第4話 トラブル発生。
結局、柔道部の初日なのに、バタバタするばかりで、練習らしい練習もしないまま終了した。
違う意味でグッタリしながら、重い足取りで帰宅することになった。
隣で妹が反対に軽い足取りで歩いている。
「お姉ちゃん、元気だしなよ。金ちゃんたちもアルフォンヌ先生も来たし、柔道部も優勝しそうじゃない」
「それはいいけど、俺の秘密をあいつら知ったんだぞ」
「大丈夫よ。しゃべったりしないから」
「どうだか……」
俺は、あいつらのことは、一切信用していない。
「それよりさ、今夜、お母さん帰ってくるよ」
「えっ! マジ」
「スマホ見てないの? さっき、お母さんからメールきてたよ」
俺は、慌てて自分のスマホを開いた。確かに、母さんからメールが着ていた。
「今夜どうすんだよ? また、コロッケだけってわけにいかないだろ」
「とりあえず、スーパー行かなきゃ」
俺と妹は、スーパーに向かった。一秒でも早く帰宅して、このスカートを脱ぎたかったがそうもいかない。
いつものスーパーで、とりあえず夕飯のおかずを買い揃えた。
と言っても、カレーの材料だった。
買い物をして、やっと帰宅だ。ウチに帰るとホッとする。
とにかく、この女子の制服を脱ぎたい。
「アレ? 鍵が開いてるよ」
玄関を開けようと鍵を回した妹が言った。
「えっ? ちゃんと鍵をかけたのかよ」
「かけたわよ」
「それじゃ、空き巣か泥棒か……」
「警察に電話しなきゃ」
「待て待て、俺が、とっ捕まえてやる」
俺は、自分が女子高生であることも忘れて、ドアに手をかけた。
ところが、ドアの方から開いたのでビックリした。
「お帰りぃ~、雪ちゃん、久しぶりぃ~」
いきなり抱きしめられた。目の前が真っ暗になり、顔がなにやら柔らかいものを押し付けてきた。首の後ろに手を巻きつけられて身動きできない。
「あら、雪ちゃん」
俺の後ろにいた妹を見て、慌てて俺を突き放す。
「まったく、お母さんたら。それは、お兄ちゃんよ」
「えーっ!」
それは、俺の母親だった。国際線の飛行機でCAのチーフパーサーをしているので、久しぶりの帰国なのだ。
「あら、渚、なんて格好してるの?」
俺の女子の制服姿を見て、母さんがビックリしている。
それより何より、俺のほうがビックリだ。いきなり、母さんに抱きしめられるとは、思わなかった。
あの顔に押し付けられた柔らかい感触は、たぶん……
そういや、母さんは、巨乳だからな。
俺は、半分テレながら、家の中に入った。
「雪ちゃん、元気だった」
「あたしは、元気よ。お母さんは?」
「母さんは、いつも元気よ」
まったく、ウチの家庭は、女が強すぎる。特に母さんには、誰も頭が上がらない。あの鬼刑事の親父でさえ、母さんの前では、デレデレなのだ。
「それより、渚、なによ、その格好は」
母さんが俺に話しかけてくるが、それには答えず部屋に戻った。
何よりもまずは、この服を脱ぐことだ。
俺は、いつもの短パンにTシャツに着替えて階段を降りると、途中から母さんの笑い声が聞こえてきた。
「アハハハ…… まったく、渚ったら、笑っちゃうわね」
どうやら、妹が事情を話してくれたらしい。俺の姿を見ると、また、腹を抱えて笑い出した。
「渚、アンタ、ホントに女の子になったら」
いくら母親でも、言っていいことと悪いことがある。
それは、いくらなんでも、シャレにならない。
「そう思ったら、登録をし直してくれよ」
「母さん、忙しいのよ。今度は、オーストラリアなんだもん。お父さんに頼みなさい」
それが出来ないから、母さんに頼んでいるのに、どうして、ウチの両親は、
どっちもどっちなんだ。
「でも、一年の辛抱よ。我慢しなさい」
これまた、親父と同じ事を言い出した。これが、似た者夫婦というものなのか?
