第五話 仕方ないわ……ふへへ

 目的地に向かう電車内。


「それで、鷹矢はどこに向かっているのかしら?」

「ん? ああ、やんばパークスにな」


「へぇ、いいじゃない。鷹矢のくせして、結構センスのいい所に連れて行くじゃない」

「これこれ、鷹矢のくせしてってどういうことだよ」


 軽くチョップをして、つっこみを入れると遥香はおかしそうにクスクス笑っていた。そんな遥香を見ていると、昨日の事はそこまで引きずってないようにも見えた。思ってる以上に元気そうで良かった。


 今日の事がいい気分転換になっているのだろうか。それとも、あのシスコンのお姉さんがいたから? 両方のような気はするけど、遥香が笑ってくれるなら何よりだ。

 

 そして、そんな遥香の笑顔に周囲の乗客──主に男性を中心にぼぅっと見惚れた表情を浮かべていた。まぁ、可愛いもんな。分かる、分かるぞー、その気持ち。


 けど、彼女がいるのにそんな表情をしてたら、怒られ……あ、早速怒られていらっしゃる……ビンタされて痛そうだ……。


 それからも似たような事は続いた。


「なぁ、あの子さ」

「分かる、めっちゃ可愛いよな。芸能人かな?」

「どうだろうな? けど、それに対して隣の男ってさ、地味だよなー」


 こんな具合になぜか俺の罵倒も混ざっていた。


 おい。聞こえてるんだからな……確かに事実だけれども。

 ま、まぁ? 今回は文句を言ってやることはないけどな。


「ムカつくわね、鷹矢の事を悪く言って……ちょっと文句を言ってやろうかしら」

「は、遥香ぁ……!」


 分かりやすく頬を膨らませる遥香に思わずジーンとしてしまった。


「ちょっと待ってなさい、鷹矢。私が一発ガツンと言ってくるわ。この人は世界で一番カッコイイ人だって」


 腕まくりをして、いかにも怒ってますみたいなポーズをする遥香が可愛いなぁと思っていた時。人の流れが激しい駅に着いてしまい、大勢の人間が入ってきたのだ。


 そのせいで、人ごみに押される形で俺と遥香は開いたドアとは反対側にまで押されてしまった。


「大丈夫か遥香?」

「え、ええ……、鷹矢も大丈夫かしニャ!」


 急に遥香の声が裏返ったので、どうしたんだろうと、改めて俺も今の状況を確認した。


 俺はドアに手を突いて、遥香を見下ろす形になっているのだった。吐息が掛かってしまうほどに距離が近くて、甘い匂いがしてきて、遥香から視線を離すことができなかった。


 シミ一つない滑らかな肌も、どこか色っぽさを感じさせるうなじも、少しだけ熱を帯びた瞳がまっすぐに俺を映しているのだ。


 こんなの、ドキドキするに決まっている。

 いわゆる壁ドンって体勢だった。


「わ、悪い……けどさ、痴漢とかの心配もあるし……」

「な、なら……仕方ないよね……うぅっ……」


 耳まで真っ赤にした遥香が俯いていた。今にも、頭から湯気を出しそうな勢いだった。


「で、でもありがとう──キャッ」


 遥香が話している途中で、電車がカーブに入って、乗客全員が横に揺れた。


 体勢を崩してしまった俺は遥香を壁に押し付ける形になってしまい、より密着具合が高まってしまった。丁度、遥香が俺の胸に顔をうずめる形になってしまったのだ。


「ご、ごめん……すぐに離れるから!」


 抱きしめるような、覆いかぶさるような体勢は非常によろしくなかった。


 遥香の体ってこんなに柔らかいんだって気分になって、こんなに華奢な体格だったんだって実感して、けど、それが余計にスタイルの良さを実感することにも繋がって……あわわわ。


 急いで離れようとしたのだが、遥香が俺のシャツを掴んだせいで、離れることができなかった。


「わ、私が……痴漢されちゃ困るんでしょ……な、ならいいじゃない……」

「な、なら仕方ないか……」

「そ、そうよ……仕方ないわ……ふへへ」


 離れないとダメって分かっているのに、俺も目的地に着くまで、やっぱり動くことができなかった。


                 ※


 それから俺達は駅の改札を抜けて、地下通路を少し歩いてから、階段をのぼり外に出た。


 人並みに混ざって、やんばパークスの商業施設が並んでるところに向かう。


 このやんばパークスは、屋内に多数の商業施設がある他、屋外には最上階にまで連続した段丘上のガーデンがあるのだ。


 なんでも、都市と自然の融合をコンセプトに、自然公園みたいな感じで木々や草花が並んでいるのだ。


 遥香の事を考えると、遊園地のようなにぎやかな所より、こういうゆったりした方がいいと思ったのだ。


 そして、パークスガーデンに着くと、俺はさっそくアレを用意した。


「鷹矢? それって……」

「おう、セルカ棒だな」


 つまり自撮り棒ってやつだ。


「いえ、そうじゃなくて……どうして、録画モードなのよ? 写真撮るならまだしも……」


 遥香の表情はとまどいつつ、不思議そうな表情だった。


「それに、私はあんまり撮られるのも──」


 口調とは裏腹に、遥香からは、そこまで嫌って感じはしなかったので、このままにいかしてもらおう。 


「そりゃあ、思い出にな。ほら行こうぜ」

「ちょっと、答えになってないわよ! って……もーう」


 やや強引に遥香を引っ張って、俺達はパークスガーデンに入った。


 木々や草花をバックに遥香を映しながらだ。


 これで遥香自身が持っている、誤解のようなものがなくなればと思う。そうでなくても、卑下なんてして欲しくなかった。


 これで上手くいけばいいんだけどなぁ。


──────────────────────────────────────


 最後まで読んでいただきありがとうございました~


 こちらの事情ではございますが、しばらくの間は投稿時間が18時前後になると思います。そちらの点だけよろしくお願いします。


 また、明日の投稿はお休みで、明後日の15日(木)になります。


 

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