第18話、推しの手料理①

『よーし、今日は頑張っちゃうわよ。レンに美味しいもの食べてもらうんだから』


 スーパーで買い物を済ませた後の事。


 髪をポニーテールにしてエプロン姿になったソフィアが腕まくりをしている。そんな彼女の横顔を眺めながら、俺はその眩い光景に目を細めていた。


 憧れの存在であり今まで応援し続けてきた推しのアリス、彼女を演じる絶世の美少女であるソフィアが手料理を振る舞う為に、俺の住む部屋のキッチンに立っているのだ。


 俺は彼女の隣で大人しくしていたが、内心では興奮で胸を高鳴らせていた。推しの手料理が食べられるなんて夢みたいな話で、今すぐにでも飛び上がって喜びたいところだが……ここではしゃいで料理の邪魔をするわけにはいかないよな。


 ソフィアは手を洗い終えた後、俺のキッチン収納棚にある調理器具を眺めている。


『うんうん、調理器具は揃っているわね。パスタしか作らないって聞いた時はうちから持ってこないといけないかも、って思ってたけど』

『まあ、俺の母さんがな。一人暮らしするんだから自炊もしっかりしなさいよって、結構良いやつを買ってくれてさ』


『ふーんそうなの。でもどれも新品みたいね。鍋とフライパンくらいかしら、使っている形跡があるのって。包丁もまな板も綺麗だし』

『パスタ茹でるのに使う鍋と、そのパスタを炒める時のフライパン。それ以外には用がないからな』


『具材を切ったりしないの? パスタならペペロンチーノとかナポリタンだったり、ベーコンやウィンナーを刻んで入れたりしない?』

『いや。焼きスパは焼肉のタレ入れて麺を炒めるだけだしな。焼きスパ以外の場合は味付けをどうするかくらいで後は気分次第だ』

『はあ……そんなのずっと食べてたら死んじゃうわよ、それ』


 ため息まじりに呆れた表情を浮かべるソフィア。俺はその言葉に何も言い返せず苦笑いしか出てこない。


 アリスを応援する為に色々と切り詰めた生活をしているからな。今みたいに若いうちはまだ良いが、この生活を続けていたらソフィアの言うようにいずれドカンと大きな反動が来そうだ。


『とにかくレンには栄養を付けてもらうから。キッチンは自由に使って良いのよね?』

『ああ、問題ない。好きに使ってくれ』


『それなら遠慮なく。料理の方を始めちゃうわね』

『おう、頼む。俺も何か手伝った方が良いか?』


『大丈夫。レンはリビングで良い子にしててね。ここは任せなさい』

『そっか。じゃあ悪いけどよろしく』

『うん、今日は美味しいもの食べさせてあげるわね』


 自信満々にそう告げたソフィアは料理を開始する。その後ろ姿を眺めながら、俺はリビングのソファーに座って静かに待つ事にした。


 彼女はさっきスーパーで買った食材の入ったレジ袋に手を伸ばす。


 中には色とりどりの野菜やお肉などが入っているのだが、俺に食べさせる為に買うのだからお金はこっちで出すと話をしても『そんなの気にしないで』とソフィアに押し切られてしまった。


 その時『こう見えてもわたしってばお金持ちなのよ』と得意げに胸を張っていたソフィア。


 確かにチャンネル登録者数300万人を超えるVtuberアリスとして活動しているのだから、俺には想像出来ないくらいに稼いでいるのだろうなとは思う。


 けれど俺としては料理まで作ってもらって食費まで出してくれるのは、何だか申し訳ない気持ちでいっぱいになって、同時に俺の為にそこまでやってくれるソフィアの優しさに感動していた。


 そんなやり取りを思い出していると、ソフィアは厚手の鍋にオリーブオイルをひいて火にかける。温まったところで一口大に切った鶏肉、細かく刻んだ玉ねぎを炒め始めるソフィア。


 ふんふん♪と可愛らしい鼻歌を奏でながら、金色の長いポニーテールを揺らして料理をする美少女の姿は絵になるものだ。そんな眩い光景がこうして俺のキッチンで繰り広げられているのはまさに眼福だった。


 そして何よりソフィアは楽しそうに料理を作る。弾むように動く足取りに、時々こちらを振り向いて見せる笑顔。そんな姿を見ているだけで幸せな気分になれてしまう。


(ソフィーって本当に良い子だよな……)


 いつも配信で見ているアリスの姿と、今こうして料理をしているソフィアの姿が重なる。


 配信してる時のアリスは元気いっぱいですごく楽しそうで、見ているだけでこっちまで幸せな気分になれた。何事にも真剣で一生懸命な彼女の姿を目にすると応援したいという衝動が込み上げてくるのだ。


 ソフィアがこうして料理を真剣に、楽しそうに、一生懸命に取り組む姿はまさしくアリスそのもので、そんな彼女を間近に感じて熱い想いがどんどん溢れていく。


 そうしてその後ろ姿に見惚れていると、ソフィアは自分の部屋から持ってきた別のビニール袋に手を伸ばした。


 取り出した長方形の箱を開いて、その中身を鍋の中に入れると――スパイスの効いた馴染みのある濃厚な香りがキッチンから漂ってくる。


『あれ、この匂いって……?』

『ふふっ、気付いちゃった? 正解よ、レン』


 俺の言葉を聞いたソフィアは嬉しそうな笑みを浮かべながら手に取ったものを軽く掲げる。


 それはカレーのルー、市販のもので俺も良く知っていた。


『食べ盛りのレンにはお腹いっぱい食べて欲しくて。でも栄養もちゃんと取らないとでしょ? だからみんな大好きなカレーライスを作って、具材は野菜たっぷりにしようと思ったの』

『なるほどな、そこまで考えてくれてたのか』


『もちろんっ。レンには美味しいものを食べて欲しいし、わたしも日本のカレーは大好きだから。作るなら絶対これがいいなって思ってたの』

『俺もカレーは大好きなんだ。ありがとな。嬉しいよ、ソフィー』


『えへへ……どういたしまして。それじゃあもうちょっと待っててね、ご飯も炊いてあるし完成したらすぐ夕食にしましょう』

『でも野菜の皮むきとか手伝おうか? 流石に何にもしてないで見てるだけって気が引けてさ』


『良いの、気にしないで。レンが怪我とかしたら危ないし、ここはわたしに任せて』

『ならせめて皿洗いくらいは手伝えるから言ってくれよ』

『ありがとう。じゃあその時はお願いするわね』


 微笑んだソフィアはまた料理に戻る。

 手際よく調理を進める後ろ姿を眺めながら、もし結婚して奥さんが出来た時はこんな感じなんだろうかと――妙な想像をしてしまって頬が熱くなる。


 こうしてソフィアが楽しそうに料理をする姿は、アリスの配信を見ている時以上に心が躍り、そして温かな気持ちになれるものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る