第八話 大丈夫だった? 心配したんだよ

「う、ううん……」


 カーテンの隙間から指す陽光が目覚まし時計の代わりだった。

 何かいい匂いがするな、石鹸のような爽やかな香りが鼻をくすぐってくるのだ。


 何か大事な事を忘れてるような気がするけどいいか。

 今日は学校も休みだし──


「おにい、朝だよー。朝ごはん片付かないって、ママが……って何してるのっ!」

「ん、雫……どうした?」


 雫の怒った声が部屋中に響いて、目を開けると、二人の女子の顔が目に入った。


 一つは、頬を膨らませた妹の顔がだった。

 もう一つは、なぜか俺の隣で、気持ちよさそうに眠る遥香だった。


 カンガルーの赤ちゃんのように、俺の胸にすっぽりと収まる形で、くぅくぅと可愛らしい寝息を立てていたのだ……って、そうじゃない!


「おい、起きろって遥香。なんで俺のベットで眠ってるんだよ! 昨日、布団を引いただろ」


 気持ちよさそうに眠る遥香には申し訳なかったが、肩をゆすって覚醒を促した。


「おにい、誤魔化さないでよ! だから、私は同じ部屋で眠るのに反対だったのに」

「いや、そうじゃないんだって!」


 そりゃあ、こんだけ物的証拠が揃ってたら苦しいんだけどさ! 気分はオカミ少年だよ、本当に!


 昨日、遥香が泣きながら家に来た時、夜遅い時間だったこともあって、そのまま休んでもらったのだ。事情を聴くのは翌日ってことにして、一旦は俺の部屋に布団を引いて眠ってもらった。勿論というか、俺はベットで遥香は布団だからお互い別々に眠っていたはずだった。


 なのに、なんで俺のベットで眠っているんだよ! そのせいで、雫からの視線も刺々しいし!


「おにいってば! 私と遥香ちゃんどっちが大切なの!」

「そんな答えにくいこと聞くな!」


 お願いだから早く起きてくれよ、遥香―!

 そんな俺の心の叫びが届いたのか、


「ん……鷹矢? それに雫も……」


 遥香が目を覚ましてくれた。

 た、助かった……これで、誤解もすぐに解けるに違いな──


「おはよ、たぁ君……何で私のベッドに……そっか、昨日はたぁ君が寝かせてくれなかったもんね……駄目よ、雫。諦められないの分かるけど、たぁ君は私を選んだんだから……ふへへ」

「うわーん! これ以上ない証拠が揃ってるー!」


 泣き顔を浮かべる雫が、ヤケクソ気味に叫んでいるが、俺も同じ気持ちだった。


「なぁ、寝ぼけてるんだろ! 頼むから起きてくれよー、うわーん!」

「……もーうたぁ君ってば、相変わらずシスコンなんだから……zzz」


 俺と雫が泣きそうになって、遥香が二度寝しそうになる地獄絵図が繰り広げられていた。


「あんた達、なにしてんのよ……」


 呆れた表情を浮かべた母さんが、俺達のことを残念そうな目で見ていた。


               ※


「ひどい目にあった……」


 俺達三人はあの後、母さんが間に入ってくれたことで無事に誤解が解けて、一緒に朝食を食べていた。


「あはは……ごめんなさい。いつもベットで眠っているから……」


 苦笑する遥香が俺と雫に謝罪をする。


 夜中に目が覚めた時、遥香はいつもベットで眠っているから、間違えてしまったそうだ。


「そうだとしても、男の人にベットに入るのはダメだよ遥香ちゃん。危ないんだから」


「ええ、そうよね。気を付けるわ……って、どうしたのよ鷹矢。そんな難しそうな顔をして」

「いや、何でもない……」


 雫は自分の言っていることがブーメランだって自覚はあるんだろうか。あいつ、あんな真面目な顔して、よく言えたな……雫に至っては、俺のムスコを触ってたろ……。


 そりゃあ、俺だってゲンナリした表情になってしまう。

 そんな微妙な気持ちになりながらも、朝食を食べ終わった時だった。


「鷹矢―、友達が来たわよ」


 母さんがドアを開けると、美咲、陽葵、秀明がやってきた。


「おっす、鷹矢! 順調にハーレムを気づいてるようじゃねぇか」


 ふざけたことを言って声をかけてくるのは秀明だ。


「大丈夫だった? 心配したんだよ」


 心配気な表情で遥香の手を握るのは美咲だ。


「何があったのか分からないけど、元気出しなさいよ。ほら、笑えるアニメのプレイリストも作って来たし、一緒に見てあげるわよ」


 金髪ギャルって見た目とオタクの言動が絶妙に似合ってないのは陽葵だ。


「え、みんな……どうして?」


 困惑した様子の遥香が俺に質問してくる。


「とりあえず、みんな来てくれてサンキューな」


「別にアンタのためじゃないわよ。中世古のためなんだから、調子に乗ってんじゃないわよ~」


 俺の肩に腕を回す陽葵が、手をグーにして、俺の頬をグリグリついてくる。

 陽葵って、距離感が男友達のなんだよなぁ。


「分かってるよ……だからやめてくれ」


 そうじゃないと、三人の視線が怖いんだ……ヒッ! 


