第8話、推しからのサプライズ
学校を出る頃には空もすっかり茜色に染まっていて、ぽつぽつと街灯に明かりがつき始めていた。
俺は今、ソフィアと並んで一緒に帰っている。
女の子と二人きりで下校するなんて俺にとって初めての経験だった。
しかも、その相手が超絶美少女のソフィアで、更に俺の推しであるアリスの中の人なのだから、まさかこんな事になるなんて夢にも思っておらず、緊張し過ぎて喉がカラカラだ。
それでもこのまま無言で帰るのはどうかと思い、俺は当たり障りのない話題を振ってみる。
『なあソフィーの家ってどの辺りにあるんだ? 送っていくのは構わないんだけど、家の大体の位置が分からないと俺も迷子になりかねないというか』
『それについてなんだけど。わたしのお家の事は一旦置いといて、レンの住んでるマンションに行きましょ』
『えっ……来るの? 俺のマンションに?』
『そういう事になるわね。わたしを送り届けるのはそれからでいいわ』
『俺のマンションに来て何をするつもりだ? ま、まさか、アリスの秘密を暴露してないかチェックする為に、俺のパソコンを……!?』
ソフィアとの約束を守って、俺はアリスの素性について誰にも話していない。けれどソフィアはそれが本当かどうか不安に思っている可能性はある。
俺のスマホやパソコンを事細かにチェックして、アリスの秘密が守られているかを確かめたいんじゃないだろうか。
しかし待ってくれ。男のパソコンには女性に見られてはいけないあんなものやこんなものがあって、特に俺の場合はアリスのちょっとあれなイラストだったりが大量に保存されていて、それをアリスの中の人であるソフィアに見られた日には――。
――死ねる。
恥ずかしすぎて死んでしまう。
ソフィアからドン引きされて、一生口を聞いてもらえないなんて可能性すらある。どうしようかと冷や汗をかきながら焦っていると、ソフィアは吹き出すように笑った。
『ぷっ、なによその顔。大丈夫、正直言ってあなたが約束を破るなんて、わたしは絶対ないと思ってるわ。公園で助けてくれたあの時からレンの事は信用してるし、だからまあ喫茶店でちょっと口が滑っちゃったんだけどね』
『口が滑ったって、アリスとソフィーは性格が真逆だって内容か。あれにはびっくりしたよな』
『まあびっくりするわよね。普通は応援してくれてる人にそんなイメージ壊れるような事言わないでしょ? ファンの人には理想のアリス像を持ち続けて欲しいって思うのが当然だもの。でもあなたと話してたらつい本音が出ちゃったのよね』
『それはつまり俺になら本当の自分をさらけ出せるって事?』
『あーそうなのかもね……。自分でもよく分からないけど、あなたとはどこか波長が合って話しやすいのかもしれないわ』
『波長が合う、か。確かに趣味とか同じだったしな、アニメにゲームにラノベ好き。ソフィーが典型的なオタクだったとは正直俺も驚いたけど』
『わたしは別に自分がオタクだとは思っていないからね? あくまで一般的なレベルだし、わたしより詳しい人はいくらでもいるわよ』
『いやいや。俺と一緒にアニメやゲームの話をした時のソフィー、誰がどう見てもオタクだったな。だって好きなアニメの名シーンについて熱く語ってる時とかさ、完全にスイッチ入ってたじゃん』
『そ、それは仕方ないじゃない。好きなものを語る時って止まらなくなっちゃうのよ。それにレンが話をしてた時はもっと酷かったと思うわ。アリスがいかに凄いかって力説してた時のレン、あれはもうヤバかったもの』
『ソフィーも一緒だって、ヤバかった。つまりあれだ。俺達は似た者同士、お互い様だって事だな』
『まあ似てるっていうのは否定しないわ。レンとお話してる時って楽しいし、出会ったばかりなのに気兼ねなく話せるもの』
『だな。俺もソフィーとは遠慮なく話せるんだよなあ、不思議だけどさ』
好きなものを語る時の俺達はそっくりだった。同じように瞳を輝かせて、とても生き生きしていて、だからこそ俺達はすぐに打ち解けたんだと思う。
『それで話を戻すけど、信用してくれてるならどうして俺のマンションまで来る必要があるんだ?』
『それは着いてからのお楽しみにしましょ。嫌だって言っても拒否権はないからね、断ったらアリスのスペシャルASMRの件は無しにするわよ』
『くっ、それを引き合いに出されたら確かに俺に拒否権はない……っ』
まさかアリスのスペシャルASMRを人質に取られてしまうとは。
くそっ、今人生で一番の楽しみにしているあの約束が無しになってしまったら、俺は多分一生後悔する事になる。どうやらここはソフィアの言う通りにするしかないらしい。
『ふふ、まあそんな固くならないでよ。別に何か企んでるわけでもないから。ただびっくりするかもね、わたしもびっくりしたんだから』
『ええ……一体何があるんだ……?』
『だから着いてからのお楽しみ。わたしもあなたがどんな顔をするのか楽しみにしてるの。ほら行くわよ、道案内はよろしくね』
ソフィアは悪戯っぽく笑った後に歩き出し、俺はそんな彼女の様子に首を傾げながらマンションまでの道のりを案内した。
俺の住むマンションは学校から徒歩15分程度の距離にあって、自分で言うのも何だがなかなか良い物件だと思う。
