第17話、推しからの提案
ソフィーとの帰り道、俺はふと目に入ったスーパーの前で立ち止まった。
隣にいたソフィアは俺が立ち止まると首を傾げ、こちらを見上げて問いかけてくる。
『どうしたの、レン? 何か買いたいものでもある?』
『ああ、パスタが切れてたのを思い出した。せっかくだから買っていくか』
『レンは夕食にいつもパスタを食べるの? 日本人の主食はお米よね?』
『あーお米は大好きなんだけどな。つい何杯も食べちゃうし、それにおかずも色々欲しくなっちゃって』
『あら、いっぱい食べるのは良い事じゃない? レンって食べ盛りの時期でしょう、たくさん食べた方が良いと思うわよ』
『まあ確かにそうだけど、俺の場合は色々と事情があってな。基本的にパスタに軽く味付けして食べるくらいが俺の夕食さ』
『パスタに軽く味付けするくらい……? どんな理由があるのかしら?』
『節約しないとなんだ。食費は出来るだけ切り詰めたいし無駄遣いは出来なくて』
『節約……凄いわね、これからの為に貯金を始めているの?』
『いや。アリスにスパチャ送らないといけないし、グッズやCD買ったりするのにお金が必要だろ』
『ちょっ……それが理由で食費を切り詰めて、いつもパスタに軽く味付けしたくらいで夕食を済ませてるってわけ……?』
『そういう事だな。ちなみに今日は茹でたパスタを炒めて焼肉のタレをかける、通称【焼きスパ】にしようと思ってて。これがコスパ最強で美味しいんだぞ』
俺が普段食べている節約飯を自慢気に話すと、ソフィアは呆れたような表情で大きなため息を吐いた。それからジトッとした視線を俺に向けて、ちょっと怒ったように頬を膨らませながら呟く。
『だめよ、そんなのばかり食べていたら身体を壊しちゃう!』
『いやいや、大丈夫だって。ほれこの通り俺は健康だろ?』
『今は良くても将来だめになっちゃうの! もうっ……ヒナさんが心配していた気持ちが分かったわ。いつも昼食は購買のパンだって言っていたし……じゃあ朝は何を食べてるの?』
『んーあれだ。ゼリー系の栄養補助食品を朝食代わりにしてる。一個100円しない安いやつがあってさ。あれ飲むと授業の時とか頭が良く回るんだよ、コスパ良いよなあ』
『……信じられない。レンってばわたしが思っていた以上に不摂生な生活を送っているのね』
ソフィアは額に手を当てて再び大きくため息を吐き出すと真剣な眼差しを俺に向けた。
『わたしが作るわ! わたしがレンの食事を作ってあげる!』
『え、ソフィーが? い、いや、大丈夫だって。いくら隣人でもそんな迷惑かけるわけには――』
『もう決めたのっ、わたしが作りますっ!』
『マジ……?』
『大マジよっ! 身体に良いものいっぱい買って行くんだから』
『お、おい、ちょっと待て、引っ張るなって』
ソフィアは俺の腕を掴むとそのままスーパーの中に入っていく。
そして買い物カゴを手にすると彼女は真っ先に野菜コーナーの前に立った。その勢いに圧倒されている俺に向かって、ソフィアは腰に手を当てた姿勢で聞いてくる。
『レンは嫌いなものある? あるなら教えて欲しいの』
『な、無いです』
『そっか、良かった。それなら遠慮なく選べるわね。レンは野菜不足間違いなしだから野菜をメインにして――でも食べ盛りの男の子のお腹をいっぱいにするなら……よしっ、決めたわ!』
ぱちんっと指を鳴らしたソフィアは手際よく必要な食材を選んでいく。彼女が手に取ったものは、にんじん、かぼちゃ、パプリカ、トマトなどの緑黄色野菜。他にもたまねぎやしゃがいもなどがずらりと並ぶ。
『あとはお肉のほうね、鶏のモモ肉か豚バラのどっちにしようかしら。レン、どっちか好きな方を選んで』
『じ、じゃあ、鶏肉の方』
『わかったわ、鶏のモモ肉にしていくわね。あとはオリーブオイル、他に必要なのはえーっと』
『何を作るつもりなんだ? やっぱりイギリス料理か?』
『いえ違うわ。わたしのママって生粋のイギリス人だけど日本食が大好きで、いつも夕食に並ぶのって日本食だったの。わたしの舌も日本の料理になれちゃって、だから今日作るのはレンにとって馴染みのある食べ物よ』
『へぇーそうなのか。イギリス料理ってあんまり食べた事ないから、そう言われるまでちょっと不安だった』
『大丈夫よ。レンにもきっと気に入ってもらえると思う。楽しみにしておいてね』
『ああ、期待しておくよ』
俺の言葉を聞いたソフィアはにっこりと微笑み、それからテキパキとした動きで必要なものを買い物カゴに入れていく。
果たしてソフィアは何を作ってくれるのか、それを楽しみにしながら俺はその後をついていった。
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