「それで、学校の方はどうなの?」
母親らしい話を振ってきた。俺と妹は、今度の学校のことを話して聞かせた。
「お友達もできたなら、いいじゃない。それより、渚は、ホントは男子だってバレないようにね。息子が女装癖のヘンタイなんていわれたら、お母さん、悲しいわ」
だったら、男子に登録し直して欲しい。強く抗議したいけど、言葉が出なかった。
「柔道の方は、続けているの?」
「やってるよ。女子だけどな」
「そうかぁ~、でも、いいじゃない、今度は、女子の柔道で日本一になれば」
日本でも、イヤ、世界中だって、一つのスポーツで、男子と女子で優勝した選手は、きっといないはず。
今度の大会で優勝したら、俺は、男子と女子で優勝したことになる。
人には、言えないが……
「さて、それじゃ、お腹も空いたから、ご飯でも作るわね」
母さんは、そう言って、立ち上がるとエプロンをつけ始めた。
俺は、妹に目配せして、夕飯の準備を始めさせた。
「お母さんは、座ってていいから。お仕事で疲れたでしょ。帰国したばかりだし……」
妹は、慌ててそう言って、エプロンを母さんから取り上げる。
「いいのよ。たまには、母親らしいこともしたいから」
「いいって、あたしがやるから。お兄ちゃん、手伝ってよ」
そういわれて、俺も席を立って、キッチンに向かった。
「お兄ちゃん、空気読んでよ」
隣で妹が小さく言った。俺は、黙って頷いた。
母さんは、久しぶりの日本なので、リビングでテレビを見ている。それを見て、ホッと息をついた。
なぜなら、母さんは、料理がものすごく下手なのだ。世界中を旅して歩いているので、食べることは好きでグルメなのに、自分で作るとなると、味音痴どころか、命の危険に関わる料理を作る。
親父が酔って毎回言う話の一つが『渚が赤ん坊のとき、母さんが離乳食を作って食べさせたら、熱を出して、痙攣したんだぞ。あの時は、どうしたらいいか、すごく焦ったもんだ』と、笑って話す。
当の本人の俺とすれば、笑って話すようなことではない。
『アレ以来、渚の食べ物は、俺が作るようになったんだ』
とか『とにかく、生きててよかった。父さんに感謝しろよ』などという。
あの時、死んでたら、俺は、今、ここにいない。
そんなこんなで、俺と妹でカレーライスが出来上がった。
久しぶりの自宅での食事で、母さんも期限がいい。
「まぁまぁね」
そう言いながら、お代わりした。母さんは、モデル体型なのに、どこにそんなに入るのか不思議だ。
相変わらず能天気というか、天然というか、そんな母さんだから、俺も妹も実は大好きなのだ。
妹は、食事をしながら学校の話をする。それを聞きながら、母さんは、笑っている。実は、笑ってる場合じゃない。俺にとっては、切実なのだ。
「とにかく、勉強も柔道もがんばりなさい。あんたたちは、今が大事なときなんだから、しっかり楽しむのよ」
たまには、いいことを言う母さんの学生時代の話を聞きたくなった。
きっと、母さんのことだから、男子にモテモテだったんだろう。
親父とは、どこでどうやって知り合ったのか、いつか聞いてみたい。
それからずいぶん日にちがたった。俺も女子としての学校生活にも慣れた。
自然と女言葉で会話が出来るようになってきた。クラスの友だちも出来た。
もちろん、俺が男だとは知らない。女子の友だちも増えたし、男子とも普通に話が出来るようになった。
当たり前だが、年頃の男子といえば、女子についての話が多い。下ネタの話もしている。
できれば仲間に入りたいが、そうもいかない。女子高生が、積極的に下ネタを話すなんて言語道断だからだ。
男子の間で、女子の人気投票が流行っていた。女子は、まったく相手にしないが、俺は気になる。
俺の目から見ても、ウチのクラスでは、学級委員長をしている女子が、一番可愛くて人気がある。
ところが、事もあろうか、この俺が、僅差で二位になってしまった。
「すごいじゃない、渚ちゃん」
男子からも女子からも言われたが心中は複雑だ。
まさか、男の俺が人気投票で二位とは、素直に喜んでいいのかわからない。
この結果は、他のクラスにも知れることになり、正宗と龍子は、冷ややかな視線を送っていた。
妹に限っては『お姉ちゃんは、美人だからね』と、嫌味を言われる。
