第19話、推しの手料理②
それからしばらく経った後、いつもは質素な食事の並ぶテーブルに手の込んだ美味しそうな料理が並んでいた。
野菜たっぷりのカレーライスに付け合せのスープ、眺めているだけでお腹が鳴りそうになる。
『こりゃすっげえや。めちゃくちゃ美味そう……』
『ありがと、そう言ってもらえて嬉しいわ。本当はスパイスから作ってあげたかったんだけどね。今日は帰りも遅かったし時間がなかったから市販のルーを使ったけど、今度作ってあげるから期待しててね』
『今度って、また俺の為に料理してくれるのか?』
『当然でしょ。明日の朝ご飯も用意するし、昼食に食べるお弁当だって作ってあげたいわ』
『い、いや……そこまでしてもらうのは本当に申し訳ないというか……』
『だめよ。ここでちゃんとしないとレンの食生活が心配だもの。一人暮らしなんだからバランス良く食べないとだめ。これからはわたしがしっかり食べさせてあげます』
『でもなんか悪いな、俺の為に色々してくれて』
『いいの。好きでやってる事だし、むしろわたしの方がお礼を言いたいくらい。レンにはいっぱいお世話になってるんだから、これでもまだ足りないくらいなのよ』
ソフィアは俺を真っ直ぐ見つめてそう言った。
その瞳からは嘘偽りのない感謝の気持ちが込められているようで、俺はただ照れくさくて視線を泳がせる事しか出来なかった。
それから俺とソフィアは向かい合う形でテーブルに着く。盛り付けられたカレーライスとスープを前にしてソフィアはニコリと笑った。
『それじゃあ冷めないうちに食べちゃいましょ。おかわりもあるから好きなだけ食べてね』
『ではお言葉に甘えて。いただきます』
両手を合わせた後、すぐスプーンを手に取ってまずはカレーを一口。
ソフィアが丹精込めて作ったカレーは市販のルーを使っているとは思えない程に絶品だった。野菜の旨味とスパイスの香りが食欲を掻き立てる。ごろっとした鶏のモモ肉も入っていて具沢山のカレーは頬張る度に自然と笑顔になる美味しさだった。
次にスープを口に含むとこちらも文句なしの出来栄えだ。コンソメベースのスープは優しい味わいで、具材のニンジン、玉ねぎ、ジャガイモどれもホクホクしていて食べ応えがある。
あまりの美味しさに感動して頬を緩ませていると、ソフィアはそんな俺の姿を見て満足気に笑っていた。
『レンってすごく美味しそうに食べるのね。何だかとっても嬉しくなっちゃうわ』
『実際にマジで美味いからな。これならいくらでもおかわり出来るよ、やばいな美味すぎる』
推しが俺の為に手料理を振る舞ってくれただけで昇天する程に嬉しいのに、その上作ってくれたカレーライスもスープも俺好みの味わいでめちゃくちゃに美味いのだ。もう幸せ過ぎてどうしようもない。
そのまま夢中になってガツガツと食べ進めている俺と、俺の食べる姿を眺めながら嬉しそうにカレーを小さな口に運ぶソフィア。
暖かで幸せな食卓の風景がそこにはあって、お腹だけではなく心まで満たしていくようだった。
そうして野菜たっぷりの手作りカレーに舌鼓を打っていると、ふとソフィアと目が合った。彼女は何故か頬を僅かに紅潮させながら俺を見ていて、どこか落ち着かない様子に見える。
どうかしたのかと思って首を傾げた時だった。
『レン、ちょっと動かないで』
椅子から立ち上がったソフィアは俺に向かって身体を乗り出す。伸ばした手は俺の頬に向けられていた。
その整った顔立ちが間近にあって、碧い瞳は吸い込まれてしまいそうな程に綺麗で、心臓が大きく跳ね上がった。
それからソフィアの伸ばした手が俺の頬に触れる。優しく触れてくる小さな手の感触がくすぐったくて、思わず身を捩りそうになったが何とか堪えた。
『な、何してるんだ……?』
『大丈夫。そのまま良い子にしててね。はい、取れたっ』
俺の頬からゆっくりと離れていく柔らかな感触、ソフィアは悪戯っぽい笑顔を浮かべながらさっき触れた指先を見せた。
『ほら、ほっぺたにご飯粒付けたまま夢中になって食べてるんだもの。子供みたいで可愛かったわ』
『そ、それ。教えてくれたら自分で取ったのに……』
『えへへ、ごめんね。レンってばカレー食べるのに夢中になってて全然気が付かないから、ちょっとからかいたくなっちゃったの。でもおかげでレンの可愛いところを見れたし、わたしとしては大満足ね』
『うぐ……。まぁ確かに恥ずかしいとこ見せたけど、あんまりからかわないでくれよ……。こんな事されたらドキドキしすぎてヤバいんだって』
恥ずかしさのあまり俯いている俺とは対照的に、ソフィアは楽しそうにクスクスと笑う。
その無邪気な笑顔を見ていると怒るに怒れず、頬に帯びる甘い熱はしばらく消えてくれそうになかった。
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