第七話 約束する……ありがと
「ねぇ、一人? 良かったら俺達と……」
「いえ、私は──」
喫茶店で飲み物を買ったあと、遥香のいる場所に向かうと、案の定というかナンパされていた。美人ってすげーな……目を離すとすぐに、ナンパされるんだもん……。
「遥香、お待たせ」
いつもより大きい声で遥に声をかけると、ナンパ男子たちの視線が俺に向く。
「ったく、男いたのかよ……悪かったな、いこーぜ」
そのまま、ナンパ男子たちはどこかに行ってしまった。
「遅くなって悪かったな。はい、飲み物」
「ありがと」
俺から飲み物を受け取る遥香は、嬉しそうな表情をしていた。
「かっこよかったわよ」
「はいはい、それはどーも」
いたずらっ子のような表情を浮かべる遥香だから、お礼とからかい半々ってところだろう。ぶっちゃけ、俺が駆け付けなくても遥香ならナンパを軽くあしらえただろうし。
俺達はパークスガーデンのウッドデッキに腰を下ろして、休憩をしていた。
慣れてないこともあって、セルカ棒を使いながらの散策には体力を使ったのだ。
合わせて、そこまで広くないので、集中して歩けばすぐに回り切ってしまう。残った時間は、ウィンドウショッピングをしたり、おたロードの方に行けばいいだろう。
特に遥香みたいな可愛い女子を連れて歩けば、周囲のオタクに対してマウントをとることができるしな……ゲヘヘヘヘヘ。
今すぐにでも遥香を引き連れていくか。俺も普通のオタクとは違うんだって意味を込めて、爽やかスマイルで──
「……どうしたのよ鷹矢。急にそんなニチャッした笑顔を浮かべて」
「え、そんな表情してた?」
「ええ、してたわよ」
苦々しい表情を浮かべる遥香を見ると、何かショックだった。
やっぱり俺には秀明みたいなイケメン能力はなないらしい……それに、爽やかスマイルではなかったのか……ぐすん。
オタクのみんな、馬鹿にしようとしてごめんね。
そんな俺の悲し気な気持ちが遥香にも伝わったのか、優しくフォローしてくれた。
「けど、そんな笑みも私は嫌いじゃないわよ」
「は、遥香……!」
そんなカッコいいことを急に言わないでよ……恥ずかしい……だって、女の子だも……いかん、いかん。急に遥香が可愛いことを言ってくるから乙女になってしまう所だった……。
危ない、危ない。
気持ちを落ち着けるように、喫茶店で買ってきたブラックコーヒーに口をつけた。喫茶店で買うコーヒーでしか味わえない苦みと風味が口の中いっぱいに広がると、喉と鼻に広がっていく。
少しだけ心が落ちついたような気がする。
「鷹矢はブラックなのよね? そんな苦いのよく飲めるわね」
「まぁ、慣れじゃないか? 今、微糖とか飲むと甘ったるく感じるしな」
「そうなのね……私は、砂糖とミルクを入れてちょうどいいくらいなんだけどね。少しもらっていいかしら?」
「ああ、いいぞ」
俺は口をつけた場所とは反対側に向けて、遥香に差し出す。
まぁ、間接キスとかになってもな?
「ありがと」
受け取った遥香は、そのまま口をつけると思いきや、カップを反対側に向け始めた。
遥香さん? それだと、間接キスになってしまうわけで──。
「んー、やっぱり苦いわね」
そんな遥香は俺の気持ちとは裏腹に、特に気にした様子でもなかった。
えー、何でだよ。いつもはびっくりするぐらいにウブじゃん。
「ん? どうしたのよ鷹矢? 何か、顔が赤くないかしら?」
「き、キノセイジャナイカナ……」
「……ふーん」
ニヤッとした表情を浮かべる遥香。
気のせいだよな……?
「ど、どうしよう鷹矢! 私達、間接キスしちゃったんじゃ!」
「お、おいっ!」
せっかくこっちが気にしないようにしてたのに!