俺のせいなのか? 俺は、悪くないだろ。
放課後の柔道部の稽古は、アルフォンヌが指導に来てくれるようになった。
そのおかげで、後輩たちも上達してきた。俺は、自分の練習に集中できるようになった。
もっとも、俺の相手ができるのは、龍子しかいないので、二人での乱取りがいつもの練習だ。
この日も、満足する練習が出来た。アルフォンヌがきてから、後輩部員たちも練習に気合が入ってきた。
正宗も龍子も、自分の練習が出来るようになって、技を掛け合うなど、上達していった。
週に一度は、双子の兄弟と春美も練習に来てくれる。
今までは、正宗と龍子の声しかなかった静かな道場が、ずいぶん賑やかになった。気合と掛け声が、自然と大きくなってきた。
「渚のあ、あ、あにぃじゃなくて、渚さん、今日もよろしくお願いします」
ギクシャクしながら金次と銀次が挨拶に来た。
まずは、二人で模範試合をして見る。実力は、互角だった。
何とか、金次が勝って、兄の面目を守った。しかし、勝敗はともかく、二人の真剣な試合に、後輩たちの目の色が変わってきた。もしかしたら、団体完全優勝が出来るかもしれない。
女子の部では、春美が通ってくるようになって、女子たちも積極的に稽古をするようになってきた。
春美は、以前に比べると、格段に強くなっていた。龍子ともいい勝負をするようになった。どうやら、春美は、龍子をライバルと認めたようだ。
「ナギくん、あたしと試合しよう」
「春美ちゃん、ナギくんじゃないでしょ」
「ごめん、ナギちゃんだったわね」
相変わらず、ぶりっ子している。でも、本人は、その自覚がないから、困ったもんだ。
もっとも、春美のおかげで、男子部員が真面目に練習に取り組むようになったので、正宗は満足している。
龍子も後輩部員たちのレベルアップに自信を持ってきた。
この調子なら、絶対に勝てる。
もしかしたら、柔道部の廃部も考え直してくれるかもしれない。
俺は、密かにそう思っていた。
そして、この日も練習を終えて帰宅する。
双子の兄弟は、アルフォンヌが車で送ってくれた。春美もそのつもりだったのに、俺と帰りたいと言い出して柔道部のこともあるので、断るのも可哀想だったので、妹と駅まで送ることにした。
「ナギちゃんとこうしていっしょに歩くの久しぶりだね」
「別に、今は、普通に呼んでいいよ」
俺は、自分の声でしゃべった。
「えー、その格好で、男の声で話されても、違和感アリアリだから、女子でいいわよ」
そう言われると、そうかもしれない。俺は、女言葉で話をすることにした。
「ナギちゃんは、高校を卒業したら、どうするの?」
「お父さんの後を継いで、警察官になるのよ」
「そうなんだ。がんばってね」
「春美ちゃんは、どうするの?」
「あたしは、普通に大学に行くよ」
「柔道は、続けるの?」
「一応、そのつもりよ。龍子さんと同じ大学に行くつもりなの」
きっと、この二人なら、スポーツ推薦で、大学からスカウトがくるだろうな。
そんな話をしながら駅まで歩いていると、見覚えがある制服の女子高生が、なにやら怪しげな男連中に囲まれていた。見るからに困っている様子だった。
「お姉ちゃん、アレって、あたしたちの学校の生徒よ」
見ると、俺と同じ制服を着ている。しかも、顔ぶれが俺のクラスの女子たちだ。
「ナンパかしら?」
春美がそう言いながら、顔をしかめた。
「ちょっと、あたしがとっちめてくるわ」
そう言って、春美が歩き出すのを俺が止めた。
「待って、春美ちゃん。あの子たちは、あたしたちの学校の生徒たちだから、あたしが行ってくる」
春美は、違う高校なので、巻き込みたくなかった。
俺は、ゆっくりした足取りで、その取り巻きの中に入っていった。
「ちょっと、あなたたち、何なんですか? 」
「おぉっ、また、可愛子ちゃんがきたじゃん。どうよ、俺たちと遊びに行かない?」
やっぱり、ナンパかと思った。
「あっ、渚ちゃん」
言われて見ると、俺の隣の席の木村さんだった。他にも、数人クラスの女子が混ざっている。
「どうしたの?」
「この人たち、しつこくて……」
木村さんが、小さな声で言ってきた。
「あの、すみませんけど、嫌がっているので、ごめんなさい」
俺は、男数人に優しく言って、小さく頭を下げた。
「そんなこといわないで、ちょっと、付き合ってくれよ」
