で勇者となり世界征服を企む魔王を倒す王道のファンタジーで、日本人なら大人から子供まで、ゲームをプレイしない人でも名前を知っている程の有名な作品だ。
このゲームは何作にも続いてシリーズ化されており、発売される度にミリオンセラーを遥かに超える売上を叩き出すなど、日本人にとっては馴染み深い国民的人気を誇るタイトルである。
ただしその人気は日本に留まっており海外ではあまり売れていないのが実情だ。決して不人気というわけではないだろうが、海外の人達にはいまいちウケが良くないようなのだ。
いくら300万人のチャンネル登録数を持つアリスでもこのゲームのプレイ動画で人気を博すのはきっと難しいだろう。
英語圏で活躍しているVtuberでこのゲームを実況している人はほぼおらず、このゲームの実況動画をアップしたとしても、それをチャンネル登録者数の増加に繋げるのは難しいと思うのが普通だ。
けれどそれは【英語圏の視聴者】に向けて動画をアップしたら、の話。
逆に日本のVtuberはこのゲームをプレイして多くの視聴者を魅了してきた実績がある。
大手事務所に所属する日本の有名VtuberはこのRPGの配信を通じてたくさんの視聴者を獲得したり、ゲーム内に存在するカジノを使って他のVtuberとコラボして実況配信を行い、その企画が大成功して一気にチャンネル登録者数を増やしたりした事もある。
つまり日本人向けにこのRPGをプレイするアリスの姿を広める事で、英語圏の視聴者だけでなく日本に数多くいるVtuber好きの人々を魅了出来るなら、それはきっと新しいファンの獲得に繋がっていく。彼女の言うようにチャンネル登録者数400万人だって夢じゃないのだ。
これがソフィアから告げられたプロジェクトの内容。
つまり彼女は日本の視聴者向けの動画を製作する為に、英語と日本語の両方が分かり読み書きも出来て、Vtuber文化についても詳しい俺の力を借りたいと頼んできたというわけだ。
ソフィアは真剣な眼差しでモニターを見ながらマウスを操作する。隣に立っていた俺も彼女の録画したプレイ動画に意識を向けた。
『どう、レン。変なところはない?』
『そうだな。外国人のアリスちゃんがこうやって日本のRPGをプレイして新鮮な反応を見せる姿ってのは良いもんだ。日本の人は誰だってこの作品を知っているからさ、どうしてもプレイした時には【知っている】って感じで進んでいくだろ。物語にしてもモンスターにしても、武器やアイテムだってどれも日本の人にとっては馴染みのあるものだからな』
日本で最も有名なRPGだからこそ、序盤に出てくる雑魚モンスターや初めから装備している武器や防具、序盤の展開なども俺達にとってはどれもよく知っているものだ。
それが俺達には安心感を与えてくれるが、ソフィアの場合はそうじゃない。瞳を輝かせながらどんな事にでも驚いたり興味深い反応を示して、可愛らしいリアクションをする彼女の姿は新鮮で見ている人を魅了する。
『アリスちゃんみたいな何にも知らない女の子がこの世界を冒険していく姿を見ていると、この先に何が起こるんだろうってワクワク感が凄いんだよ。俺達は知っているけど、アリスちゃんは何も知らないから、見守りたいなってどんなリアクションを見せてくれるのかってこの先の展開がめちゃくちゃ気になって仕方ない』
『えへへ……そこまで褒めてくれるなんて嬉しいわ。正直不安だったのよね。本当に右も左も分からない状況だから、下手なプレイをしたら視聴してくれた人に幻滅されそうで怖かったのよ。でもレンにそう言ってもらえて凄く安心した』
『自信持てよ、ソフィー。やっぱりアリスちゃんは最高に可愛い。リアクションもいつも最高さ。俺もアリスちゃんの良さを日本の大勢の人に知ってもらいたい、こんなにも魅力的な女の子がいるって事を日本中に広めたいんだ』
『あーやばっ……そんな事言われたら嬉しすぎてまた顔がふにゃふにゃよ。レンはいっつも真っ直ぐにわたしを褒めて応援してくれるから、ほら見て。こんな顔になっちゃってる』
いつもなら照れて恥ずかしがって顔を両手で隠すソフィアが、今だけはそのふにゃふにゃになった顔を俺に見せてくれた。
その綻んだ顔には満面の笑顔が浮かんでいて、ほっぺたを赤くして熱い吐息を漏らしながらうっとりとした瞳を俺へと向ける。
その表情は今まで見たソフィアの笑顔の中で一番輝いて見えて、俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。
あぁ……もう、本当に可愛すぎるだろ。俺に褒められて嬉しいって気持ちを隠すことなく、こうやって見せてくれているソフィアが愛おしくて堪らない。
そして同時に俺はそんな彼女の為に全力を尽くしたいと心の底から思った。
ソフィアなら出来る。
文化を越えて言葉を越えて、海の向こうにいたアリスが俺の心を魅了したあの時のように、彼女なら日本にいる多くの人達の心に感動を与える事が出来るはず。
だから俺が彼女の力になる。彼女が日本で成功する為の手助けをしてみせる。この先ずっと活躍し続けるアリスの姿を隣で見ていたい。彼女と一緒に夢を追いかけ続けたい。それが彼女を、ソフィアを支えたいと願う俺の想いだ。
その想いと共に俺はソフィアの手を握る。
彼女も優しく包み込むように俺の手を握り返してくれた。
『頑張ろうな、ソフィー。絶対に成功させよう』
『ありがとう、レン。一緒に頑張りましょうね』
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