オートロック付きでセキュリティもしっかりしていて、壁も厚く防音設備やネット回線も整っている。駅も近いしスーパーなんかもあって、かなり優良な部類に入るだろう。それに部屋の間取りも1LDKで一人暮らしをする分には申し分ない広さだ。
マンションに着いてからもソフィアは何だか楽しそうな表情を浮かべていた。
『レンと一緒に帰ったおかげで道順もようやく覚えられたわ、これなら明日から大丈夫そうよ』
『いやいや。俺のマンションまでの道順を覚えても仕方ないだろうよ、その前に自分の家への帰り方を覚えてくれ』
そうツッコミを入れつつ、俺はエントランスの中にソフィアを招き入れる。
『最終確認だけどマジで来るんだな……?』
『当然よ。ていうかレン、なんだかとっても緊張してるみたいじゃない。もしかして女の子をお家に上げるのは初めてなのかしら?』
『……っ、そ、そうだよ。これが初めてだよ』
『やっぱりね。顔真っ赤にしちゃって可愛い反応してるんだもの』
クスっと笑うソフィアからそう指摘されて更に俺の顔は熱を帯びていく。
ああ悪いかよ、こちとら彼女いない歴=年齢の陰キャオタクだよ。
そもそも俺は推しのアリスに人生捧げているから、他の女性に興味なんて全くありません、だから別に寂しくなんてないんですー! と心の中で孤独な雄叫びを上げる俺。一方でソフィアは澄んだ碧い瞳でじっと見つめてきた。
『それじゃあ恋人もいないって事ね。ふふっ、そっか。えへへ……っ、そうなんだ』
ソフィアは少し照れ臭そうに頬を染めて口元を緩ませる。
え、何その反応。
なんだか俺に恋人がいない事を知って喜んでるみたいで、ちょっとドキドキしてしまうんだけど……。ていうか、その笑顔反則じゃない? 俺を尊死させるつもりか?
そもそも推しの中の人が俺の自宅を訪問するって、よくよく考えなくてもファンにとってヤバすぎるシチュエーションなんじゃないかこれ。
今更になってとんでもない状況になっている事に気付いて、俺の心臓はバクバク高鳴っていく。けれど、そんな俺の動揺などお構いなしといった感じでソフィアは俺の手を取った。
『さ、行くわよ。お楽しみはこれからなんだから』
『お楽しみ……っ』
果たしてこの先に一体何が待っているのか。ごくりと唾を飲み込みながら、俺はソフィアと一緒にエントランスを抜けていく。彼女の言うお楽しみが何なのかに期待しつつ、二人でエレベーターへと乗り込んだ。
そして5階、俺は自分の部屋の前にまでソフィアを案内する。
『ここが俺の部屋、ちょ、ちょっと待ってな。えっと、リビングは綺麗にしてるし、自室も多分大丈夫で……ええと』
ソフィアを中に入れる前に部屋の中の状況を思い出す。つい最近掃除したばかりだから、多分見られても引かれるような事はないはずだと自分に言い聞かせて、それからカードキーを取り出した時だった。
『あれ、ソフィー? そっちは他の人の部屋、俺の部屋はこっちだって。505号室』
ソフィアはどうしてか俺の隣の部屋にまで歩いて行って立ち止まる。それからこちらの方に振り向いた後、彼女はドヤっと胸を張ってそれを取り出した。
『ふふっ、今からレンをびっくりさせちゃうわね』
ドヤ顔のソフィアが俺に見せつけたのは、このマンションのカードキー。何故それをソフィアが持っているのか、どうして隣の部屋に使おうとしているのか、そんな疑問を口にする間もなく、彼女はそのまま隣の部屋のロックの所にそれをかざして――。
ガチャリ。
扉のロックが外れた音が聞こえて、つまりそれはソフィアが隣の部屋の主という事で、俺は目の前の光景に目を疑った。
『えっ……? えっ、ええええええ!!??』
『ふふん、驚いたでしょ。わたしも気付いた時はびっくりしたんだけどね、まさかレンが隣の部屋に住んでたなんて』
そう言って得意げに笑うソフィアと、驚愕のままに声を上げる事しか出来ない俺。
助けた迷子の美少女留学生が俺の推しだった時点で奇跡なのに、そんな彼女が俺の通う高校に編入してきた姿を見て運命だと思った。その上、彼女が俺の住むマンションの隣人だと知って、もう頭の中はパニック状態だ。
驚いたなんてレベルじゃない。
心臓が止まるかと本気で思うくらいの衝撃だった。
『気付いたのは昨日よ。ほら喫茶店で秘密を守るって約束した時に、住所を教えてもらったじゃない? あの時、レンが書いてくれたメモ書きにわたしの住んでる隣の部屋の住所が書いてあって、もう本当にびっくりしたんだから』
『だ、だからあの時、先に俺を帰らせたのか……これから用事があるって言って、隣の部屋だって知らせない為に……!』
『昨日はわたしもどうしようかって悩んでて、でもクラスまで一緒だったからもうバラしちゃえって。ていうか本当に運命を感じない? わたし達ってこんなに偶然が重なってるのよ』
俺はただ唖然としてソフィアを見つめていた。そんな俺の反応を楽しむかのように、ソフィアはとても嬉しそうに笑みを浮かべている。
『改めて。これからよろしくね、レン。学校でもお家でも頼りにしてるから』
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