「なーんて、ウッソー」
チロッと舌を出す遥香に、からかわれているのだと気がついた。
もうやだ……
って言うか、何か今日の遥香ってテンション高くない? そりゃあね、元気になって欲しかったし、遥香が楽しそうなのはいいんだけど、こっちはこっちで恥ずかしい思いをしてることが多いっていうか……
「遥香って結構、S気あるのな」
「そんなことないと思うけど……まぁ、鷹矢をからかうのが楽しいっていうのは間違いないわ」
「おい」
結局、そうなんじゃないか。
まぁ、遥香が楽しいなら一番だけど、少しくらい仕返し、したいんだよなぁ……考えとくか。
※
それから遥香とダラダラ話をしていた時。
「それで? どうして急に撮影何て言い出したのよ? やっぱり、昨日の事が──」
とうとうと言うか、遥香が撮影の事を切り出してきた。
「とりあえず、今日の動画を見てみ」
「映像? ええ、分かったわ……」
遥香の言葉をやや強引に遮ってから、動画を遥香に見せた。
それからしばらくしてすぐに、
「え……これが私?」
目を白黒させる遥香の声が響いた。
「そうだよ」
「私、こんな表情をしてたんだ……気がつかなかった……」
そう、今日の遥香の表情は凄く輝いていた。
本当に、これに尽きてしまうのだ。
いつもクールな表情じゃなくて、感情がハッキリしており、豊かな表情になっていた。
身振り手振りだって大きくて、動画越しとはいえ、遥香が楽しんでいるのが伝わってきたからこそ、俺だってこの動画を見ているだけで楽しい気持ちになった。
遥香自身、意外だったようで目を丸くさせているのが、可愛くて思わず笑ってしまった。
「もーう……笑わなくたっていいじゃない……」
「ごめん、ごめん。そうじゃないんだって」
ただ正直に話すのも恥ずかしかったので、そのまま黙っておくことにした。
「けどさ、この動画に映っている遥香だって、俺は凄く好きだよ。そりゃあ、学校にいる時の遥香とはちょっと違うかもだけどさ、どっちも本当の遥香だと思うよ」
「…………」
俺の言葉に遥香は黙って聞いてるだけだった。
「遥香から話を聞いてさ、雫と一緒に昔の動画を見たけど、すっごい楽しい気持ちになったんだよ。幸せな気持ちになってさ、すごいなーって思った。好きなんだって気持ちがたくさん伝わって来たもの」
素人目線なので、そんな単調な感想しか出てこなかった。
演技の細かい部分で、どう凄いのかは分からない。それでも、俺は出演者の中で遥香が一番だと思った。
「だからさ、自分が出来損ないとか、そんな悲しいこと言うなよ。少なくとも、俺と雫は出演者の中で一番だと思ったよ。すっごく感動した」
「鷹矢ぁ……」
遥香の声に涙色が混ざる。
俺の気持ちが遥香にしっかりと届いてくれたらって思う。
「今は役者じゃないけどさ、別に好きだけでいいじゃんか。好きで楽しい事があるって、それだけで素敵なことだと思うから。だから、今後はそんな自分のことを卑下したりすんなよ、約束な」
「うん……うん……約束する……ありがと」
グスッと鼻をすする音が聞こえると、遥香は表情を隠すように下を向いてしまった。
けど、決して気まずい雰囲気じゃなかった。俺はそのまま、再び、コーヒーに口をつけた。
うむ、美味しい。
※
それから遥香とご飯を食べて、自宅の最寄り駅で解散した。
これでもう大丈夫だろう、明日からはいつも通り。
そう思っていたが、現実はそう甘くないのだと知る。
それは、遥香と遊んだ日の夜。
「鷹矢―、インターホンが鳴ったからちょっと出てくれる? 何かの勧誘なら断っておいてね」
「あいよー」
母さんの声に呼ばれて、玄関にまで向かった。
「ったく、こんな遅い時間に誰だよ……」
ドアを開けると、そこには予想もしない人物が立っていたのだ。
「ごめんなさい……と、泊めて……うっ……ぐすっ……鷹矢ぁ……」
「……遥香?」
涙を流す遥香が、俺に助けを求めてきたのだった。
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最後まで読んでいただきありがとうございました~
三章も折り返しです!
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