第14話、本当の姿
『今日も楽しい一日だったわね、レン』
放課後、ソフィアは上機嫌にそう言いながら俺と一緒に廊下を歩いている。
昼休みに姫奈と仲良くなった事は彼女にとって大きな収穫だったようだ。
日本での憧れの高校生活を過ごす上で友人の存在は欠かせない。同性の姫奈と仲良くなれたのはこれからの生活に大きなプラスとなるだろう。
そんな事を考えながら二人で正面玄関に着いたところで、俺のポケットに入っていたスマホが震えた。
画面を確認するとメッセージが届いていて、その内容を見ながら俺は苦笑いを浮かべる。
『レン、どうかした? 何か用事でも入ったのかしら?』
『あ、ああ……ちょっとした野暮用だな。あいつ、タイミングを見計らってメッセージを送ってきたみたいだ』
俺はため息をつきつつスマホをポケットにしまう。それから玄関横に設置してある自販機に近寄ると小銭を入れてコーラを購入した。
『ソフィー、ちょっとその野暮用を済ませてくる。先に帰っててくれ』
『え、嫌よ。レンと一緒じゃないと帰りたくない』
『マンションへの道順は覚えたろ? それに今はまだ日も落ちてないし、昨日と違ってそこまで心配する事もないさ』
『だめ、わたしはレンと一緒に帰る。一緒に帰らないならずっとここで待ってるから』
駄々っ子のように首を縦に振らないソフィア。ぎゅっと俺の服の袖を掴んで離さず、一緒に帰りたいと上目遣いで訴えかけてくる。
推しからここまで懐かれて頼られているというのは最高に嬉しいもので、内心ではデレデレになっている。けれどそんな姿を見せればきっとまたソフィアにからかわれてしまうな、とあくまでも俺は平静を装う事にした。
仕方ないなと肩を落として小さく笑うと、ソフィアは嬉しそうに微笑む。こんな表情を見せられたら断れる訳がないよな。
『それじゃあ良い子で待っててくれ、すぐに済ませて戻ってくるから。それと正面玄関にいると厄介な男子生徒に絡まれるかもしれない、裏口の方で待っててくれないか?』
『分かったわ。なるべく早く戻って来てね』
そうしてソフィアを裏口で待たせ、俺は階段を登って教室棟と別棟を繋ぐ連絡通路を進んでいく。
先程メッセージを送ってきた相手は別棟の最奥にある部屋で俺を待っている。
そこに着いた俺はその部屋の前まで来ると軽くノックをして扉を開いた。
室内は広くもなく狭くもない、長机とパイプ椅子がいくつか並んでおり、壁際には資料の詰まった本棚が敷き詰められ、床には書類の入ったダンボール箱がいくつか置いてある。
そこは生徒会室で、その部屋の窓際に佇む一人の少女はゆっくりと振り返った。
「連、来てくれたのですね。首を長くして待っていましたよ」
「まったく、こんな事でいちいち呼び出したりするなっての」
俺はため息交じりに彼女一人だけの生徒会室の中へ入り、いつものように扉に鍵をかけてから窓際にいた彼女の元に歩み寄る。
こうして俺を待っていたのは幼馴染であり、この学校の生徒会長を務める姫奈だ。長い黒髪をなびかせながら嬉しそうに微笑む彼女の姿を見て、俺はもう一度ため息をつく。
俺が隣に立ったところで姫奈はカーテンを閉める。そして生徒会長と書かれたプレートのある席に座ると、俺に向かって手を差し出した。
「んっ」
「んっ、じゃないが。その前に言う事あるだろ?」
「ありがと、んっ」
「……はぁ」
差し出された手にさっき自販機で買ったコーラの缶を握らせる。
すると姫奈は嬉しそうな笑みを浮かべてプルタブを開けると一口飲んでから、ぷはぁっと満足げな声を上げた。
「んまっ~。生き返るぅ~」
「お前、本当にコーラ好きだよな……」
ごくりと喉を鳴らした姫奈は、床に置かれたダンボール箱に指を差す。
「んっ」
「はいはい、持ってくればいいんだろ……」
俺はやれやれといった感じで肩をすくめながらそのダンボールを開封する。
中にはファイルがいくつも入っているのだが、どれもかなり年代物の資料で今はもう用がない。そんな古い資料の詰まったダンボール箱を姫奈が指を差した理由は他にある。
重なっていた資料を全て取り出すとその下にはまた別の箱があって、それを開けると中から出てくるのはポテトチップスなどのスナック菓子。つまりこの古い資料はお菓子を隠す為のカモフラージュでしかない。
コンソメ味のポテトチップスを持って再び姫奈の元に戻り、それをテーブルの上に置くと彼女は不満げに俺を見上げた。
「んっ」
「開けろってか……? 分かりましたよ……」
袋を開封して広げると、姫奈は嬉しそうにポテチへ手を伸ばして食べ始める。その表情はゆるゆるに緩みきっていて、溶けたマシュマロとか生焼けのたこ焼きみたいな顔をしている。
そこには普段の凛とした雰囲気のある生徒会長の姿はなく、ただひたすらに怠惰を貪るダメ人間の姿があった。
「ふああ、放課後ぽてち、学校こーら、さいこぉ~」
「幸せそうだな、おい……」
両手にポテチとコーラを持ちながらうっとりした顔で呟く姫奈。
その姿は俺だけが知っている黒陽 姫奈の秘密。
というか、これが彼女の本当の姿だとは誰にも言えるはずがない――。
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