とあるギルマスの死
少し遡ること1カ月前。
灰色の空からは、雨がしとしとと朝から絶え間なく降っている。
礼拝堂の前は、黒い服装の人たちで溢れかえり、天気同様にみな悲しみで顔が濡れていた。タンユの蛇のようなクセっ毛も湿気でいつも以上にメドゥーサしており、ひどい状態だ。
有名なギルドマスターであるヴコール・ソロモフの葬式なだけあり、参列者が多い。タンユは小さく舌打ちをすると、黒いコートの襟を立ててから雨を避けるように人ごみの間を縫って、階段を駆け上がると礼拝堂の中に入った。
コートを脱ぐと表面の露をザっと払い、外側を内側に折ってから腕にかける。礼服なんか持っていなかったので、体型の似ている知人から一式借りたがコートの裏地が深紅かつ少しだけ色の違う赤い糸でバラの刺しゅうまで入っており貸主のファッションセンスには絶望しかない。
礼拝堂の中央通路を歩きながら左右の長椅子に座るメンバー達の顔を確認する。故人のギルドの仲間のみならず、長年ライバル関係だった別のギルドのメンツもたくさんいるようだ。その中に見慣れた禿げ頭に腹がつかえて椅子に座るのも億劫そうな肥満体を見つける。この街の顔役ドン・リリだ。ドン・リリのギョロリとした眼球と視線があってしまったが無視して目をそらした。相変わらず「リリ」なんて可愛い名前のくせに、禿げガエルみたいな気味の悪い男だ。
通路を進むと、ようやくお目当てのものを棺の上に見つけた。
ブリッツシュラークの剣
邪竜キングマンバの鱗を原料にして鍛えた当代随一と名高い刀匠フェッルムの作品だ。まだ無名の冒険者のひとりだった故人ヴコールがこの邪竜を倒したことで一躍有名人となり、同じくまだ駆け出しの鍛冶屋に過ぎなかったフェッルムに発注した業物である。
タンユは故人に最後の挨拶でもするかのように棺に近づくと、棺の上からおもむろに剣を鞘ごと掴み踵を返した。あまりにも大胆不敵なその凶行に参列者たちは一瞬あっけに取られたあとでざわめき始める。
「何をするんですか!」
未亡人となったヴコールの妻は、立ち上がって声を荒げた。タンユはジャケットの内ポケットから紙を取り出すと、彼女へ見せるように片手で開く。
「譲渡担保付金銭消費貸借契約書の写しだ。借金が未済の状態でヴコールが死亡した際は、ブリッツシュラークの剣の所有権は貸主の俺へ移転するように生前に契約していたんだよ。悪いね」
渡された紙を震える手で握りしめて文面を読む彼女を尻目に足早に出口へ向かう。タンユのような闇金に片足突っ込んでいる街金にまで金を借りるような手合いは譲渡担保なんて重複で設定して方々で金を借りている可能性が高い。つまり早い者勝ちということだ。葬式なら見栄を張ってギルドの奴らも金庫から出してくるだろうと踏んでいたが、読みが当たってタンユはほくそ笑んだ。禿げ頭に青筋が浮かんでいるドン・リリが目の端に映る。どうやら彼も債権者の一人だったようだ。
もう少しで出口というところで、長椅子から人を何人も跨いで大急ぎで駆け寄ってきたギルドの副官に腕を掴まれてしまった。
「その剣はギルドが所有している。ギルマスの個人所有ではない。そんな契約は無効だ!」
想定通りの言いがかりだ。仮にタンユが同じ立場でもこの場はそう言うしかないだろう。掴まれた腕を振りほどかずに逆に近づくと副官に耳打ちをする。
「アンタんとこのギルマス、個人でいくら借りてたのか知ってるか。俺みたいな小者はいいけどよ、銀行や公庫はどうだろうな。資産リスト出して困るのはお互い様だろう?」
爆弾などの消耗品を除き継続使用が可能な冒険者用の武器は、犯罪に使用されうる危険性などを
件のブリッツシュラークの剣は、刀匠フェッルムの名が知れ渡るにつれうなぎ上りにその資産価値が上昇し、ギルド設立後に公的にギルドに所有権を無償譲渡した場合かなりの贈与税がかかることが判明したため、武器登記簿上はヴコールの個人所有のままだった。
ヴコールは昔から有名な冒険者なので、そういった武器は他にもたくさんありギルドの金庫に眠っているはずだ。今後、未亡人の元へたくさんの債権者たちが同じように殺到するだろうが、彼女自身はその武器たちがどこにあるのか本当に知らされていない。そして、いくら契約書があろうが、物がなければ差押えもできない。
「故意による武器の登録違反に会計報告書の虚偽で、ギルドで正規に借入れてる分まで期限の利益喪失して一斉に返済求められても知らないぜ?」
腕を掴んだ指の力が消えるのを確認して、副官の肩を叩いた。
「こんな有名ギルドがたかだか街金への借金を理由に解散なんてこの業界にとっても損失だろ。なに資産隠しの時効はたったの三年さ」
副官のゴミを見るような眼差しに見送られながらタンユは礼拝堂を後にした。礼拝堂を出るとコートで剣を包み抱える。
債権回収は出口戦略が一番大事だ。チキンレースに突入するのはバカがすることだ。早抜けするに越したことはない。
タンユは、濡れた石畳の街路をステップするかのように帰路についた。
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