「お茶くらいしようよ」
こいつらは、口で言ってもわからないタイプのようだ。
「木村さんたちは、もう、帰っていいわよ」
「でも……」
「いいから、ここは、あたしに任せて」
俺は、やる気充分だった。たった五人なら、俺一人でどうにでも出来る。
だけど、クラスメートたちの前で、投げ飛ばすとか、蹴り飛ばすとかは、したくない。
「いいから、行って」
俺は、木村さんたちに逃げるように言った。
しかし、その前を男たちが塞ぐ。こりゃ、ダメだ。俺としては、やるしかないと決めた。
「ちょっと、どこ行くの」
そう言って、木村さんの腕を掴んだ。俺は、反射的に、その手を握り返した。
「いたた、なにすんだよ、離せよ」
「その前に、嫌がる女の子をナンパするのは、やめてもらえる?」
「ハァ? 別にナンパじゃねぇし」
「それじゃ、何なんですか?」
俺は、ニッコリ笑って言った。
「何だよ、お前、やるのかよ」
「いいわよ。受けて立つけど、ケガするのは、あなたたちの方よ」
「なんだと」
二人の男が俺に向かってきた。俺は、軽くいなして、後ろから肩を掴んだ男の腕を持って背負い投げできれいに投げて見せた。そして、前からきた男の足を軽く捌いて後ろに倒した。
もちろん、ものすごく手加減した。相手がケガをしない程度にである。
「なんだ、お前」
驚く残りの男たちに、俺は微笑みながら襟首を掴むと、軽く投げ飛ばし、足で脇腹を蹴ってやった。
その場に蹲る男たちを見下ろしながら、両手をパンパンとホコリを払いながら言った。
「この子たちに手を出したら、あたしが許さないから、よく覚えておいてね」
俺は、天使の微笑を見せながら、優しく言った。
「さぁ、もう大丈夫だから、帰りましょう」
俺は、木村さんや女子たちに言った。その様子を見ていた、女子たちは、唖然としていた。
俺に言われて、気を取り直したのか、背を向けて歩き出した。
「渚ちゃん、強いのね」
「これでも、柔道部だから」
俺は、そう言って、彼女たちを逃がすように背中を押して歩かせた。
そして、俺は、春美と妹の元に戻った。
「お姉ちゃん、やりすぎよ」
「アレくらいしないと、バカな男は、わからないのよ」
「ナギちゃん、やるぅ~」
春美は、そう言って、俺の肩をポンと叩く。
相手には悪いが、俺を相手にしたのが運のつきと思ってもらいたい。
俺を相手にケンカを吹っかけて、勝てるとでも思っているのか?
もっとも、俺の女子の制服姿を見て、油断していたのかもしれない。
そうでなくても、負ける気はしないけど……
俺たちは、春美を駅まで送って、妹と帰宅した。
今日もいろいろあった一日だったと思った。でも、それ以上のことが、
翌日待っていた。
そのことを俺は、まだ、このときは知らなかった。
俺と妹は、翌日、いつものように学校に行った。
登校途中に、同じ学校の生徒と会うと、朝の挨拶を交し合う。
だが、今日は、いつもと感じが違う気がした。
明らかに、俺を見る目が違うのだ。悪い意味ではない。むしろ、好意と尊敬のまなざしだった。
「ねぇ、なんか、いつもと雰囲気が違うみたいだけど」
俺が妹に聞くと、すでに察していたのか、こう言った。
「まさかと思うけど、昨日のことじゃないかな……」
昨日のことと言われても、すぐに思い付かない。忘れっぽいとか言うのではなく、ホントに思い浮かばなかっただけだ。
教室に入ると、すぐにクラスの友だちが俺の周りに集まってきた。
「渚ちゃん、昨日、大活躍だったんだって」
「すげぇな、男を投げ飛ばしたんだってな」
「あたし、断然、渚ちゃんのファンになったわ」
「お前、男より強いのか?」
完全に話が盛って伝わっている。男五人を相手に、殴って、蹴って、投げ飛ばして、孤軍奮闘の大活躍になっている。
俺は、当事者というか、張本人の目撃者でもある、木村さんと他の女子を見ると、まるで、自分のことのように、自慢して話していた。
授業が始まるまで、他のクラスや一年生までもが、教室を覗きにやってきた。
今や、俺は、女子を助けたヒーローということになっている。
「ちょっと、失礼する」
そこに、突然やってきたのが、正宗と龍子だった。
人の教室に、ずかずか入ってくると、俺の襟首を摘んで、まるでネコのようにして、廊下に連れ出した。
