冒険者の金貸し<プロトタイプ>

笹 慎

新米冒険者は優良顧客か?

 下水と酒と嘔吐物とゴミの臭いのコラボレーションが酷い路地裏。

 

 酒場と売春宿から出た不衛生極まりないゴミが入った複数の木箱に勢いよく男が激突する。もう一人の男はゴミの中の男を問答無用で続けて何度も殴りつけた。

 今宵は満月。月明りで路地裏もいつもより明るい。暴行を働いている男の細い目に薄い唇、ヒョロリと細長い身体が照らされる。ひどいクセ毛の黒髪も相まって、まるで蛇の悪魔のようだ。


 この悪魔もとい、男の名前は、タンユ。冒険者相手の金貸しを生業なりわいにしている。


 ドン ゴン、

 ドン、

 グシャ

 ゴッ


 ローストビーフ用の肉塊の下ごしらえでもするかのように嫌な音が続く。疲れたのかタンユは急に手を止めた。


「くそ。痛てぇ」


 強く殴りすぎて、拳に相手の折れた前歯が刺さっている。それでさらに腹が立ったのか、タンユは今度は靴で何度もゴミの中でゴミのようにグシャグシャになっている相手を踏みつけた。しばらくすると相手はうめき声も上げなくなった。


「はぁ。さすがに疲れたわ」


 胸ポケットから煙草を取り出すと火をつける。咥えタバコで今度はズボンのポケットから傷薬の瓶を取り出して蓋をひねって開けると、前歯の刺さった拳から歯を引っこ抜く。

「ほら、歯を付けてやるから、上向いて口開けろ」

 どこが目だか鼻だかわからないくらいジャガイモのような顔になってしまった被害者は、口らしき箇所から血を唾液とともにプクプクと出しただけで動けないようだった。

「あーもうマジで手がかかる奴だな」

 相手の襟元を掴むと引き上げる。頭が後ろに傾いたお陰で口が開いた。折れた前歯を差し込むと、瓶から傷薬の液体を口の中に流し込み、ついでに残ったものを顔全体に回しかけた。シュウシュウと音を立てて顔全体が煙で包まれ、みるみる傷が治っていく様子にタンユは感嘆の声をあげる。

「さすがは、『マルタおばあちゃんの秘伝の傷薬』だわ。高いだけある」

 『マルタおばあちゃん』とは、治癒専門の大魔導士で大昔は伝説の勇者の仲間の一人だった等言われているが、現在はわりと銭ゲバな価格帯で冒険者相手の薬屋を営んでいる。

 さっきまでジャガイモだった被害者男性は、ガバっと上半身を起きあげると咳き込み、口の中に溜まっていた血反吐を地面にぶちまけた。顔はまだ治りきっていないためか、プシュプシュと泡をたてている。


「ハァハァ……死ぬかと思った……」

 ゲホゲホと咳き込みながら三途の川を渡りかけていた元ジャガイモを眺めながら、タンユは傷薬をもう一本ポケットから取り出すと、今度は自分の手の甲にかける。そして余った液体をまた相手の頭めがけて追加で垂らした。

「リカルド君はさぁ。なんで俺が何も実績もない君にお金を貸してあげたのか、わかるかな」

 元ジャガイモ改めリカルドは、傷が治ると先ほどのジャガイモ状態からは想像もつかないくらいエラく男前な顔を神妙にして答える。

「……俺が前途有望な冒険者だからですかね」

「おい、そのイケメンづらをもう一回ジャガイモにすんぞ」

 這いつくばっているリカルドに視線を合わせるようにタンユはしゃがみ込むと、煙草の火をリカルドの顔に近づけて低い声で言う。リカルドは四つん這いで後ずさった。

「いいか。お前の価値は、お前の彼女が超売れっ子・踊り子のフランちゃんで、お前にゾッコンラブだからお前の代わりに返済してくれる点にしかない。この1点だけで金を貸してやってる」

「フラン、マジ俺のこと好きすぎるでしょ」

 リカルドの頭を強めにはたく。

「そうだ。そんな健気なフランちゃんにお前は何をした? 今日、回収に行ったら、泣きながら『もうリカ君とは別れるから、お金返さない』って言われたんだぞ? おじさんも悲しくて悲しくて泣きたいよ」


「そんな! 違うんです! 俺、フランにばっかり負担かけてるの申し訳なくて、フランの負担も減ると思って! 」


 リカルドの頭をもう一度叩いた。

「まぁね正直、俺はお前のイカれた倫理観嫌いじゃないよ。うん。お前には男のロマンが詰まってるとさえ感じる。お前の相手が寝ションベンしてた頃から知ってるフランじゃなかったら、喜んでその女の子たちのもとに回収に行くよ」

「ウッス!」

 リカルドの頭をさらに叩く。

「『ウッス』じゃねぇだろ。つーか、お前曲がりなりにも冒険者なんだから、冒険をして稼げ。探せばあるだろ、簡単なやつ。害虫退治とか」

「あ~いや……ちょっと虫はダメっすね……足何本もあるとか、そういうキモいやつは無理っす」

 リカルドの頭を追加で叩く。

「選べる立場かよ。あーじゃあ、ゴブリンは? 足二本だぞ」

「ゴブリンなら、いけるんじゃないかと思っていた時期が俺にもありました……」

 遠い目をして悟ったような顔をするリカルドのやたら形のよい高い鼻を思いっきり捻じ曲げた。

「イダダダダ……痛いッ! いやマジ聞いて! ゴブリン超臭いんですよ! 俺、ちょっとマジで臭いのとか勘弁なんで!」


 タンユは溜め息とともに煙草の煙を吐き出した。

「お前、何ならできるのよ……」

「女の子を夜満足させるのはめちゃくちゃ得意っす! フランにも『リカくん超最高!』ってそれだけは褒められるんで! 」

 太陽のような男前の笑顔がタンユの前で輝いていた。

「よし、もう一回ジャガイモの刑な」

 タンユも負けじと蛇顔でニタりと笑うと拳を振り上げる。

「え……あ……ちょっと待って……」

 慌てふためきながらリカルドは這いつくばって逃げようとしている。

「まぁ傷薬二本しか持ってないから、今日はもうしないけど」

 元々、傷薬はめそめそ泣いてるフランを慰めていたマルタの婆さんから「くそみそのジャガイモにしてやんな!」と言われて持たされたものだった。

「タンユさん、それマジでシャレにならないから……ほんと怖い」

 涙目で這いつくばっているリカルドを見ながら、タンユは女たちが何でこんな奴に夢中になるのか本当によくわからないといった面持ちで溜め息をつく。リカルドを相手にしていると、溜め息ばかりだ。溜め息をつくと幸せが逃げていく感じがする。


「人間相手は大丈夫なんだな?」


 一瞬リカルドは何を言われているのかわからず首を傾げたが、タンユのこめかみに青筋が立つのが見えて慌ててブンブンと頭を縦に振った。


「俺はいま冒険者免許が免停中なんだが、質草しちぐさに武器を持ってくる奴も結構いて免許がないと冒険者ギルド協会の手続きやなんやらと色々面倒臭いんだ。手伝ってくれるなら雇ってやってもいい」


 フランの頼みとはいえ不安しかないが、頭のネジが飛んでてバカなだけで裏表のない明るい奴なんだろう。今夜、何度目か数えるのも諦めた溜め息をまたつき、残りの少なくなった煙草を地面で消した。


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