 話や雰囲気を変えるためにも、遥香にみんなが訪れた理由を説明する。


「昨日な、みんなにも連絡したんだよ。俺を助けてくれって」

「私じゃなくて、鷹矢を……?」


「おう、そうだよ。だってさ、俺一人で遥香の問題を解決できるって思ってたのに、できなかったから、みんなに助けてもらおうって思ってな」


 他力本願って言われればそれまでなのだが、俺は自分一人の力でできなかったことに対して、他の人の力に頼ることをそこまで悪い事だと思っていない。


 よく自分の力で何とかしろとか言うけど、誰かの手を借りて問題がすぐに解決するなら、それでいいと思うのだ。どうせ俺個人の力だと限界があるしな。


 悔しいって気持ちがないわけじゃないけど、俺の小さなプライドよりもよっぽど遥香の問題を解決する方が大切だと思ったから、俺は三人を呼んだのだ。


「その言い方は卑怯よ……助けてもらうのは私なのに……もーう……ありがと」


 顔を赤らめながら嬉しそうな表情をする遥香だけど、その温かみのある表情がすぐに冷めていった。


「昨日の事なんだけどね──」


 泣いていた理由を話し始めたからだ。



──────

────

──



「ふふ……今日は楽しかったなぁ」


 私──中世古遥香(なかせこはるか)の頭の中は、鷹矢とのデートでいっぱいだった。好きな人とデートするのが夢だったし、出来損ないだって思ってた私のことを凄いぞー、って褒めてくれて。


 フワフワした気持ちで、心の底から体がポカポカしてくるような凄く幸せな気持ちだった。


「ただいまー」 


 いつものクセで『ただいま』と言ったが、家には誰もいないと思っていた。お姉ちゃんはお仕事だし、ママだって帰ってくることは少ないから。


「お帰り遥香。話があるから、いらっしゃい」


 しかし、この日はママが帰宅していたのだ。


「ま、ママ……帰ってたんだ……わ、分かった……」


 良くない話だっていうのは分かった。

 それはママの声色が低いこともだし、表情も硬かったから。


 普段から無表情だし、口数も少ないけど、不思議とそういう雰囲気は伝わる。私の中では、ママが持っている武器だと思っている。


 能力って言っていいのかもしれない。


 だって、役者として演技をしたときに、視聴者にその感情を伝えることができる非常に強力な能力だからだ。お姉ちゃんも似たような能力を持っているけど、私は……いや、そんな考えはだめだ。


 だって鷹矢と約束したんだから。

 これを機にママと向き合ってみるのだっていいのかもしれない。



 あの時、『──』って言われたけど、今の私だって頑張ってるんだよって。



 だから、今の私が手に入れたものをママに教えたら、あの時の果たせなかった夢だってきっと……。


「座りなさい」

「はい……」


 畳のある部屋に連れられて、不自然に高鳴る胸の動悸に気づかないフリしながらママの正面に座った。


「遥香、今日学校をサボったんですって?」

「そ、それは……」


 鷹矢とのデートが楽しすぎて、学校に連絡を入れることをすっかり忘れていた。

 私の気まずそうな表情で察したのか、ママは悲しそうにため息をついた。


 そして、そんなママの態度が妙に私をイラつかせた。


「どうして学校をサボったのよ……何か学校で嫌な事でもあったの?」

「――っっ! そんなの……」


 元と言えば誰のせいで……! のんきに見えるママの態度が神経を逆なでて仕方なかった。


「それとも、悪いお友達と付き合って──」


 私に優しい言葉をかけてくれた鷹矢を悪いお友達呼ばれたことが引き金だった。


「どうして学校をサボったって? そんなの……そんなの……ママのせいじゃないっ! ママに『ありえない』って言われた日から、私がどんな気持ちでいたのかも知らないで……勝手なこと言わないでよっ!」


 私の心の奥底に刺さった棘。


 私の子役時代、オーディションで落ちた時にママに否定されたのだ。


──私の娘なのに、ありえないって……


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 最後まで読んでいただきありがとうございました~


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