「ごめんなさいね。渚ちゃんをちょっと借りるわね」
龍子は、俺のクラスにそう言うと、正宗の後を追った。
俺は、そのまま屋上まで連れて行かれた。
「放せよ」
俺は、普段の声で言うと、やっとその手を離した。
「何だよ、いきなり」
「お前、自分が何をしたのか、わかってるのか」
「何のことだよ」
「昨日のことだ。駅前で、乱闘しただろ」
「乱闘じゃない。女子を助けただけだ」
「それが、やり過ぎだって言ってんだ」
正宗が、顔を真っ赤にして怒鳴っている。
すると、間に龍子が入って、正宗を押さえる。
「まぁまぁ、正宗くんも落ち着いて。渚くんは、女の子たちを助けるためなのよね」
「そうだよ」
「だけどね。あなた、自分の立場をわかってる? あなたは、女子なのよ。いくら、柔道部だとしても男数人を相手に投げ飛ばしたのは、やりすぎよ。男子だって、バレたらどうするのよ」
それを言われると返す言葉がない。確かに、やりすぎた感はあった。
どう考えても、俺のような体の小さな女子が、自分よりも大きな男を数人相手にしたのでは疑われても仕方がない。
「男だって、バレてないだろうな?」
「それは、大丈夫」
「ホントだな?」
「たぶん、大丈夫だと思う……」
「たぶんじゃ、ダメなんだよ」
正宗は、呆れて背中を向けてしまった。
「学校中、渚くんのことで、盛り上がってるわよ。新聞部なんて、記事にするって言ってるわよ」
「えっ! マジかよ」
「写真とか、撮られてないよな?」
「たぶん……」
「だから、たぶんじゃダメなんだって。ちゃんと、確かめてこい」
俺は、そう言われて、ホントに心配になって、急いで教室に戻った。
そして、まずは、木村さんに聞いてみた。
「あのさ、昨日のことだけど」
「昨日は、ありがとうね。でも、渚ちゃんて、ホントに強いのね」
「そのことだけど、あんまり言わないでくれない?」
「どうして?」
「その、ほら、恥ずかしいから、女の子なのに、ケンカしたとか言うのは、ちょっと……」
「そんなことないわよ。あたしたちを助けてくれたんだもん」
「そうかもしれないけどさ。まさか、写真とか撮ってないよね?」
「そうなのよ。ビックリして、写メするの忘れちゃったのよ。残念だわ」
それを聞いて、心底ホッとした。
「それと、新聞部とかに話をしてないよね?」
「もう、取材受けちゃった」
俺は、言葉を失った。
「受けちゃったんだ…… それで、なんて言ったの?」
「見たまんまよ」
「どんな記事になるのかしら?」
「さぁ、それは、あたしにはわからないわ」
俺は、新聞部の部室に直行した。
ドアを開けると、部員たちがパソコンで記事を作っているところだった。
「あっ! 噂をすれば、昨日のヒーロー、じゃなくて、ヒロインの我らが渚ちゃん」
「いいところにきたわ。丁度いいから、独占インタビューさせてくれない?」
「おい、カメラ持ってこい」
「時間がないから、とりあえず、ここに座って」
俺が何か言おうとする前に、向こうから矢継ぎ早に言葉を浴びせられて、椅子に座らされた。
「それじゃ、昨日のことだけど、どういう経緯でそうなったの教えてくれないかな?」
「話には聞いたけど、その男の人たちというのは、どんな人だった?」
「すみません、こっち向いてください」
ダメだ。もう、俺の話なんて聞いてない。俺は、思い切って、声を張り上げた。
「ちょっと、ストーップ!! あたしの話も聞いてください」
そう言うと、新聞部の部員たちの動きがピタリと止まった。
「あの、すみませんけど、昨日のことは、記事にしないでくれませんか?」
「そ、それは、どうしてなのかね?」
「それは、その……女子なのに、男の人とケンカなんて、恥ずかしいから……」
「なにを言ってるんだ。キミは、とてもいい事をしたんだ。美談だよ、美談。か弱い女子生徒を助けた
ヒロインのことを記事にしないで、なにが新聞部だ」
「そうよ。これは、スクープよスクープ。だから、協力して」
「でも、あたしは、柔道部だから、ちょっと強かっただけで、大会もあるから、暴力事件とかで出場辞退なんてことになったら、まずいし」
「イヤイヤ、その心配はない。キミは、女子を助けたんだから、堂々としていいんだ」
新聞部も後に引かない。かなり強気で迫ってくる。
