第2話 回顧
先輩の実家。
そこで俺を出迎えた老夫婦の歓迎の度合いというのは少々大げさに感じられるもので、先輩は事もなげに「彼は将来の旦那だから、失礼のないように」と告げて、さらに勢いが増して。
気が付けば地域中の人間が集まって、先輩の実家の庭でお祭り騒ぎだった。
お酒を勧められて、僕は断ったけれど、先輩は当然のように一升瓶を掴んでらっぱ飲みした。唖然としている僕を放って、周りの人間は囃し立てる。
「せ、先輩! 未成年飲酒ですよ!」
慌てて叫んだけれど、きょとんとした表情で僕を見て。
「この地域に日本国憲法、および法律は適応されてません!」
そう言ってまた一気に呷って、瓶を僕の横に置いた。
先輩は確かな足取りで、七輪で肉を焼いているところに駆けつけて、焼き立ての肉を頬張って熱がり、周りの笑いを誘っていた。
気になって横に置かれていった酒瓶を手に取ると、濃い茶色の瓶の底に僅かな液体が残るだけ。
「全部飲んでやがる!」
先輩は酔った様子が無くて、平然としていたから、実はこれの中身はお酒ではないのではと、残った水滴を舌の上に落とした。刺激を感じて、消毒液みたいな匂いがする。やっぱりアルコールだ。酒だ。
「……まあ、へべれけになった先輩よりかは、酒豪の方が想像していた通りかな……」
我ながら意味の分からない事を言って、それ以上何も考えないことにした。
それに、褒められたことではないのだけれど、法律を遵守する先輩よりかは、どこか軽視している方が、実在する人間に使えるのかは知らないが解釈一致だ。
大学を飛び級して卒業した後に高校へ来ると言うどこかマンガみたいな行動に、一貫性が出るというか。
「それで……お前は本当にあの子の恋人なのか?」
横に座ったかと思うや否や、先輩のお祖父さんは僕に問うた。
「えっと……どうなんでしょうか」
「あ?」
「いえ……えっと、一般的に告白は日本の文化? みたいな話があって……」
他のアジア諸国がどうなのかは知らないけれど、とりあえず西洋に告白の文化がないと聞いたことがある。だから、先輩はそこそこ僕に好意を示してくれていると思うけれど、本当に恋人と思ってくれているのかはわからない。
なんてことを話してから。
「まあ、聞く度胸がない僕が悪いんですけれどね」
「いいや。私からあの子に言っておこうか」
「あ、いや。それはちょっと。さっきの言葉からも……冗談かもしれないとか思っちゃうから僕の度胸が本当にないだけで」
先輩が将来の旦那なんて言ったときは、確かに驚いたけれど、それ以上に言いようのない喜びがあったのは事実だ。この一年間随分と大変な思いをした。不思議な事件に巻き込まれたこともあれば、どうして生きているのか今でも不思議に思う危険なこともあった。
先輩との関係性も、少しずつ変化してきて、お互いにジャパニーズらしい告白なんてものはせずとも、殆ど付き合っているみたいな関係性……だとは思う。
先輩の方からそういったことをほのめかすことを言ってくるけれど、どちらも確かな言葉にしたことは無いから。
もしかしたら先輩はとても仲のいい友達くらいにしか思っていないのかもしれない。そんな不安もあるのだが。
度胸がない。そういった方が案外理解される。呆れられたり、意気地なしとなじられたりはするけれど、本当の考えよりかは納得できるらしい。
僕は、別に先輩が僕の恋人でなくてもいいと思っている。明日から、二度と会わなくなったとしても、ショックだけれど受け入れる。結婚できなかったとしても、結婚してくれたとしても、そこに差はない。
ただ、僕という存在が先輩の後輩として存在した過去があれば。
ただ一人だけにこの考えを話したことはあるけれど、気持ち悪いし理解できないと言われた。彼女は人間ではないらしいから、仕方は無いのだろう。
「……良ければ、那琴のことをについて聞かせてくれないか?」
「え? えっと、はい……どんなことが聞きたいんですか? エピソードはいっぱいあるんですが」
先輩がアメリカの大学を飛び級していることとか、あれで案外ドジなところがあるとか、そういったことはお祖父さんに話すまでもないだろう。
そうなると、学校生活でもあまり話すことが無くなってくる。
テストがいつも満点で学年一位なことも、運動神経が良くて後輩からは尊敬されていることも。
少し性格に難があるから学校の先生方からは睨まれていることも。
話すまでもなくお祖父さんなら知っているはずだ。
そう考えると特に話すことも思いつかなくなるが……
「君から見た、那琴のことが知りたいんだ」
「僕から見た?」
「那琴の昔のことは知っているか?」
「いえ……聞いてませんし……もし聞くなら先輩からがいいですね」
少し嫌な空気になるかもしれない。そんな不安がありながらも、あなたの口からは言ってくれるなとくぎを刺す。
だが、流石は先輩のお祖父さんというべきだろう。闊達だった。先輩のお祖父さんは、少し笑うだけだった。
僕の若い恋心やら意地やらを、良いものとして受け入れて慈しむ、クジラの様なおおらかさと雄大さが、突然感じられる。
恥ずかしくなって、少し顔をそむけた。
「そうだな。例えば、どうやって那琴と知り合ったのか?」
「はぁ、それなら、全くロマンチックではないですね……」
もしかしたら、祖父には不快に感じられるような話にもなるかもしれない。それでも、先輩との話をしておきたいと思った。
「あれは、僕が高校に入学してすぐのことです」
大いなるオカルト研究部 本居鶺鴒 @motoorisekirei
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