「だから、この通り、取材に協力してくれ」
新聞部の部長らしい人が、手を合わせてお願いしてきた。
「そう言われても……あの時は、夢中だったから、よく覚えてないし」
「それじゃ、この記事を読んで、どこまでホントか確認してくれるだけでいいわ」
「それと、写真も頼むよ」
困った。非常に困った。こんな記事が写真付きで出たら、正宗と龍子に怒られる。どうする、俺…… そんなときだった。いきなり、部室のドアが勢いよく開いて、妹が飛び込んできた。
「その取材、ちょっと待った!」
いきなりの乱入者に、俺も部員たちも、一瞬、体が止まった。
「えっと、キミは?」
部長に聞かれた妹は言った。
「妹です」
「えっ、それじゃ、この人は、キミのお姉さん?」
「そうです」
「確か、キミもあのときにいっしょにいた目撃者ですよね。話を聞かせてください」
こんな時でも、取材の事は忘れてない。さすがというか、抜け目がないというか、記者魂がすごい。
「その前に、話があります」
そう言って、妹は、俺の前に立った。
「取材をするなら、こっちにも条件があります」
「条件? 何ですか」
妹は、なにを言い出す気だ。俺は、不安一杯だ。きっと、よからぬことを企んでいるに違いない。
「こっちの条件は、今度の大会で、柔道部が優勝したとき、ちゃんと写真入りで記事を書くことです」
呆気に取られたのは、俺だけじゃない。新聞部の部員たちも、唖然としていた。
「いや、それは、いいけど、まだ、試合前だろ。優勝したらの話なら、まだ、約束はできない」
そりゃ、そうだろ。まだ、試合どころか、大会も始まっていない。
「いいえ、今年は、必ず優勝します。それは、約束します」
「しかし、まだ、勝つと決まったわけでは……」
「絶対、勝ちます。優勝します。だから、そのときは、記事を書いてほしいんです。約束してくれるなら、お姉ちゃんの取材も許可します」
すると、部員たちが集まって、なにかヒソヒソ話を始めた。
「わかりました。約束します。その代わり、必ず優勝して下さいよ」
「もちろんです。そうよね、お姉ちゃん」
妹が俺を見下ろして言った。
「ま、任せて」
俺は、引きつった顔で言った。もちろん、優勝はする気だ。何しろ、日本一がかかってる。
俺だけじゃない、正宗も龍子も、春美も双子の兄弟も、後輩部員たちも、みんな自信満々だ。
「約束したわよ」
「新聞部の部長として、その約束は、果たす」
「それじゃ、お姉ちゃんに、取材していいわ」
「ありがとう。キミにも話を聞いていいかな?」
「いいわよ」
ということで、姉妹揃って、取材を受けることになった。
正確には、兄と妹だが……
取材と言っても、ほとんど妹が一方的に話しているだけで、俺は、笑って座っているだけだ。
あのときのことを事細かに話す妹。しかも、ちょっと話を盛ってる。
俺のしたことの正当化するために、考えながら話している。そばで聞いていて、ハラハラしたが、ある意味、頼もしい妹だった。
一通り取材を受けると、最後に俺と妹で写真を撮られた。
やっとのことで、解放された俺たちが、部室から出ると、正宗と龍子が待ち構えていた。
「大丈夫よ。取材のこと、約束してくれたから」
「あとは、俺たちが勝つだけだな」
「そうね。がんばって下さいね」
「おう、任せておけ」
俺は何のことかわからなかった。正宗も龍子も、怒ってこない。
「雪ちゃんに感謝することね」
龍子は、そう言って、俺の肩を叩くと自分の教室に歩いていった。
「ちょっと、どうなってるの?」
俺が妹に聞くと、あっさりこう言った。
「せっかく、優勝しても、ニュースにならなかったら、元も子もないでしょ。新聞部に取材させなきゃいけないの。今回のことは、そのことを約束させるための交換条件よ」
まったく、いろいろ考え付くもんだ。我が妹ながら、頭の回転が速い。兄として、感心しきりだ。
しかし、これはこれで、よかったかもしれない。正宗の言うように、あとは、俺たちが勝てばいいのだ。
そうすれば、あの時のことも、問題にはならないだろう。俺は、そう思った。
そして、それと同時に、優勝しなければならないことで、気合が入った。
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